2023年8月21日。厚労省の専門部会が、ある新薬の国内での使用を了承した。「レカネマブ」というアルツハイマー病の原因物質を除去して認知症の進行を遅らせる世界初の治療薬だ。薬剤の機序解明に大きく関わった金沢大学の小野賢二郎教授に、新薬の意義や課題を聞いた。

認知症の進行を遅らせる薬
「生き残っている脳の神経細胞を元気にする薬は色々ありました。今回は初めて、“病気が燃え盛っているところ”を狙った薬が通り、病気の進行そのものを緩やかにできる薬が初めて出てきたということです」と語るのは、金沢大学「脳神経内科学」の小野教授。20年以上に渡ってアルツハイマー病の研究を続ける国内の第一人者だ。小野教授を中心とする金沢大学の研究グループが2023年5月に発表した映像が世界を驚かせた。

グループが公表したのは、世界で初めて“レカネマブが作用する瞬間”を撮影した映像。金沢大学にある100万分の1mmの世界を観察できる高速原子間力顕微鏡によって撮影された。「今レカネマブを加えました。するとレカネマブがプロトフィブリルという病気の原因物質の周りに、天ぷらの衣のように集まっていくのが分かると思います」と小野教授が映像を再生しながら解説してくれた。

原因物質から脳の神経細胞を守る
アルツハイマー病は、脳に長年蓄積したアミロイドβというたんぱく質が次々と集まり、線維化することで脳の神経細胞を攻撃して発症するとみられている。新薬レカネマブは、集まる前のアミロイドβを取り囲み神経細胞を守る。グループでは、この薬の作用を目に見える形で示した。「高速原子間力顕微鏡という技術を用いて、レカネマブの役割的機序の一端を解明できた。この成果が金沢大学の発信につながればこの上ない喜びだと思います」と小野教授は話す。

この薬の登場を待ち望んでいた人がいる。軽度のアルツハイマー病と診断された80代の男性だ。レカネマブは、日常生活はある程度過ごせる軽度認知障害や軽度アルツハイマー病の患者が治療の対象となる。男性は「私の父親が認知症になって、兄弟もなっとるんです。だから私は間違いなくなるだろうと10年ぐらい前から心配していたんです。やっぱり薬を処方していただければ、少しでも良くなるのかなと思いますね」と新薬への期待を語った。

薬も検査も高額
しかし、レカネマブには課題があると小野教授は指摘する。「脳にアミロイドβがたまっていることが分かっている人に投与すべきなんです。現在は限られた施設でしか検査ができない。そしてある程度高額ですよね」。2023年7月に正式承認されたアメリカでは標準で年間2万6500ドル、日本円で約385万円。健康保険が適用されれば患者の負担は軽減されるものの、高価な薬であることには変わりない。

石川県白山市の公立松任石川中央病院では、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβの蓄積を調べるための検査ができる。長年、認知症の治療に携わってきた横山邦彦医師は「脳の中にアミロイドβがあると確認できた患者さんにだけ、この薬は有効です。投与する患者さんを選択するには必須の検査になります」と説明する。

検査を受けられる医療機関は松任石川中央病院を含め県内3カ所のみで、検査は健康保険が適用されないため、現状は高額な自費診療とならざるをえない。「検査できる所が圧倒的に少ない。いよいよ薬が使えるようになったら、どこで検査をやるのか。どういう人たちを対象にするのかなど、社会実装上の問題がある」と横山医師は指摘する。

患者や家族が待ち望んだ光
レカネマブの普及についてはまだまだ課題が残っているが、これまで治療が難しいとされていたアルツハイマー病の患者にとって希望の光となったのは間違いない。小野教授は「ある程度、認知症が進んだ患者さんにも効く根治的な治療薬の開発。あるいは検査の開発ということに関しても、教室一丸となって頑張っていきたい」と認知症治療の未来に力を込める。
今後厚労省が正式承認し、早ければ2023年内にも国内の医療現場で使用できるようになる。2025年には認知症患者の数が65歳以上の5人に1人になるとみられる日本。新薬の登場は大きな前進だ。
(石川テレビ)