世界の先進国ではいま、演劇が学校教育に取り入れられている。
韓国では2019年に公立校に演劇の授業が導入された。かねてより次の世代に演劇教育を行っている芸術文化観光専門職大学の平田オリザ学長に、日本の演劇教育の現状について伺った。

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平田オリザ氏
平田オリザ氏
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演劇教育の効用は他者・異文化理解だ

ーー平田さんは、かねてより学校において演劇教育を行ってきましたが、あらためて演劇の教育的な価値を教えてください。
いま全国の学校で広がっている演劇教育は、演劇的手法を使ってコミュニケーションについて学ぶものが主流です。ワークショップ形式の授業では、チームをつくって役割分担をするため自分が確実に必要とされますので、一般に自己肯定感、自己有用感が高まると言われています。また、私自身は現代社会における演劇教育の1番の効用は他者理解、異文化理解だと思っています。異なる価値観、異なる文化的な背景を持った人の心情を理解するということが1番大きいと思います。

演劇教育には他者・異文化を理解する効果がある(写真提供:豊岡市民プラザ)
演劇教育には他者・異文化を理解する効果がある(写真提供:豊岡市民プラザ)

ーー平田さんが指導した福島県立ふたば未来学園では、PBL(課題解決型学習)に演劇的手法を取り入れ、例えば東京電力の方々の話を聞いて演劇にするという授業も行われていました。
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福島には様々な分断があって、原発あるいは原発事故について、いろいろな意見の方がいるわけです。その分断を演劇を通じて問題解決するのではなく、問題のありかの解像度を上げる。つまり何が問題になっているのか、対立の原因は何なのかを明確にするというのが演劇の1つの役割かなと思っています。

福島のふたば未来学園では演劇的手法をPBLに導入
福島のふたば未来学園では演劇的手法をPBLに導入

世界の先進国は演劇を公教育に導入

ーー韓国は2019年から小中高校に科目として演劇を導入しましたが、どう思われますか。
韓国だけでなく、世界の先進国のほとんどで演劇が何らかの形で公教育に取り入れられています。台湾やシンガポールも演劇の科目のある高校が多いので、日本はアジアの先進国の中でも、ちょっと遅れをとっているところです。
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韓国では2019年から公教育に演劇を導入
韓国では2019年から公教育に演劇を導入

Q.導入の遅れはどこから生まれていると思われますか。
いろいろな理由がありますが、一つには日本では長く演劇が労働運動などと密接に結びついて、反体制のものだというイメージが強かった。また日本では政権交代がほとんどなく、常に反体制が主流だった演劇界は、学校教育の中に現実的に入っていく仕組みを作れなかったことです。

高校は選択科目、小中学校は国語や道徳に

ーー今後小中高校に演劇教育を導入する場合、どのようなかたちが可能だと思いますか。
まず、高校の選択科目に演劇を入れるのは比較的無理がないと思っています。学習指導要領には音楽、美術、書道、工芸が入っているのですが、ここに演劇を横並びで入れることはそれほど難しくはないかと。すでに現在、何らかの形で演劇という科目、コースがある高校は全国でおそらく100校前後はあるので、そんなに難しいことではないと思っています。

ーー小中学校はいかがですか?
いま学習指導要領によるカリキュラムが目いっぱいなので、小中学校に新しい科目を入れるのは難しいと思います。しかし例えば書道は小中学校では国語の中に入っているので、演劇も国語か道徳、総合的な学習の中に入れて、高校では選択科目というのが教育の現状からみると現実的かと思いますし、充分に実現可能だと思っています。

演劇は高校で選択科目として導入が可能か(写真提供:豊岡市民プラザ)
演劇は高校で選択科目として導入が可能か(写真提供:豊岡市民プラザ)

日本の観光は芸術文化ジャンルが弱い

ーー平田さんが学長をされている芸術文化観光専門職大学(※)についてお伺いします。創立して3期目となりますが、そもそも芸術文化と観光を結び付けられたのはどういうお考えでしたか?(※)2021年に開学した兵庫県豊岡市に本部を置く公立の専門職大学
アジア諸国は、どこも文化政策と観光政策は1つの省庁で行っています。日本だけが文化庁は文部科学省、観光庁は国土交通省と別々の省庁でやっていて、これがうまくいっていません。特にインバウンドの場合は、最初は物見遊山で来ても、徐々にコンテンツ重視、体験型になっていきます。これを観光学では「文化観光」と呼びます。

ーー文化と観光が一体化するわけですね。
文化観光は食文化もあれば、スポーツ文化もありますが、日本が1番弱いのは芸術文化のジャンルだと言われています。海外の富裕層が来ると「日本はとても素晴らしいんだけど、夜が退屈だ」とよくおっしゃいますね。ブロードウェーのように家族で楽しめるミュージカルや、初老のご夫婦がジャズを聴きながらカクテルを楽しめるお店などが足りないわけです。ですからこれからインバウンド、さらにリピーターを増やすためには、日本が最も弱い芸術文化観光のジャンルを育てないといけない。そのスペシャリストを育成するというのが弊学の狙いです。

芸術文化観光専門職大学ではスペシャリスト育成を目指す
芸術文化観光専門職大学ではスペシャリスト育成を目指す

地方の多様性をプロデュースする人材を

ーー学生にはどのようなことを期待されていますか。
この3年間の平均倍率は5倍を超えておりまして、北海道から沖縄まで全国から学生が集まっています。コミュニケーション能力や社交性の高い学生が多いです。日本は一極集中とはいえ、地方にはまだまだ多様な文化があります。問題はこれをプロデュースできる人材がいるかどうかです。人材が地域にいないと結局、全国一律の金太郎飴のようになってしまいます。

学生たちは豊岡演劇祭にスタッフとして参加する
学生たちは豊岡演劇祭にスタッフとして参加する

ーー地方の多様性を活かす人材が必要ですね。
地方の多様性を、どうやって多様なまま観光に結び付けられるのかが日本の観光業の大きな課題です。小さな町や村に1人でも、観光と文化を結びつけてコーディネートできる人間がいれば、日本は変わっていくと思う。本学はこうした人材を育て、小さくても地域振興の起爆剤になるような大学になりたいと思っています。

ーーありがとうございました。

平田氏「地域に人材がいないと、全国一律の金太郎飴のようになってしまう」(右は筆者)
平田氏「地域に人材がいないと、全国一律の金太郎飴のようになってしまう」(右は筆者)

(サムネイル写真提供:豊岡市民プラザ)

(執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。