自殺を防ぐために私たち一人ひとりに何ができるのか。
個人から社会制度のレベルで対策に取り組む団体がある。500人以上に及ぶ調査から見える「まさか」と「またか」を繰り返さないために、まずできることとは。
(取材・執筆:フジテレビアナウンサー 奥寺健)
NPO法人自殺対策支援センター「ライフリンク」は、自殺に追い込まれる人を減らすため、対人支援、地域連携、法整備などの社会制度のレベルまで、包括的に対策に取り組んでいる。
「ライフリンク」代表で一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」代表理事の清水康之氏に聞いた。
この記事の画像(5枚)奥寺健:
自分にできることは何か・・・と考えることは多いのですが、自らの命を絶つ人の気持ちを想像するのはとても難しく、また責任や心理的負担も感じます。「自殺」自体をどのように考えればよいのでしょうか。
自分にとって「まさか」でも社会的には「またか」の意味
清水康之氏:
自殺で亡くなった500人を超える人について調査をしたのですが、ほぼ全ての遺族や関係者の方たちが「まさか自分の家族が亡くなると思わなかった」とおっしゃっていたのが印象的です。つまり、自殺“しそうな”人が亡くなっているのではなく、自殺は「まさか」という中で起きていることなのです。
でも、社会的にみると、自殺は毎年一定数起きています。社会的には「まさか」ではなく「またか」。つまり「想定」されているということです。自殺問題の当事者には誰がなっても不思議ではありません。
調査によってわかったことのひとつは、自殺には「追い込まれるプロセス」があるということです(私たちはこれを「自殺の危機経路」と呼んでいます)。全ての人が当てはまるというわけではありませんが、この「追い込まれるプロセス」には「一定の規則性」があることが見えてきました。
奥寺:
「自殺の危機経路」事例の最初に示されている「失業者」①の場合、「失業→生活苦→多重債務→うつ状態→自殺」という流れになっています。
清水氏:
これらの事例を見ると、自殺に至るきっかけとなる問題は、私たちの日常にあふれているものが多いことがわかります。
最初の問題(失業者①では「失業」)が悪化していくと、別の問題(同「生活苦」)を引き起こします。それがさらに悪化すると次の問題(同「多重債務」)が…というように、問題が連鎖して「もう生きられない、死ぬしかない」と追い込まれていく。それでも事態が改善されないときに「自殺」が起きるというわけです。
こうしたプロセスに、自ら選んではまり込んでいるわけではありません。むしろ、避けて通りたいと思っている問題を抱え込んでしまったり、あるいは抱え込まされてしまい、徐々に追い込まれていくのです。
「プロセス」全体を通じた支援を
奥寺:
すると、自殺対策は、最後の「自殺」の部分だけでなく、この流れを遡って対応することも必要ですね?
清水氏:
その通りです。自殺はそれ自体が衝撃的なため、「亡くなり方」や、亡くなる直前の「うつだった」とか「生活苦だった」など、最後のところばかりが注目されがちです。
しかし、自殺対策は、自殺に追い込まれるプロセス全体に対して働きかけを行うことが重要です。自殺で亡くなった人が平均4つの悩みや課題を抱えていたことを踏まえると、ひとりの自殺を防ぐためには平均4つの相談窓口や専門家が連携して支援にあたる必要があります。対策も「プロセス」を通じて行っていくということです。
清水氏:
例えば、働く若者を対象にした自殺対策の、ある「総合相談会」では、産業カウンセラー、弁護士、保健師やメンタルヘルスの専門家、ハローワークの担当者が、同じ会場でそれぞれブースに分かれて相談を受けました。相談者は、必要なブースへ自ら行くか誘導される形になります。例えば、最初にカウンセラーに話を聞いてもらい、その会話の中で明らかにパワハラに遭っているとわかれば、続けて弁護士に相談する。
このような専門家同士の横の連携の中、たどり着いたそれぞれの窓口で問題解決の糸口を見出し、複数の問題を抱えている人も、良い意味で芋づる式に問題が解決していく。結果、「生きる」という選択肢につながるわけです。
自殺対策は「生きる道」への支援
清水氏:
地域によっても自殺の特徴は異なります。働く人が多く亡くなる地域もあれば、女性や子ども、あるいは高齢者が多く亡くなる地域もあるのです。
そのため「総合相談会」を開催する場合も、地域・対象者の傾向に合わせて、専門家の組み合わせを変えていく必要があります。失業者や労働者、高齢者等、立場や属性によってそれぞれが抱え込みがちな悩みや課題が異なるからです。
このような、対象者のニーズを見極めながら進めていく相談支援は、自殺に追い込まれそうな人たちの「生きる道を選ぶ」選択肢を増やすことになる。自殺対策は「生きる支援」でもあるということです。
奥寺:
自殺を食い止めようと、単に「自殺はよくない」「命を大切に」といったメッセージを伝えることは大分違いますね。
清水氏:
そうなんです。しかも、そうした「生きる支援」の強化は、誰もが安心して暮らすことのできる社会づくりにもなります。悩みや課題を抱えたとき、誰もが迅速かつ的確に支援を受けられる社会は、誰にとっても「生き心地のよい社会」であるはずです。
「自殺対策」と気負わず、「生きづらさを感じていないか」と人の心に耳を傾け、「生きづらい社会ではないか」と自分にも問いかけることが大事だと感じた。
「自殺予防週間」(9月10日~16日)に合わせてフジテレビアナウンサーの取材記事をシリーズで掲載する。
自殺予防のその先にある、私たちが生きやすい社会を構築するためにも、一人ひとりの思いと向き合うきっかけにできればと思う。