使命を終えて引退した東海道新幹線車両のアルミが、バットとして新たに生まれ変わる。

JR東海とジェイアール東海商事、ミズノは、共同開発した子ども用の金属バット「N700KONG(コング)」と「Dr.YELLOW KONG」を10月14日に発売するのだ。ミズノによると、リサイクルバットの販売は同社では初になるという。

「N700KONG」と「Dr.YELLOW KONG」(提供:ミズノ)
「N700KONG」と「Dr.YELLOW KONG」(提供:ミズノ)
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このバットは、廃車になった東海道新幹線の車両に使用されていたアルミを再生した「東海道新幹線再生アルミ」を95%使用。このアルミを使うことで、新しくアルミを作るよりも製造時に必要なエネルギーを抑えられ、環境負荷が軽減されるという。

バットのプリントとカラーは東海道新幹線を表現している。「N700KONG」のカラー展開はホワイト×ブルーとシルバー×ブルーがあり、使用されている白と青はN700系のボディカラーを忠実に再現したものだ。

「Dr.YELLOW KONG」は、設備の状況を走りながら測定する新幹線電気軌道総合試験車「ドクターイエロー」のボディカラーとなる。

ドッグタグのイメージ(提供:ミズノ)
ドッグタグのイメージ(提供:ミズノ)

サイズは、74cm(440g)、76cm(450g)、78cm(460g)の3種類で、対象は小学校1~3年生。価格は1万4300円(税込)で、「東海道新幹線再生アルミ」で作られたドッグタグが付く。発売本数は1400本で、ミズノ直営店とミズノ公式オンラインショップで販売予定。なお、予約は8月1日からスタートしている。

野球好きのJR東海社員が発案

それにしてもなぜ、東海道新幹線からバットを作ることになったのだろうか。どのような技術を使っているのだろうか。まずは「東海道新幹線再生アルミ」を開発するJR東海の担当者に聞いた。


――なぜ「東海道新幹線再生アルミ」を“バット”にすることを思いついたの?

2020年に始まった東海道新幹線再生アルミ事業の販路拡大を目指していた中で、野球好きのJR東海事業推進本部社員(元JR東海野球部)と、ミズノ様と取引経験のあるジェイアール東海商事社員が「バットを作ってみたい」  と発案。2021年11月にJR東海からSDGsを推進していたミズノ様に東海道新幹線再生アルミのプレゼンに伺ったのがきっかけです。


――どうやって開発を進めたの?

今回は技術供与として共同開発しました。JR東海は東海道新幹線再生アルミ技術で製造した素管(素材)をミズノ様にお渡しし、ミズノ様が築き上げてきたバット開発技術で東海道新幹線再生アルミ製のバットを開発しました。

素管(提供:SUS株式会社)
素管(提供:SUS株式会社)

さらに、JR東海の新幹線を設計している車両部門と連携し、新幹線同様のホワイト、ブルー、そして「ドクターイエロー」同様のイエローと、実際のカラーに合うよう調色をしました。  

CO2排出量を97%削減

――「東海道新幹線再生アルミ技術」とはどんなもの?

新幹線の廃車のアルミをリサイクルする技術です。東海道新幹線車両の主な構造部分はアルミを主材料としていますが、断熱材や制振材、それを止めるボルト(鉄)、塗装などの多くの物質が多く付着しているため、それを除去しないともう一度高品質なアルミとしては使えなかったのです。

アルミに付着した不純物を除去する(提供:JR東海)
アルミに付着した不純物を除去する(提供:JR東海)

そのような中、2019年にJR東海グループの東京ステーション開発は、東海道新幹線車両に使用されていたアルミから不純物を除去し、高純度のアルミ合金のみを抽出する新たなアルミのリサイクル技術を開発し、2020年10月に特許(特許第6786689号)を取得しました。

高純度のアルミ合金を抽出(提供:SUS株式会社)
高純度のアルミ合金を抽出(提供:SUS株式会社)

――「東海道新幹線再生アルミ」を使うとどれくらいエコになるの?

今回は成分調整で必要な添加合金等が一部(約5%程度)入っているため明確にお伝えすることは難しいですが、東海道新幹線再生アルミは、同量のアルミを新しく作る場合の3%のエネルギーで製造することができます。つまり、CO2排出量を97%削減することができます。 


――バット1400本分の新幹線アルミはどれくらいの量になるの?

試作品や製作過程で必要となる部分も併せて約1,800kgです。700系とN700系を使用しており、合わせて1両未満程度です。なお、N700系が約9割弱、700系が約1割弱で、その他成分調整で必要な添加合金等が約5%程度入っています。


――バットを作るにあたって苦労した点は?

今回、委託業者である SUS様の技術陣の全面協力を受けて開発しましたが、金属バットの基準値に適合するように新幹線再生アルミの成分調整を行い、新たなアルミ合金として開発した点が最も大変でした。

バット用の新たなアルミ合金は、これまで作っていた東海道新幹線再生アルミの成分と異なるため、製造時の溶解後に凝固する時間や、加工する際に必要とする力も変わってしまいます。そのため、何度も試験をリトライして完成させました。

バットのほかにも装飾材などに利用

――「東海道新幹線再生アルミ」は、バットのほかにも利用されている?

例えば、店舗の装飾材として再利用した例では、東京駅八重洲北口の外にあるお土産の専門店街 「東京ギフトパレット」や、英国の化粧品ブランド「ザ ボディショップ」様の店舗、東急電鉄様の待合室「Shin-Yoko Gateway Spot」などがあります。

また、ネクタイピンやスプーンといった雑貨や、東海道新幹線N700Sの内装部品(荷棚)などにも再利用してきました。今後、駅舎を建て替える際の建材としても利用する予定です。


――ちなみに、これまでは廃車になった新幹線のアルミをどうしていた?

東海道新幹線再生アルミの技術が完成する以前は、製鉄の工程で使用する添加剤などにしていましたが、廃材としての使用用途は限られていました。 

従来のバットと同等の性能を実現

JR東海が今回、新幹線のアルミを再利用した狙いは分かった。では実際にバットを作ったミズノはどうだったのだろうか?ミズノの担当者にも聞いた。


――リサイクルバットはミズノ初とのことだが、これまでになかったのはどうして?

バット材に近いアルミリサイクル材料の入手が難しかったのと、鉄と違い、アルミ合金は添加物が多いので成分調整に課題がありました。バットは折損リスクがあるので、リサイクル材を使用する事に慎重になっていたためです。 


――従来のバットと異なる点はあるの?

生産面に関して、加工性、ばらつき等も確認しましたが、通常使用している材料と同様に生産できました。


――特長や、使い心地について教えて。また、どんなユーザーにおすすめ?

リサイクル材料を使用していますが、従来のバットと同等の耐久性と性能であることがこのバットの大きな優位性のひとつです。また、子どもが使用しやすい長さ、質量にこだわり、操作しやすくしっかりと振り抜きやすい仕様にしました。おすすめしたいユーザーは、小学校1~3年生、特にこれから野球をはじめる子ども、そして新幹線ファンの方にもぜひ使っていただきたいです。


――予定本数が売り切れてしまった後の再販は?また今後もJR東海と共同企画を予定している?

販売状況次第では検討します。また、今後、東海道新幹線再生アルミを弊社の他のアルミ製品に展開できるかどうかも検討していきます。


――最後に、バットを作るにあたって苦労した点は?

デザインにもこだわり、配色は新幹線カラーを忠実に再現しました。特に白と青は新幹線の色を再現するために何度も色を混ぜ合わせて調整をし、色合わせをしたのが大変でした。また、印刷工程では、通常の金属バットでは表面のみの印刷のところ、今回は一部三面に印刷を施しており、その点も手間がかかっています。



元JR東海野球部員の社員の発案でから生まれた「東海道新幹線再生アルミ」を活用したバット。ミズノの他のアルミ製品に展開できるかどうかも検討していくとのことなので、今後、新たなコラボレーション商品も生まれるかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。