ニューヨークの歴史ある「ブロードウェー劇場」で春先から大がかりな工事が行われていたので、どんなミュージカルがやってくるのか気になっていた。

やってきたのは、ミュージカル「Here Lies Love」(訳:ここに愛眠る)。7月20日に公演初日を迎え、様々な仕掛けと挑戦が話題を集めている。デイヴィッド・バーンとファットボーイ・スリムが音楽を手がけたことでも人気の作品だ。

ストーリーは1950年代から80年代のフィリピンが舞台で、当時のマルコス大統領の妻、イメルダ夫人を主人公としたもの。イメルダ夫人は、現在のフェルディナンド・マルコス大統領の母親である。無類の靴好きで、国民の貧困をよそにぜいたくな暮らしぶりを続けたファーストレディーとしても知られる。
イメルダ夫人の“ド派手生活”を表現
ミュージカルは、当時のイメルダ夫人の派手な生活とパーティー好きを表現するために、ブロードウェー史上初めて1階のいわゆる「オーケストラ席」の座席を全て外してダンスフロアにし、キラキラと回る「ディスコボール」まで取りつけた。

1階の観客は座らず、90分の公演中にエキストラの“役者”にも変身する。場面によっては群衆にいる当時のマルコス大統領の支持者役になったり、場面によっては暗殺される政敵のアキノ氏の葬式参列者役になったりするのだ。

さらに舞台は回転し、その度に1階の客は音楽にあわせて踊りながら移動する。役者も観客に入り込み、まるで「体験型ミュージカル」だ。

ブロードウェー初の試み
大がかりな仕掛けとは別に、キャストが全員フィリピン人系なのもブロードウェー史上で初めてのことだ。

現在も議論を呼ぶ人物の物語を演じるのは役者にとって難しい選択になることもあるというが、一流のブロードウェー俳優陣が揃っている。ここまで層が厚いのは、アメリカのエンタメ業界が多様性を受け入れてきた積み重ねの証左だ。

ブロードウェーはストの影響はないものの…
そんな中、アメリカの映画俳優などの組合「SAG-AFTRA」(Screen Actors Guild – American Federation of Television and Radio Artists)は7月14日、「待遇改善」や「AI(人工知能)活用の規制」などをめぐる交渉が決裂しストに突入した。5月2日から続いている脚本家組合「WGA」(Writers Guild of America)のストに合流する形で、日本でも映画の人気シリーズ「ミッション:インポッシブル」主演のトム・クルーズさんの来日が中止になるなど影響が広がっている。

今回のストは「舞台」は基本的には対象外だが、ブロードウェーなどの舞台俳優の組合「AEA」(Actors’ Equity Association)の代表は賛同している。代表は、ブロードウェーに影響がないことが企業側の「抜け道」として利用されることを警戒し、双方の組合に入っている俳優に対し、「我々を分断しようとする企業側のワナに気をつけて!」とスト破りをしないよう呼びかけている。

ブロードウェーに不安要素がないわけではない。くしくも「Here Lies Love」の公演初日、今度は舞台裏を支える技術スタッフやメイクアップアーティスト、衣装担当などが加入する組合「IATSE」(International Alliance of Theatrical Stage Employees)がスト突入の寸前まで行き、あわや数十もの舞台が突然休止されるところだった。

結局、暫定的な合意でストは回避され、ブロードウェーは踏ん張った形だが、「映画」「テレビ」「舞台」を問わず多くのスタッフや俳優が作品を支えるだけに、時代にあわせた条件が求められるのは不可避で、その戦力が欠けると業界全体に波及する現状が浮き彫りになっている。
(FNNニューヨーク支局 弓削いく子)
劇場内写真:Billy Bustamante, Matthew Murphy and Evan Zimmerman (2023)
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