上皇ご夫妻は、7月6日、東京・品川区にある「ねむの木の庭公園」をお忍びで訪問されました。この公園は、上皇后・美智子さまの実家があった場所に作られた公園です。
ご夫妻は、公園に植えられたバラ「プリンセス・ミチコ」や大きく育ったねむの木などを約15分にわたりご覧になりました。
この公園は、美智子さまにとっては思いが詰まった場所なのです。
この記事の画像(12枚)美智子さまの生家、正田邸は、1933年に清水建設により建てられたということです。
美智子さまがお生まれになる前であり、幼少の時に暮らされた家ということになります。
戦時中、美智子さまは群馬県館林市や長野県軽井沢町に疎開されていますが、戦後は、この西洋風の瀟洒な家で再び暮らされています。
この建物が初めて注目を浴びるようになったのは、美智子さまがお妃候補となってからでした。
お妃候補の家ということで、多くの報道陣も詰めかけて、写真などを撮っていきました。
中でも、一番印象に残る映像は、美智子さまがご結婚のため生家の前で、ご両親とお別れの挨拶を交わされているシーンではないでしょうか。
この時のことについて、美智子さまは、2004年、70歳のお誕生日の際、
「家を離れる日の朝、父は『陛下と東宮様のみ心にそって生きるように』と言い、母は黙って抱きしめてくれました。両親からは多くのことを学びました」と文書で触れられています。
生家が次に注目されたのは、2002年のことでした。
父の正田英三郎さんが1999年6月18日に95歳で亡くなり、相続税の一部として、1999年に国に物納されました。
財務省は「老朽化して使用できない」と判断。建物を壊し跡地を売却する方針を打ち出し、2002年11月に解体することが決まりました。
母の富美子さんは、1988年5月28日に78歳ですでに他界し、英三郎さんが亡くなってからは、住む人もいなくなっていたのです。
こうした中、この建物の保存運動が起きます。
地元では、池田山と呼ばれるこの地域のシンボルとして保存したいという意見が多く、募金運動や署名運動が始まりました。
解体予定の11月までに、全国から約4000人の署名も集まったということです。
一方、この建物を軽井沢町に移設したいと、佐藤雅義軽井沢町長(当時)が申し入れします。
財務省など関係各所との調整に入り、町の幹部と提案し、場所も町役場近くを候補地とするなど移設にむけて準備が進められました。
熱を帯びる運動により、保存や移設が実現しそうな流れになってきました。
そんなときに、美智子さまのお気持ちが宮内庁から公表されます。
「皇后陛下は、保存を望む人々の気持ちを本当にありがたく思われながらも、これを残してほしいとのお気持ちのないことを常々申されています。終生静かに身を持たれたご両親の思いもそうであろうとのお気持ちが強くおあり」ということでした。
さらに「世情が皇后さまやご遺族の気持ちに反するような形になりつつあり、この際、取り壊しはご意向にかなうものだという事実を伝えるべきだと判断した」と、美智子さまのお気持ちを明かしたのです。
このお気持ちの裏には、美智子さまが、皇室に嫁ぐ際に、もう実家はない、戻ることのできる実家というものはない、という皇室に入る強い思いをお持ちだったからだ、という話を聞いたことがあります。
美智子さまにとって、戻ることのできる実家はなく、いるべき場所は嫁がれた皇室であるというお気持ちだったのでしょう。
そんな強いお気持ちで、ご両親もいない実家の建物を見ることは、辛いお気持ちになられたのかもしれません。
保存運動はそれでも続きましたが、財務省は解体の方針を変えることはなく、2003年3月から、解体作業が始まったのです。
2004年8月26日、国から土地の無償貸付を受けた東京・品川区が、公園として整備した「ねむの木の庭公園」が開園しました。
品川区では、「ご成婚当時の門を再現しているほか、上皇后さまゆかりの樹木や、お歌の中で詠まれた樹木・草花を多数植え、訪れていただいた方それぞれが上皇后さまに思いを馳せていただけるようにしました」と、ホームページで説明しています。
公園には、生家の面影はほとんどなく、皇室に嫁がれた美智子さまにゆかりある樹木・草花が植えられているのです。
上皇ご夫妻は、2005年以降、度々公園を訪問されています。
初めて訪問された2005年は、富美子さんの命日の4日前の、5月24日でした。
美智子さまは、2014年に80歳のお誕生日を迎えた際にも、文書回答でご両親に触れられています。
「80年前、私に生を与えてくれた両親は既に世を去り、私は母の生きた齢(とし)を越えました。嫁ぐ朝の母の無言の抱擁の思い出と共に、同じ朝『陛下と殿下の御心に添って生きるように』と諭してくれた父の言葉は、私にとり常に励ましであり指針でした。これからもそうあり続けることと思います」
ご両親の教えを胸に、美智子さまはこの公園をどのような思いでご覧になっているのでしょうか。
【執筆:フジテレビ皇室担当解説委員 橋本寿史】