「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、デジタル技術を使用して生活やビジネスを変革させることを意味する。
政府も「自治体DX推進計画」を進めており、民間企業にとっても重要なキーワードになってくる。ところで、DXとは具体的に何を行うものなのだろう。IT化とは異なるのだろうか。
一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会(JDX)代表理事の森戸裕一さんに聞いた。
DXとIT化は“目的”が異なる
「DXとIT化を混同している人は多く、DXの名のもとに業務効率化や生産性の向上ばかりを目指している企業は少なくありません。しかし、この2つの言葉は目的が異なります。
IT化は、業務効率の最大化を目指し、デジタルツールを導入すること。一方のDXは、社員及び社会の幸福(ウェルビーイング)を上げるため、ルールを変革することを指す言葉。DXの軸は、『デジタル』ではなく『トランスフォーメーション』にあるのです」
IT化は、現業を進めるためのツールをデジタルに変えること。DXは、ルールを変革するためのツールとしてデジタルを用いることだという。
「コロナ禍でリモートワーク(テレワーク)が導入されたとき、多くの企業は『スマホアプリのチャットでやり取りすればできる』など、デジタルツールをうまく使いました。これがDXで、重要なのは、社員や社会にプラスの方向で社内のルールが変わることなんです。
“トランスフォーメーション=人の考え方やルールの変革”が先に来て、そこに対して『AIを使えばできる』『ChatGPTで対応できる』と、デジタルツールで実現していくことがDXなのです」
いまの日本でDXが求められているのはなぜか。
その理由を聞くと、「少子高齢化が関係している」という答えが返ってきた。
「少子高齢化により生産人口が極端に減っていく日本において、人手不足はもとに戻らないので、人手がかからないビジネスモデルや業務プロセスの見直しが求められています。
一方で、ただ効率化を目指すのではなく、個々の幸福度を上げようという価値観も一般化してきています。そのためには、就業規則などのルールを変え、働きやすさや生きやすさを目指すDXが必要とされているのです」
「ふるさと納税」はDXの代表的事例
DXの取り組みとしては、具体的にどのようなものが進められているのだろうか。
「企業の生き残り戦略のひとつとして、アルムナイ(退職者)のネットワークが注目されていますが、これもDXのひとつの事象です。
優秀な社員が転職した際に、『裏切り者だ』と関係を絶ってしまうと、その企業には何も残りません。しかし、退職者と連携する仕組みをつくり、SNSやチャットなどで関係を継続することで、新たなビジネスにつながる可能性が出てくる。互いにとって幸福といえます」
また自治体のケースになるが、「ふるさと納税」もDXに当たるという。
「ふるさと納税は、まさにDXです。もともとは居住地にしか納税できなかったルールを総務省が変え、好きな自治体に納税できるようになりましたよね。これこそトランスフォーメーションです。
そして、ふるさと納税のプロモーションはウェブ広告がメイン。地方都市が総務省のルールチェンジをきっかけに、デジタルでお金を集めた好事例といえます」
総務省が中心となって進めている「地域おこし協力隊」も、DXのひとつとのこと。「地域おこし協力隊」とは、都市部から地方に移住した人が、その土地のPRや支援などを行う制度のこと。
「都市部のクリエイターやエンジニアが、地方に行って仕事するとリラックスして働けるということに気づき始めています。地方都市がこの人たちを呼び込むことで、地域の情報発信やデジタル化の手伝いをしてくれる。これを制度化したのが、地域おこし協力隊です。
ルールを変える、もしくはつくることで、スマホをはじめとしたデジタルツールを使い、人やお金を呼び込むことができるのです。
そこを理解すると、中小企業や地方企業も新たなビジネスチャンスをつかめるかもしれません。ルールチェンジした先の時代に行けるか、ルールチェンジ前の時代に留まるか、DXによって差がつくと思います」
人員確保のために企業が取り組むべきこと
いま、そしてこれから、企業は「人員確保」に向けてDXが求められているという。
「いまは採用が難しく、離職も増えているので、企業は社員との関係性や雇い方を考えるべきフェーズに来ていると感じています。取り組みのひとつとして、就業規則の見直しというDXが必要になると思います。
例えば、『1日連続8時間の就業で正社員と認める』という規則があったら、子育てや介護をしている方は就職できない可能性が高いですよね。しかし、『8時間分の価値を提供したら正社員と認める』と規則を変えれば、雇用契約を結べます。
そのためには、在宅(テレワーク)でも仕事ができるデジタルツールが必要となるわけです。これこそ、社員の幸福や働きやすさを実現するためのルールチェンジ、デジタルツールの導入で、企業にとっても人員の確保につながります」
そのために日本企業が取り組むべきは、「管理職の意識とマネジメント方法の改革」だという。
「現在の日本には、管理職がリモートワークをする社員のマネジメントをできないという問題があります。そのため、まずは管理職の意識をリモートワーク前提に変え、マネジメントの方法も見直す必要があるでしょう。
日本企業において、管理職の総入れ替えなどの手段は現実的ではないので、研修などで地道に伝えていくことがメインになると思います。同時に、企業は就業規則の変更も進めていけるといいでしょう」
森戸さんいわく、「DXは少子高齢化を迎えた日本においても重要」とのこと。
「日本が培ってきた技術力や製品、ホスピタリティなどは、海外でも高く評価されています。しかし、日本人の多くが英語を話せないことで、コミュニケーションが取れず、大事な資産をマネタイズできていないという課題があるのです。
もし、外国人とのオンライン通話が自動翻訳されたら、国籍も年齢も性別もわからないアバター同士の会話で言葉が通じたら、日本人は最強だと私は思っています。技術力や製品はきっともっと評価される。そんな環境を、ルールチェンジとデジタルの導入で叶えられるのです」
必要なものは「想像力」と「ロジカルな思考」
森戸さんにDX時代のビジネスパーソンに必要なスキルを聞くと、「未来(ビジョン)を思い描く想像力」と「そのビジョンを言葉にするロジカルな思考」と、教えてくれた。
「この2つを磨くため、芸術や芝居などのアートの世界に入ることをおすすめします。現実的なビジネスに向き合ってきたビジネスパーソンは、アートを取り入れることで、思考の枠組みを解放させ、想像する喜びを感じられると思います」
想像力をかきたてられるアートそのものと同じくらい、「つき合う人を変えること」も大切なのだそう。
「いままで興味がなかった分野に飛び込むと、知り合う人が変わります。初めて出会う人、違う文化の中にいる人と話すには、前提を整えないと内容を理解してもらえないもの。そこに身を置くことで、ロジカルな思考が鍛えられます」
難しい資格が必要なわけではなく、想像力と伝える力が未来をつくっていく。
最後に、ビジネスパーソンへのアドバイスをもらった。
「DXは会社や地域の枠を超えて連携し、幸福という付加価値を生み出すことと考え、推進していくことで、未曽有の高齢化社会を迎えている日本から世界へ、高齢化社会の乗り越え方を発信できるかもしれません。DXは、そのくらいの可能性を秘めています。
そのためにも、個々人は所属している会社や地域を卑下せず、自分や周囲の理想を実現するためにデジタルを活用することを考えてほしいと思います」
森戸裕一
一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会代表理事。ナレッジネットワーク株式会社代表取締役社長。近年は、DX・働き方改革・ワークスタイル変革・リスキリング、IoT・AI・ビッグデータ活用、地方創生、コミュニティーづくりとコミュニティーシップ、ベンチャー支援を含む新規事業立ち上げをキーワードにした講演やセミナーを行う。2017年から総務省地域情報化アドバイザー、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師、2022年からデジタル庁シェアリングエコノミー伝道師としても活動
取材・文=有竹亮介(verb)
イラスト=さいとうひさし