アメリカの公立学校はまもなく新学期を迎えるが、増加する学校内での暴力や銃犯罪は深刻な状況だ。首都ワシントンDCでは生徒が学校の駐車場で射殺される事件も起きた。さらに生徒同士だけでなく、教師の3割が「生徒に暴行を受けた」との驚愕のアンケート結果も発表され、大きな議論を巻き起こしている。アメリカの公教育の現場で一体何が起きているのか考察した。

アメリカでは学校内での銃撃事件も多発
アメリカでは学校内での銃撃事件も多発
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教師の3割「生徒に暴行受けた」

ワシントンの教職員組合は8月14日、公立学校の教師を対象に行った学校内の暴力に関する調査結果を発表した。100校以上の教師から回答を得たが、うち42%が「過去1年で自分の学校で暴力がかなり増えた」と答え、55%が「校内で生徒同士での暴力を目撃した」と回答した。

さらに暴力は生徒同士だけではなく、教師の30%が「生徒に暴行を受けた」と答えていて、そのうち4割以上が殴打や蹴りなどの物理的な被害を受けていたほか、性的嫌がらせ、脅迫などの報告もあったという。

ワシントンの教職員組合が発表したアンケート結果
ワシントンの教職員組合が発表したアンケート結果

私は以前、アメリカの公立学校で深刻な教師不足が起きている実態を取材したが、教師の退職理由に、給与や待遇などと並んで「生徒による暴力」を挙げる声もあった。今回の調査でも、暴力により29%の教師が「休職または仕事を減らした」、45%が「退職を考えた」と答えていて、教職員組合は自治体に対して最優先事項として「学校の安全」を早急に確立するよう求めている。

深刻な学校での銃犯罪

全米では銃犯罪や殺人が問題視されているが、ワシントンでも銃犯罪は2023年さらに増加傾向にあり、殺人事件の件数は過去20年で最多となった2021年を上回るペースだ。そして、こうした傾向は学校でも起きている。

学校での銃犯罪は増加(Riedman, David (2022). K-12 School Shooting Database.より)
学校での銃犯罪は増加(Riedman, David (2022). K-12 School Shooting Database.より)

学校現場での銃犯罪などを調査する「K-12 School Shooting Database」によれば、2022年に学校の敷地内で射殺されたり負傷したりした事件は300件を超え、2023年もすでに200件を超えた。

バージニア州では6歳の児童が女性教師を銃撃する事件が起きた
バージニア州では6歳の児童が女性教師を銃撃する事件が起きた

たとえば1月にはバージニア州で6歳の男子児童が、親が購入した銃を教室に持ち込み、女性教師を銃撃した。またワシントンでは5月、学校の駐車場で17歳の少年が射殺される衝撃的な事件も起きている。安全なはずの学校で起きた事件で市民の間では不安がさらに広がっていて、全ての学校に警察の配備を求める声も挙がっている。

生徒の「警察不信」と大人の「無関心」

こうした動きに、一部の生徒からは複雑な声も挙がっている。米「ワシントン・ポスト」紙は5月末、銃撃があった学校などで勉強する生徒たちに対するインタビュー記事を掲載した。そこから見えてくるのは、生徒たちの大人たちへの無関心に対する嘆きや、警察への不信感だ。

2000人ほど生徒が通うワシントンのジャクソン・リード高校の生徒は、学校にいる大人が少なく「先生たちは私たちのことを全然知らない」と訴える。そして、より多くの教師やスタッフが配置されることを望んでいた。また、通学路で大麻を吸い、喧嘩をしている大人がいても「警察は何もしない、無関心だ」と警察を配置する案の効果を否定する。

ワシントンの警察は学校を訪問するなどして不信感の払拭をはかる
ワシントンの警察は学校を訪問するなどして不信感の払拭をはかる

また、アナコスティア高校の生徒は、「警察は信用できない」と言い切り、「喧嘩の仲裁や調停に特化したスタッフを雇うべき」と強調した。生徒たちの意見の背景には、街の中で犯罪行為があったとして、何もしてくれない警察への不信感、そして、学校や生徒のことをよく理解し、信頼できる大人の少なさにもあるようだ。

銃乱射事件で21人が死亡した小学校を訪れたバイデン大統領夫妻
銃乱射事件で21人が死亡した小学校を訪れたバイデン大統領夫妻

学校の対策と根本的な格差の是正

冒頭に触れたワシントンの教職員組合は、新学期が始まる8月末までに、緊急事態が学校で起きた時に対応する特別委員会の設置や、学校の職員や生徒、保護者に対するカウンセリング、定期的なメンタルヘルスの研修の実施などを求めている。

ただ、語弊を恐れず言えば、アメリカは住む地域で年収や人種が全く異なっていて、お金がある人たちは私立学校か人気がある地域の公立学校に通っている。そのような公立学校がある地域の家賃は高騰している。一方で、貧しい人たちの多くは、治安が悪く、評価の低い公立学校に通わざるをえない。日本でも学区での人気の差はあったりするが、その格差のレベルは段違いだ。

ワシントン周辺の地域ごとの人種構成を示した地図
ワシントン周辺の地域ごとの人種構成を示した地図

ワシントンでも安全な公立学校がある一方で、周辺を警察官が監視し、毎日金属探知機を通って教室に通う学校もある。銃撃事件が起きた学校も、こうした治安が悪い地域の学校に集中している。安心と安全を、地域ごとに棲み分けた結果とも言え、社会全体の問題とも言える状況だろう。

さらに教育レベルも圧倒的に差が付いていて画一的な対策が効果を出すかは不明だ。ある日本政府関係者はこの状況を指して「アメリカンドリームは、スタートラインに立つお金がない人にとっては夢物語」と話していた。

保護者や学生からも銃規制などの暴力を止めようとの声が挙がる
保護者や学生からも銃規制などの暴力を止めようとの声が挙がる

まもなく新学期を迎える公立学校で安心と安全がどう守られるのかは、教師や生徒、地域住民にとって非常に重要な問題だ。新型コロナウイルスのパンデミック以降、アメリカでは政治的な分断が加速し、教員のなり手不足も深刻になっていて、学校での暴力事件も頻発している。この傾向はさらに加速すると見られており、アメリカは大きな課題に直面している。

(FNNワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。