近年、夫婦共働きがスタンダードになりつつある中で、晩婚化・晩産化を背景に、不妊治療を受けるカップルも増加しているという。
しかし、厚生労働省の調査によると、およそ3割の人が仕事と不妊治療との両立ができず、離職や不妊治療の中止、雇用形態の変更を余儀なくされている。
治療している人の多くは30~40代と、働き盛りの世代にあたるため、企業にとっても人材を失うことは大きな損失と言えるだろう。
では、仕事と不妊治療を両立するためには、何が必要なのか? 「不妊治療とキャリア継続」著者で、社会学者の乙部由子さんに話を聞いた。
「上司に不妊治療を理解してもらえなかった…」
ーー不妊治療、何が大変?
治療をしたからといって、子どもを授かれるかどうかわからないことではないでしょうか。
また、不妊治療は莫大な費用がかかります。治療に使った総額が数百万という人も、決して珍しくありません。
その上、身体的にも精神的にも負担が大きいといえます。
実際に取材した経験者たちからは、以下のような声が聞かれました。
・「痛みをともなう治療が多いので、毎回涙がこぼれました。結果がダメだった時は、1人で大声で泣き叫び、自分の耳に届く声の大きさに驚いて泣き止んだこともありました」
・「上司に不妊治療を理解してもらえなかったことがつらかったです。『明日休みます』と伝えると渋い顔をされたり、『ずっと同じ仕事(雇用形態)じゃないとだめなの? 両立は難しいのでは?』などと言われ、治療を続けるには仕事を辞めるしかないと思いました」
・「共働きだと所得制限で、不妊治療助成金の対象から漏れてしまう。もしわたしが仕事をしていなければ、治療と職場の板挟みに悩むこともなかったし、助成金も受け取れたのかと思うと、悲しくなりました」
不妊治療を終えるためには、子どもを授かるか、治療を諦めて自然に授かるのを待つかのどちらかしかないのです。
ーー仕事との両立が困難になる一番の理由は?
両立する上で、一番困難になってくることは、「突然、仕事を休まなければいけなくなること」ではないでしょうか。
例えば、病気で通院している場合なら、ある程度の通院回数や治療期間の終わりが予測できますが、不妊治療はそうはいかない。
特に、体外受精のための採卵は、ホルモン剤を飲んで、反応を見ながら採卵する時期を見極めるため、「明日また来てください」となることもあります。
それが、1回や2回なら、そこまで問題にならないのかもしれませんが、治療回数を重ねていくにつれ、急に会社を休まざるを得ない回数も増していくと、責任を感じて退職の選択を選んでしまうというケースは多いのではないでしょうか。
これは、治療期間の個人差や、通っているクリニックの治療方針なども大きく影響していると思われます。
「必然的に妊娠適齢期を逃してしまう」
ーーなぜ不妊治療が増えているのか?
不妊治療が必要になるのは、身体的な問題ですが、身体の問題に露呈する前に、社会的な要因から身体問題に至ったという点も否めません。
日本企業に多いキャリア形成は、若手のころに下積みをし、ポジションが上がるにつれキャリア形成のための研修が始まることが多いです。
そのため、仕事をライフプランの第一の優先項目にすると、必然的に妊娠適齢期を逃してしまう。
仕事に区切りがついた後に妊娠を希望しても、希望通り妊娠できる確率は低く、結果として不妊治療を専門とする病院の門を叩くことになるのです。
社会や女性を取り巻く環境は変化しても、人間の生物学的に妊娠可能な時期は、基本的に変わっていません。
だからこそ、仕事と不妊治療の両立を支援すると同時に、妊娠適齢期に子どもを産み育てることが可能となる職場環境も整えていかなければいけないのではないでしょうか。
助けてもらえる環境を整える
ーー両立するためのコツは?
ありきたりですが…うまく両立している人は、上司や同僚に不妊治療をしていることを話して、助けてもらえる環境を整えていました。
不妊治療の話はデリケートで伝えづらいと思いますが、協力してもらうためには、休む理由を明確に伝えることが重要です。
また、突然の休みや遅刻する際、サポートする側の負担が最小限で済むよう、日ごろから前倒しで作業しておく、相手がフォローしやすい環境を整えておくなど、仕事の調整ができているといいと思います。
これは、不妊治療に限らず、育児や介護の両立にも同様のことが言えますね。
「助けてもらって当たり前」という姿勢では、両立はうまくいかない。
日ごろの仕事に対する姿勢や、周囲とうまくコミュニケーションを積み重ねていくことが大切です。
ーー両立を支えるために、上司や同僚ができることは?
内心では「困ったな…」と思っていても、表に出さないように心がけて、快く送り出してもらえるだけで、本当にありがたいと思います。
ギスギスしない職場の空気を作ってくれるだけで、十分に助かるのではないでしょうか。
ーー企業に求められることは?
企業の中には、治療費のサポートや、不妊治療などを対象に未消化の有給休暇を繰り越すことができる休暇制度を整える動きもあります。
そして、不妊治療に限った話ではありませんが、特定の人に負担が集まらないようにすることや、フォローする側にメリットがある仕組みがあると、不公平感が薄まると思われます。
また、相談を受ける側に不妊治療の正しい知識や理解がなくては、いくら相談してもうまくいかないことがあります。
従業員に不妊治療を知る機会を提供することも、今後企業に求められていくことだと思います。
最後に「不妊治療と仕事の両立は、暗闇の中を手探りで進むような状態であるため、直接向き合うと精神的につらくなります。真剣に、直接向き合わず、日々の生活の中の一部(不定期にかかわる趣味)という意味づけ、意識づけがよいと思います」と、乙部さんはエールを送った。
厚労省によると日本で不妊に悩む夫婦は5.5組に1組と言われ、不妊は決して特別な人の問題ではない。
不妊治療自体は個人的なことではあるものの、そこに至った社会的背景があり、仕事との両立については、社会全体の問題としてとらえ、協力し合える関係がより広まっていくことが望まれる。
(執筆:清水智佳子)
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