熱海が最近盛り上がっているらしい?

 
 
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「そうだ、熱海に行こう」
熱海が最近盛り上がっているらしいと、噂を聞いたのは1年ほど前だ。

そんな中、私がメンターをしていた社会起業家育成プログラムで偶然お会いしたのが、熱海再生を仕掛けた張本人、市来(いちき)広一郎さんだった。市来さんは熱海で育ち、大学から東京に出てコンサルティング会社に勤めていたのだが、熱海を再生しようと会社を辞めて2007年に地元に戻った。

「僕が高校生ぐらいだった、いまから20年くらい前、熱海の街が一気に廃墟のようになっていく姿を目の当たりにしました。何とかしたいという気持ちが高じて、20代後半になって、熱海のために帰ってきました」

熱海再生を仕掛けた市来広一郎さん
熱海再生を仕掛けた市来広一郎さん

7月の酷暑の中、市来さんにまたお会いして、いまの熱海を案内してもらった。
私が最後に熱海を訪れたのは10年以上前だったが、当時の熱海は温泉・観光の街として賑わった昭和の頃の面影はなく、駅前はうら寂しいイメージだった。

それもそのはず、熱海は人口が減り続け、高齢化が全国より早く進み、空き家率は全国トップクラス。さらに生活保護率の高さや出生率の低さは静岡県内でワーストな状況なのだ。

昭和から時間が止まったような空間

 
 

しかし久々に熱海駅を降りると駅前は観光客で賑わい、しかも若い人が多いのに驚いた。街は活気が戻っていて、駅そばのアーケードの商店街は歩くのも大変なほどだ。

市来さんと私は、熱海の中心地の商店街「熱海銀座」で待ち合わせた。日中のうだるような暑さの中、市来さんに路地裏を案内されながら、私たちがたどり着いたのが、昭和レトロなジャズ喫茶「COFFEEゆしま」だった。
店は窓から中の様子を伺えないものの、モダンジャズの音が外まで漏れてくる。扉を開けると、カウンターと小さなテーブル席のみのこじんまりした作りで、店は90代のお母さんと60代の息子さんがやっている。薄暗い室内にモダンジャズが鳴り響き、まるでこの店の中だけ、昭和から時間が止まっているようだ。私達がまったく知らなかった熱海がそこにはあった。

まずは“地元の人が地元を知る”

こうした熱海の隠れた魅力を知らせたいと、熱海に帰ってきた市来さんがまず始めたのが、地元の人向けの熱海の体験ツアーだった。

「地元の人が地元を知るという体験ツアーです。もともと熱海の中で地元の人も歩かなかったようなところですけど、歩いてみると凄く面白い店があって、建物も面白いと。気づくことによって、口コミで広がり、それがまた昭和レトロだとメディアに取り上げられて」

 もともとは地元には「路地裏は汚いし建物も古くて危ない。さっさと建て替えて再開発したほうがいい」という意見もあったと言う。しかし「個性的な街並みだから、すごくいい」という声が聞こえるようになると、地元の人たちも「これがいいんだ」と驚いたそうだ。「熱海には何もない」と思っていた地元住民が、熱海の魅力に気付いた瞬間だ。

「僕自身が旅をしてきて感じたのですが、その街に行ったときに街の人たちが楽しそうに暮らしている姿に触れられると、もう一度行きたいなあと。『熱海には何もない』と言ってしまう地元の人たちの意識が変わっていかないと、熱海も変わらないんじゃないかなと感じたんですよね」

エリアを変えるにはまず『点』を打つ

市来さんが3年前にオープンしたゲストハウス「MARUYA」に伺った。
MARUYAのある熱海銀座は、昭和のころは観光客でごった返していたが、市来さんが熱海の再生に取り組み始めた当時、すっかり寂れてシャッター通りと化していた。

「このエリアを変えるために、まずは『点』を打つことが必要だと、空き店舗をリノベーションしてカフェを開いたのが、熱海再生プロジェクト『リノベーションまちづくり』の最初です。そしてパチンコ屋が閉店した後10年以上空き店舗のまま放置されていたビルを、リノベーションしたのがここMARUYAです」

MARUYAは、交流型の素泊まり宿だ。部屋は広めのカプセルホテルといったところだろうか。トイレやシャワールームは共有で、バックパッカーがよく利用するユースホステルのような感じだ。宿泊代は3800円からとリーズナブル。さらに食事は朝食のみで、しかもご飯とお味噌汁だけ。おかずは道を挟んだ向かいにある干物屋さんで各自購入し、施設のBBQセットで焼いて食べるのだ。

 
 

かつての熱海旅行と言えば、ホテルが温泉から朝晩の食事、カラオケまでフル装備し、宿泊客も街に繰り出すことはなかった。しかしMARUYAの宿泊客は、街に出て散策し、温泉に入り、お気に入りのお店で食事をするという。

「時代が変わっていく中で、これまでのやり方では街が疲弊していきます。街に出て行くスタイルのきっかけになればいいなと作ったのが、ゲストハウスMARUYAなんですね。すごい人は一晩で6軒もハシゴして、宿泊代の何倍もお金を使います。お金がないからMARUYAに泊まるのではなく、街を楽しむことが目的なんですね」

街のポテンシャルを引き出す

では、なぜ「リノベーション街づくり」なのか、市来さんに聞いてみた。

「まず僕らは資本が無い中で、壊して建てるなんてできないと。しかも大きいものになれば何年もかかってしまうので、空いているところを使っていくのが重要じゃないかなと。
2点目は、熱海は昭和から時が止まっているような雰囲気が面白いなと。建て替えると雰囲気が変わってしまう。それを活かして再生することが、この街のポテンシャルを引き出すことになるんじゃないかなと。
3つ目には熱海で街歩きをやっていて、喜んでくれるのは同世代、建築家やアーティストたちです。そういう人たちに響くようなコンテキストを熱海は持っているので、最大限生かすことがいいんじゃないかなと」

リノベーション街づくりは1個の建物が変わればいいという話ではなく、それが出来たことによって波及していくことが大事だ」と市来さんは言う。

MARUYAを立ち上げた頃は、旅館の経営者から「お前ら遊びで宿をやるんじゃねえ」と言われたそうだ。しかし、危機感を共有する観光協会や商店街の店舗経営者、行政に、徐々に理解が広がった。いまでは、リノベーション街づくり以外にも、創業を支援するプログラムも始めた。

「熱海にはまだまだ解決されない社会課題がありますし、それをやっていくプレイヤーがいないとどうしようもない。行政だけでは不可能なので、新しい人を生み出さないといけないなと」

ただ、市来さんは外部の力を借りるにも、大企業ではだめだと言う。それはかつて、父親が大企業の保養所の管理人をしていて、突然保養所が撤退した経験があるからだという。
「企業が所有しているモノは、撤退は早い。だから小さくても地元に根付いてやっていく人や事業を作っていかないと、街は再生しないんじゃないかなというのがあります」

市来さんは今後、介護や医療の分野でも熱海に貢献していきたいと言う。

「熱海は高齢化率が高いのに、坂の街なので道が無く階段しかないところに住んでいる高齢者もいる。移動支援の人もいますけど、そこはイノベーションを起こさないといけない。課題先進地域として、プレイヤーの方々と仕掛けていけたらなと思います」

熱海の再生から、疲弊した日本の地方を変えるヒントが見えるかもしれない。

(執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。