政府が力を入れている「DX」(デジタル・トランスフォーメーション)の推進。経済産業省によると、DXではデジタル技術を導入するだけではなく、データの活用や組織の変革にまでにつなげることが重要だという。

言葉だけだと難しい印象も受けるが、企業はどうすればいいのだろう。今回は“酪農の自動化”を進めた企業の取り組みを、例として紹介したい。

乳牛が搾乳されに来る牧場

酪農業界は、コロナ禍での消費低迷などで苦境が続いている。そのような中で頑張っているのが、北海道・江別の「Kalm角山」。小規模な牧場が集まって2014年に設立した会社で、2022年度は約6500トンの原乳を生産し、売上は約9億円にのぼった。

Kalm角山の牛舎(提供:Kalm角山)
Kalm角山の牛舎(提供:Kalm角山)
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特徴は少人数で効率的な運営を実現していること。600頭以上の乳牛を、従業員15人とアルバイト数人で適切に管理しているといい、それを可能にしているのが、デジタル技術とデータの活用だという。牛舎に“搾乳ロボット”を8台導入して、搾乳を自動化しているのだ。

搾乳ロボットの概要(提供:Kalm角山)
搾乳ロボットの概要(提供:Kalm角山)

乳牛は24時間、牛舎内を自由に歩き回り、自発的に搾乳をされに来る。生乳の分析装置も導入し、集めたデータを病気の早期発見などにも役立てているという。(※もしもの状況に対応するため、牛舎には責任者を配置している)

牛舎にはブラシの装置も。乳牛が近づくと自動で回転し、身体をこする(提供:Kalm角山)
牛舎にはブラシの装置も。乳牛が近づくと自動で回転し、身体をこする(提供:Kalm角山)

このほか、牛が近づくとブラシが自動で回転して身体をこする装置など、乳牛のストレス軽減、生活環境を改善するための取り組みもしている。

搾乳ロボットの導入には、合計で2億円かかったというが、人件費や拘束時間を減らしつつ、原乳の生産量アップや廃棄率の低下にもつながったという。

自発的に来る秘密はごほうびにあった

酪農のイメージを変えるような取り組みだが、なぜ、ここまでして自動化を進めるのだろう。Kalm角山の代表取締役・川口谷仁さんに聞いた。


――Kalm角山が自動化を目指したのはどうして?

乳牛の状態をしっかり把握したいと思ったためです。乳牛は目の色や毛のつやで健康状態を判断するのですが、(企業規模が大きくなって)飼育数が増えると難しくなる可能性がありました。酪農業界は人手不足でもあるので、これらをカバーするため、自動化に注目しました。

搾乳ロボットが稼働する様子(提供:Kalm角山)
搾乳ロボットが稼働する様子(提供:Kalm角山)

――搾乳ロボットの仕組みはどうなっている?

ロボットのカメラとレーザーが乳頭を探知して、カップが安全に搾乳します。乳牛たちがなぜ自発的に行くのかというと、牛舎では健康的なエサも与えていますが、ロボットの場所ではハイカロリーのエサも食べられるのです。ごほうびですね。

牛舎では健康的なエサも食べている(提供:Kalm角山)
牛舎では健康的なエサも食べている(提供:Kalm角山)

――搾乳の回数やタイミングはどう管理している?

乳牛の首輪にはタグが付いていて、個体ごとのデータを収集しています。ロボットが搾乳に適していると判断すれば、搾乳ロボットのところに行けるゲートが自動的に開く仕組みです。


――乳牛からはどんなデータを収集している?

乳量や乳質、健康状態などを把握しています。乳牛は1日で2回~4回の搾乳が必要(しないと乳房の病気になる)なので、回数や量が少ないなら体調不良も考えられます。データは蓄積されるほか、異常があれば、携帯にアラームで通知されます。

乳牛の飼育の形が変わった

――DXを進めたことで、変わったと思うことは?

以前は、乳牛は牛舎で横並びにつながれ、搾乳も人間が連れていって行っていました。ストレスになっていたかもしれません。今は牛舎内を牛が自由に動き回ることができるので、病気やストレスが減って牛乳の質も良くなったと思いますし、乳牛の様子が穏やかになった気もします。

牧場には放牧地もあり、放牧もさせる(提供:Kalm角山)
牧場には放牧地もあり、放牧もさせる(提供:Kalm角山)

――原乳の生産量や廃棄率に影響はあった?

原乳の年間生産量(乳牛1頭あたり)は、約9200キロから、約1万2100キロに増えました。廃棄率も3%ほどが一般的ですが、当社は約1.8%にとどまっています。これは乳牛の健康状態が分かり、病気になる前に対処できるためです。以前は目の色や毛のつや、歩数計の歩数などから体調を推測していましたが、牛乳は血液と同じ成分なので、ロボットで分析することで、血液検査にもなります。


――組織やビジネスの変化にはつながった?

仕事を感覚やノウハウではなく、実数値に裏付けされた、システム化にできたと考えています。商品の付加価値を高めることは難しいですが、農業や酪農に興味を持つ異業種の方々の視察や問い合わせがあることで、ビジネスチャンスが増えています。

「現状のままでいい」ではいけない

――DXを進めるために大切だと思うことは?

先入観を持たないことですね。私の周りでもロボットによる自動化は「前例がなく失敗する」と反対の声がありましたが、受け入れられました。現状のままでいい、と考えるのではなく、技術を受け入れて使いこなすことが大切だと思います。ただ、DXは何でも叶える夢の世界ではありません。導入にはコストがかかり、年数が経てば更新も必要です。ここは課題とも言えます。


――酪農業界の今後について思うことは?

酪農業界の課題のひとつが、商品への価格転嫁が難しいことです。例えば、他業界では新しいモノを開発する、バージョンアップで価格をあげることもできます。酪農ではこれが難しく、安くなければ売れません。ここを改善する必要があると思います。

個人的には、酪農のフランチャイズ展開ができないかと考えています。ロボットで自動化できるなら新規就農もしやすいですし、地域の農産業を守ることにつながると思います。

乳牛の糞尿で電気を発電し、利益にもつなげている(Kalm角山のウェブサイトより)
乳牛の糞尿で電気を発電し、利益にもつなげている(Kalm角山のウェブサイトより)

なおKalm角山にはバイオガスプラント(糞尿をエネルギーに変える施設)もあり、乳牛の糞尿から電気を発電し、電力会社に販売もしている。技術を柔軟に受け入れ、効率化や利益につなげていくことが、DXの推進には大切なのかもしれない。

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プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。