2019年7月18日に京都市伏見区で起きた、京都アニメーション第一スタジオ放火殺人事件。この事件で、殺人などの罪で起訴された青葉真司被告(45)の裁判が9月5日に始まる。36人が死亡、32人が重軽傷を負うという、非常に痛ましい事件はなぜ起きたのか、その真相がどこまで明らかにされるのか注目されている。
事件発生以来、取材を続ける記者が語る
事件発生以来、取材を担当してきた関西テレビ・原佑輔記者が、今回、ディレクターとしてドキュメンタリー番組を制作。この事件の発生時は京都支局長だった原ディレクターは、当時から現場に通い、関係者への取材を精力的に続けてきた、初公判を前に話を聞いた。
この番組は、鳥取大学医学部附属病院・高度救命救急センターの上田敬博教授を主な登場人物の1人として構成されている。上田教授は、青葉真司被告の主治医だ。なぜ彼を取材対象にしたのか?

関西テレビ 原佑輔記者:
全身の93%のやけどを負った青葉被告は当初「とても助からない」と思われていました。上田医師はやけど治療の第一人者ですが、多数の人を死に追いやった青葉被告への治療はどのような思いを抱きながら行われたのか。また、他の医師や看護師など、医療チームの方々の声も聞いてみたかったし、事件のその先につながるものを伝えたいと思いました
人命を救う医師としての使命と、結果として凶悪事件の被告を助けることへの複雑な思いが言動から垣間見える。
関西テレビ 原佑輔記者:
3年半の継続取材で、ふとした瞬間に医師やチームメンバーの素直な感情がうかがえました。それぞれの複雑に揺れる事件への思いは理解できたし、番組の中でしっかり描けたと思います
結果として青葉被告を救うためのノウハウが、新たな患者を救うことへつながったという。
関西テレビ 原佑輔記者:
青葉被告よりひどい95%のやけどを負った患者さんの救命につながったことは率直に驚いたし、治療の方法を進化させて広めていこうとしている上田教授の活動は、取材をして伝えたいと強く思うようになりました

もう1人の主人公・岡本真寿美さんは、29年前に同様にガソリンをかけられてやけどを負い一命は取り留めたが、今も病院に通う別の事件の犯罪被害者だ。この方を取り上げた狙いは?
関西テレビ 原佑輔記者:
京アニ事件の被害者遺族の方々は、後輩記者も含めて精力的に取材をしていて、様々な声を伝えることができています。しかし、32人の重軽傷者については他のメディアも含め、その苦しい胸の内がほとんど伝えられていません。そんな時に新全国犯罪被害者の会「新あすの会」のメンバーである岡本さんと知り合いました。同様に重いやけどで何度も手術を受け、事件から30年近くたつのに、今も苦しんでおられる。被害者を取り巻く現状を聞けば聞くほど、犯罪の被害者に共通する苦しみがあることを知り、そのことを伝えなくてはと思いました
犯罪被害給付制度や、加害者に民事請求することも。
関西テレビ 原佑輔記者:
給付金は事件によって損なわれた日常生活を補うには十分とはいえません。交通事故の被害者を救済する法律に基づき、すべての自動車に加入することが義務付けられている自賠責保険と比べ物にならないのです。また、民事で損害賠償請求して裁判で認められても、殺人罪で1割程度、強盗殺人罪ではもっと低い金額しか支払われていない実態があります(2018年日弁連調べ)。加害者に資力がないんです。被害者は二重、三重に苦しむことになります
犯罪被害は人ごとでなく、いつ、どこで、誰が遭うか分からない。
関西テレビ 原佑輔記者:
自賠責保険のように、犯罪被害者をしっかり支える国家的枠組みが必要だと感じます

メディアスクラムと呼ばれ、「テレビや新聞は事件発生時だけ大勢で押しかけ、後は知らんぷり」と眉をひそめられるケースもある。
関西テレビ 原佑輔記者:
私は京アニ事件の直後、焼けた現場に立ち、言葉がありませんでした。メディアスクラムを起こさないように、ご遺族に対してテレビ・新聞それぞれの代表社が取材に対する意向を確認するなど、新たな取り組みを行いましたが、それが十分だったかどうかはわかりません。それでもこの事件にちゃんと向き合いたいと思い、以来、東京勤務時も大阪本社に戻ってからも、ご遺族に会ったり上田医師に会ったり、様々な関係者のもとへ出向き、お話を伺い取材を続けてきました
メディア組織に組み込まれると、できそうでできないのではないか。
関西テレビ 原佑輔記者:
会社に理解があったのと、同僚や先輩後輩の協力のおかげです。取材を積み上げることができ、一過性ではない内容に仕上がったと思っています
これからの既存メディアは、早さや臨場感では現場に居合わせた一般の方々によるスマホ撮影などでの速報発信に太刀打ちできない時代になるのはないだろうか。
関西テレビ 原佑輔記者:
目の前の出来事を伝える第1報だけでなく、当事者との信頼関係に基づく「1.5報」や「第2報」など、腰を据えた報道が求められていると感じています。ニュース番組での特集をはじめ、私たち既存メディアができることはまだまだたくさんあります
(関西テレビ「newsランナー」)