新型コロナウイルスの第一波では、国のデータ活用の遅れが顕在化した。第二波に向けた日本のデータ戦略とは?連載企画「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第30回は、「データ医療」の最前線にいる慶應義塾大学医学部の宮田裕章教授に聞いた。

データアクセス権は基本的人権

データ医療の最前線にいる慶應大学医学部宮田裕章教授
データ医療の最前線にいる慶應大学医学部宮田裕章教授
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今回のコロナ感染対策では、自治体がITやデータを駆使するケースがありました。東京都は「新型コロナウイルス感染症対策サイト」を立ち上げ、オープンデータ、オープンソースを導入した。また、宮田先生が顧問を務める神奈川県では、全国に先駆けてLINEを活用した感染データ収集を行った。一方で国はマイナンバーの運用がうまくいかず、支給金の振り込みが滞るなどの課題も明らかになった。

ーーコロナで我々はデータ活用の重要性を、まさに身をもって知ったわけですね。

宮田氏:
今回コロナによって、世界中の人々がデータの大切さを実感したと思います。日本はデータ活用の遅れで、マイナンバーが十分に運用できず、感染実態の把握にも遅れが生じました。しかし、必要性は認識できたのではないでしょうか。

中国に代表されるような超監視国家が危惧されますが、台湾の成功例がアンチテーゼとなり、共産主義だから出来るのではなく、説明責任を果たせば信頼を得て情報を活用できることが示されました。

信頼とデータ活用を考える際、日本で決定的に足りないのは、国やプラットフォーマーからデータを引き抜き、共有できる権利、データアクセス権だと思います。

――EUが2年前に施行したGDPR(General Data Protection Regulation)=一般データ保護規則では、個人情報保護のためプラットフォーマーなどに対して、個人データの取り扱い義務を強化しましたね。

宮田氏:
EUのGDPRは理念こそ正しかったものの運用には課題がありました。個人の同意を得ないととデータを使えない状態になっています。データは誰が持っているかではなく、どう使うかが大事です。使うことによって価値が生まれるので、データを共有財として使える社会を作っていくことが必要だと思います。

その際に基本となるのが、社会がデータアクセス権を基本的人権としてみることです。日本はこのあたりが曖昧なので、迅速に、権利として確立することが重要だと思います。

人々の信頼を得ないとデータは使えない

――GDPRに対して海外のプラットフォーマーは、様々な取り組みを始めました。

宮田氏:
海外のプラットフォーマーが「Data for Good」「AI for Social Good」=データやAIを活用した社会・人道支援を掲げはじめた背景には、GDPRのデータアクセス権があります。なぜなら人々の信頼を得られないと、活動の主軸となるデータを使うことができなくなるからです。

しかしデータアクセス権が確立されていない地域は、プラットフォーマーはそんなことをする必要がないのですね。いま日本はグローバルなトレンドの中で何となく恩恵を受けていますが、データアクセス権を確立させるかどうかは、今後の国の趨勢を大きく左右する、データガバナンスを考える上で1丁目1番地になるのではないかと思っています。

――データ社会ではプラットフォーマーとの信頼がポイントになりますね。

宮田氏:
新しい社会や経済を回すための資源が、データです。GDPR以降の世界は、人々の信頼が無いとデータを使えなくなっています。なので、GAFAは「AI for Good」「Data for Good」といい、中でもアップルはHealth(健康)、つまり未来の人たちがアップルを思い出した時に、人々を健康にする企業であるべきだといっています。健康を軸にしながらGood(社会・人道支援)に貢献する大きな流れが、コロナの前に生まれていました。

GDPの限界とSDGsの次とは

――宮田先生は、データ社会において豊かさを測るのにGDPは限界があるとおっしゃっていますね。

宮田氏:
GDPで世界が説明できないのはこれまでもいわれてきました。モノを生む社会では所有することが豊かさの指標でよかったのですが、世界はすでにデータで動いています。モノを作る企業が社会を回していない中で、モノの所有で測っても意味を持たないのが、データ社会が到来して以降真実味を帯びてきました。

また、経済至上主義で社会を駆動することの限界が様々な場でいわれる中、経済至上主義の「対抗馬」になったのが環境です。そこに期せずしてコロナが到来した。今後少なくとも短期的には、世界は公衆衛生や健康、そして環境とのバランスを考えながら社会を回していかなければならないだろうと思います。

――withとアフターコロナにおいては、SDGsの次をどう考えるかもありますね。

宮田氏:
SDGsはミニマムなところから始めたので、いくつかの先進国では多くの部分を達成しているといえます。これからは公衆衛生で感染を広げないだけではなく、誰もがその人らしく豊かに生きられるという健康や、BLM=Black Lives Matterに代表される人権や自由、格差の是正、持続性ある環境など、シェアード・バリュー=共通価値の創造(※)を軸にしながら、社会や経済を回していくのがスタンダードになると思います。

(※)企業による経済活動と社会的価値の創出(=社会課題の解決)を両立させること

データ社会の民主主義の未来とは

――デジタルでいえば、中国や欧州でデジタル通貨を開発する動きも出ています。

宮田氏:
フェイスブックがリブラをつくるといった際には大反対がありましたが、スウェーデンがEクローネを、中国がデジタル人民元の開発を目指しています。こうした流れの中で、アメリカも日本もデジタル通貨をつくらざるをえないのではないでしょうか。

デジタル通貨で一番重要なのはパーソナルデータであり、データの価値が通貨の価値に直結します。このような背景の中で社会は経済合理性だけでなく、信頼やGoodを軸にしながら経済を回していく時代が到来しつつあると思います。日本でも社会でデータを運用して、価値を創出できるようなシステムを作ることになるでしょう。

――こうしたデータ社会における、民主主義の未来をどう考えますか?

宮田氏:
コロナ前は、新しい社会システムのモデルを作るのは、EUか日本だと思っていました。これはなぜかというと危機がすぐそこにあるからです。歴史を振り返ってみても危機と対峙する中で、新しい文明が拓かれてきました。

EUでいうと、移民を積極的に受け入れるドイツのコスモポリタニズムは理念としては正論なのですが、結局流入した移民がドイツ語すら学ばずに文化を時に破壊しました。そうした事態が社会に混乱をもたらしたなかで分断と怒りが起こりましたが、そこを彼らが超えれば新しい社会システムに至ることができるかもしれません。

日本は少子高齢社会に入り、このままでは消滅してしまうというプレッシャーの中で、新しい社会を創る可能性があると思っていました。

しかしコロナで、もはや世界のどこからでも、新しい社会システムが生まれる状況になっていますね。

退路無く国のあり方を見直す

――各国ともに、コロナを契機として国のあり方を見直す動きがでていますね。

宮田氏:
いまドイツが国家予算の数倍にあたる補償を積み上げていたり、スペインがベーシックインカムの導入を議論したりと、各国が退路のない覚悟の中で、それぞれの国のあり方、民主主義を問い直しています。

国家データ戦略においては、コロナ前はアメリカ型と中国型という2つの勝ちパターンがあったのですが、米中以外のどの国も第三の道を必要としています。その中で新しい民主主義や経済システムが必要とされるのは間違いないだろうと思います。

――BLM運動に揺れるアメリカは、どう見ますか? 

全米に拡大した人種差別への抗議デモ 掲げられたメッセージは「Black Lives Matter」
全米に拡大した人種差別への抗議デモ 掲げられたメッセージは「Black Lives Matter」

宮田氏:
これまでアメリカが実現した自由と平等は、世界の人々にとっても魅力あるものでした。一方でアメリカンドリームの影で、搾取する対象を替えながら、格差を作り続けるモデルであったことも事実です。

しかしコロナで4200万人が失業保険を申請するという未曾有の事態となり、アメリカンドリームが一時的に見えなくなりました。そうした中で、建国から抱えていた矛盾を問い直しているのがBLM運動ではないかと思います。

こうした問いの中から、新しい民主主義モデルが出てくるのか、分断が加速するのか、異なる議題がセットされ雲散霧消するのかはまだわかりません。ただ少なくとも彼らの民主主義は根本から問い直され、退路の無い変化に入ったと思います。

新しい日常では「どう変えるか」が大切

――最後にこうした時代だからこそ、日本はどうあるべきだと考えますか?

宮田氏:
世界でも日本でもニューノーマル(新しい日常)が始まろうとしています。このような歴史の転換点となる状況にあっても変わらない、変われないという議論がありますが、やはり変えないといけないと思います。変われなかったではなくて、「どう変えるか」という意思の中で、状況と向き合うことが大切です。

日本は現時点ではコロナの影響が欧米に比べて小さく、未来にリソースを割く力があります。ですからいまあるアセットの中で、どう変えるのか議論しなければいけないと思います。日本はいまデータ戦略を直ちに再構築したうえで、国の方向性を決めていく大事な時期です。

――ありがとうございました。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。