ワサビなどの“辛み成分”が、葉物野菜や植物の鮮度保持に役立つかもしれない。こんな研究結果を、名古屋大学と関西学院大学の研究グループが発表した。

植物の葉の表面には「気孔」という小さな穴が存在し、光合成に必要な二酸化炭素を取り組み、酸素や水分を放出している。気孔は太陽光に含まれる光で開き、乾燥によるストレスなどで閉じるという。

アブラナ目が作る成分「BITC」に効果

そして、研究グループが注目したのが「ベンジルイソチオシアネート(BITC)」という成分。アブラナ目の植物が身を守るために作るもので、ワサビやマスタードなどの辛み成分のひとつでもある。

このBITCを植物の葉に散布したところ、気孔が開くのを抑制する効果があったという。天然由来の成分で人体への安全性も高いことから、葉物野菜や切り花の鮮度保持としての利用が期待されるという。

通常のキク(左2本)、BITCを散布したキクの比較 ※水を抜いて1.5時間後(研究グループのリリースより)
通常のキク(左2本)、BITCを散布したキクの比較 ※水を抜いて1.5時間後(研究グループのリリースより)
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さらに、研究グループなどはBITCの分子を改変した「スーパーITC」という成分も開発し、こちらは気孔が開くのをより長く抑制したという。研究結果は2023年5月、イギリスのオンライン科学誌『Nature Communications』に掲載された。

天然由来の成分で鮮度を保てるというが、BITCに注目したのはなぜだろう。辛味成分ということで、風味への影響はあるのだろうか。

気孔を開かせるエンジンを阻害

研究の責任者である、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の木下俊則教授に聞いた。

――今回の研究でBITCに注目したのはなぜ?

私の所属する研究所では、化合物ライブラリー(化合物を集めたセット)を保有していて、気孔開度に影響を与える化合物を網羅的に調べてきました。これまでに約3万の化合物を調べ、BITCが見つかりました。BITCはアブラナ目の植物が持つ天然物であったため、興味を持って研究を進めました。

気孔の開閉とその働き(研究グループのリリースより)
気孔の開閉とその働き(研究グループのリリースより)

――植物の気孔が開閉するとはどういうこと?

気孔は太陽光の下、特に青色や赤色の光に応答して開口し、光合成に必要な二酸化炭素の取り込みを行っています。気孔が開口すると葉からの蒸散を促進し、根からの水分や水に溶け込んだ養分の吸収を促進します。雨が降らない状況(乾燥ストレス)にさらされると、植物内で作られる植物ホルモン・アブシジン酸に応答して気孔の閉鎖が誘導され、植物からの水分損失を防ぐ働きをします。


――BITCはどうして、気孔が開くのを抑制する?

BITCは気孔を開かせるエンジンのような働きをする「プロトンポンプ」という酵素を阻害することで、気孔の開口を抑制することが明らかとなりました。ただ、どういう仕組みで阻害するのかまでは分かっていません。ここは研究を進めたいです。

農作物の収穫量増加につながる?

――BITCの効果はどのくらい続くの?

花瓶の水を抜いた状態で、通常のキク、BITCを散布したキク(※どちらも切り花)の経過を観察しました。そうしたところ、通常のキクは1.5時間ほどでしおれました。BITCを散布したキクも徐々にしおれましたが、2日ほど持ちました。また、鉢植えのハクサイにBITCを散布すると、数日はしおれなくなることもわかっています。


――BITCはどのような用途で役立ちそう?

生花や切り花に散布すると、輸送の際に水に浸ける必要がなくなるので、コスト削減や鮮度保持に役立つのではと考えています。また、農作物が雨不足などにさらされた時に散布することで、乾燥ストレスを軽減させ、収穫量増加に役立つ可能性もあるのではと考えています。

BITCは大部分を洗い流せるという(画像はイメージ)
BITCは大部分を洗い流せるという(画像はイメージ)

――辛味成分なので、使用した対象は辛くなるの?

BITC自体の味は「西洋辛子の味」となっています(自分で舐めたことはありません)ので、辛く感じると思われます。ただ、成分の大部分は表面に留まるので、洗い流すことができます。


――植物にワサビやマスタードを塗るとどうなる?

試したことがないので推測になりますが、成分的には効果はある可能性があります。

メーカーからは実用化に向けた相談も

――今回の研究結果はどのような形で役立ちそう?

多くの種苗メーカーや農薬メーカーが興味を持ってくれ、実用化に向けて相談しています。

通常のハクサイ(左2つ)、スーパーITCを散布したハクサイの比較(研究グループのリリースより)
通常のハクサイ(左2つ)、スーパーITCを散布したハクサイの比較(研究グループのリリースより)

――スーパーITCはBITCとどう違うの?

スーパーITCはより効果が強く、効果持続日数も長いです。BITCやアブシジン酸は、48時間(2日)で効果がなくなりますが、スーパーITCは4~5日間持続することがわかりました。


――気孔やBITCに関連した今後の目標は?

天然物のBITCがこういった効果を持つことがわかったので、天然物に着目した研究も展開し、最終的には、実際の現場(花き業界や農業など)で役立つ化合物の開発を行いたいと思っています。



植物や葉物野菜のしおれを抑制するだけではなく、使い方によっては、コスト削減や収穫量の増加にもつながりそうだという。ツーンとくる辛み成分が、幅広く役立つ時代がくるかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。