日銀が金融緩和の柱としてきた金利操作の修正に踏み切った。

長短金利を低く抑えこむ「イールドカーブ・コントロール」というしくみの運用を見直し、長期金利の上限としてきた「0.5%程度」は「めど」としたうえで、国債を無制限に毎営業日購入する「連続指し値オペ」の利回りを「1.0%」に引き上げた。

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上昇幅に「のりしろ」 金利操作を柔軟に運用

これまで日銀は、長期金利の代表的な指標である10年物国債の流通利回りが上限とした0.5%程度を超えないよう、金利を抑制してきた。

今回、変動幅を「めど」と位置づけて経済の実態に沿った動きであれば超えるのを容認し、1.0%にまで実際に届く可能性は別として、その水準を上限キャップとしたわけだ。

日銀が見直した「イールドカーブ・コントロール」は、長期と短期の金利に誘導目標を設定し、その水準を実現するように国債の買い入れを行う枠組みだ。「イールドカーブ」とは、債券の利回り(イールド)と償還までの期間の関係性を示した曲線(カーブ)、つまり、金利と満期の関係をあらわした曲線のことで、通常は、お金を返すまでの時間が長いほど、返せなくなる不確実性が高まることから、期間が長くなるに従って、利回りは上がっていくカーブを描く。

日銀は、このカーブをコントロールするため、長期金利の指標となる、10年物国債の利回りの上限を「0.5%程度」に設定して大量の国債を買い入れて金利を抑え込んできた。このしくみを修正して、上昇幅に「のりしろ」を作り、金利操作を柔軟に運用することになった。

「枠組みの手直しをするのに良いタイミング」

今回、日銀は、なぜ政策修正に踏み切ったのだろうか。

決定会合後の会見で、植田総裁は、「長期金利の上限を0.5%の水準で厳格に抑えることで、債券市場の機能や、そのほかの金融市場でのボラティリティ(変動の度合い)に影響が生じる恐れがあった」として、柔軟化を行うことで、「こうした動きを和らげることが期待される」と強調した。

決定会合後に会見した植田総裁(7月28日)
決定会合後に会見した植田総裁(7月28日)

金利は本来、市場動向によって決まるが、日銀が人為的に抑え込んでいることによって、適正水準がわからなくなり、債券市場の機能が低下し、金利構造がゆがむなどのデメリットが生まれていた。この先、物価や賃金が上がるのに伴い、金利の上昇圧力も強まる可能性がある。植田総裁は、「リスクが顕在化してから対応しようとするとなかなか大変なことになる」として、「債券市場の環境が相対的に落ち着いているなかで、枠組みの手直しをするのにちょうど良いタイミングではないかと思った」と述べている。

実際、会合前、長期金利は比較的落ち着いた動きを見せていた。今回、上限を引き上げておくことで、市場に追いこまれる形で大量の国債を買い込むリスクを少なくしよう、という日銀のねらいも見てとれる。

円安が続く外国為替市場の状況も考慮したとされた。日銀による金利の抑え込みで、利上げ局面が続くアメリカやヨーロッパとの金利差が広がり、この先、さらに円安が進む可能性がある。円安は輸入物価を上昇させ、暮らしを圧迫する要因となる。植田総裁は、金融市場の変動をなるべく抑えるという中には、「為替市場も含まれる」と述べ、円安も、日銀の背中を押した因子のひとつだとした。

固定金利「9月に0.1~0.2%上昇」の見方も

日銀の政策修正は、私たちの暮らしにどういう影響を及ぼすだろうか。

28日の東京債券市場では、決定内容の公表後、長期金利の指標となる10年物国債の流通利回りが、0.575%と、約9年ぶりの高い水準にまで上昇した。日銀が金利操作を柔軟に運用すると決めたことで、上限キャップとした1.0%の水準までは上昇しないにせよ、今後、さらに上がる可能性もある。

住宅展示場(資料)
住宅展示場(資料)

住宅ローンの固定金利は、長期金利の水準を反映して決められる。日銀が2022年末に長期金利の上限を0.25%から0.5%程度へと引き上げたあとは、実際に金利が上昇し、主要銀行では、固定型金利を引き上げる動きが相次いだ。今回も状況によって上昇する局面が出てくる可能性がある。

住宅ローン比較サービス「モゲチェック」では、「8月分についてはすでに金利水準を決めている銀行が多い」としたうえで、「現在の金利動向を踏まえると、9月に固定金利は0.1~0.2%程度上がることも考えられる」としている。ただ、現在、住宅ローンの利用者の7割が選んでいるとされる変動金利は短期金利に連動するため、基本的に影響はなさそうだ。

円の利回りが相対的に高くなれば、欧米との金利差は縮小し、外国為替市場の円相場では、円安が一服する要因となる。円高方向に傾けば、食料やエネルギーを輸入する際の価格が抑えられることにつながるかもしれない。

28日、東京外国為替市場の円相場は一時138円台にまで円高が進んだ
28日、東京外国為替市場の円相場は一時138円台にまで円高が進んだ

日銀の決定内容の公表直後に、東京外国為替市場の円相場は、いったん1ドル=141円台前半に下落したが、その後、円買いが膨らみ、一時138円台にまで円高が進んだ。28日のニューヨーク市場では、アメリカの経済指標を受けてドルが買い戻されていて、円安の流れが変わるかは注視が必要だ。

東京株式市場では、午後の取引が始まったあと時間を置かずに日経平均株価が急上昇した後、下落に転じ、値下がり幅は一時800円を超えた。円高がマイナス要因となる輸出企業の業績懸念が下押し圧力となったほか、金利上昇で収益環境が悪くなる不動産関連の株価が下がった一方、銀行や保険株は上昇するなど、もみあいが続いた。

植田総裁「正常化へ歩み出す動きではない」

日銀は、物価が賃金とともに持続的に上がっていく経済の好循環を目指し、2%の安定的物価上昇を目標にしている。

今回、日銀が公表した物価見通しでは、2023年度の上昇率を2.5%に上方修正した。一方、2024年度の見通しは1.9%、2025年度は1.6%としていて、目標とする2%には届かない数字が続く。

国内景気には好循環の兆しが見えてきている。2023年の春闘では、大幅な賃上げが広がって、30年ぶりという高い水準の賃上げ率となったほか、コロナ禍での行動制限がなくなった反動もあり、個人消費には活気が戻ってきている。

今回決めた柔軟運用について、植田総裁は、これまで続けてきた金融緩和策の持続性を高めるためのものだとし、「正常化へ歩み出すという動きではない」と強調しているが、あとから振り返れば、緩和縮小に向けた地ならしだったということになるかもしれない。

物価・賃金が安定的に上昇する姿に向けて「変化の芽を大事に育てていくことが重要だ」と強調した植田総裁。金利をめぐって、市場では新たな均衡点を探る動きが予想される。この先の日銀の政策運営を注意深くみていく必要がある。

(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員