新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの生活、国や企業のかたちは大きく変わろうとしている。連載企画「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第24回は、コロナを機に変わる自治体のデジタル戦略だ。

東京都では3月4日に「新型コロナウイルス感染症対策サイト(以下サイト)」を立ち上げた。自治体のものとは思えない見やすさと利便性の高さが一躍話題となった、このサイトの開発を主導したのがヤフー元社長で昨年9月に副知事に就いた宮坂学氏だ。

6月5日、都庁の副知事室で、ラフな黒いTシャツ姿の宮坂氏に話を聞いた。

東京都副知事宮坂学氏は、元ヤフー社長という異色のキャリアの持ち主
東京都副知事宮坂学氏は、元ヤフー社長という異色のキャリアの持ち主
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サイトは3ヶ月で1千件以上改善している

サイトの開発には「オープンソース」という、これまで行政で見られなかった手法が導入された。プログラムのソースコードを公開し、世界中のエンジニアがサイトの修正を提案できるようにして、中でも台湾の天才プログラマーでIT担当大臣のオードリー・タン氏から修正提案があったのは、メディアでも大きく取り上げられた。

——宮坂さんがこの「オープンソース」を導入しようと思ったのはなぜですか?

宮坂氏:
もともと民間の開発パートナーの「コード・フォー・ジャパン」が得意分野としていて、行政とオープンソースは絶対に相性がいいなと思ったのです。もちろん課題はありましたけど、長い目で見れば税金で作るシステムをオープンソースという公共財にするというのはとてもいいことだなと。ソース、データをオープンにして、他の自治体も使えるようにし、我々も他の自治体が作ったものを使えれば、日本全体がよくなると思うんですよね。 

——サイトはリリース後もかたちが変わっているようですが、次はどのように展開するイメージですか。

宮坂氏:
追加して入れたい機能は、それこそ山ほどあります。例えばアプリにするとプッシュ通知がしやすいですし、いろいろな機能を盛り込めます。他には、当初は患者数などの情報が主でしたが、いまは緩和ステップや東京アラートに関心が高いので、サイトの一番上にするなどリリースから3ヶ月で1千件以上の改善をしています。

3ヶ月で1000件以上の改善をしたという東京都のHPより
3ヶ月で1000件以上の改善をしたという東京都のHPより

アプリの一番難しいのは作ることより普及です

——大阪府と同様に、東京都も独自の追跡システムを開始しますね。

宮坂氏:
実は3月頃シンガポールで開始したコンタクトトレーシング(「人と人」との接触確認)のソフトがオープンソース化されるという話を聞いた際、都にも導入しようと検討しました。しかし通勤などで隣接県から人が入ってくるわけだし、都だけでやるのはあまり効果がないなと見送りました。一方で「人と場所」については、美術館や博物館、図書館などの都立施設で、6月12日から「東京版新型コロナ見守りサービス」を始めます。利用した施設で感染者との接触が疑われる場合に、LINEやメールで通知を行うものです。

——接触確認ツールは、どれだけ普及するかがポイントですね。

宮坂氏:
先日接触アプリ等の導入状況は世界でどうなっているのだろうと調べてみたのですが、シンガポールであっても利用者数が低い状況です。オックスフォード大学の研究レポートでは6割を超える必要があるというのですが、6割というと日本では7千万件強ですからLINEしかないですよね。ヤフー時代にもアプリをどう普及させるかが大変でしたが、一番難しいことは作ることより普及です。

東京都の行政手続きの98%をデジタル化する

——宮坂さんが副知事になられて、都庁のICT部門の設立と人材獲得を開始しましたが、いま100人程度と都庁職員3万2千人の0.3%。ほかの世界の大都市ではパリ、NYは1%、シンガポールは7%ですから、まだまだ大きく後れを取っていますね。

宮坂氏:
それがまさに問題で、東京都の行政のデジタル化が遅れている理由は、これにつきると思っています。一方で建築や水道インフラはエンジニアがたくさんいて、だから東京の水道は世界一と言われているし、建設や土木も同じです。行政の中にエンジニアリングチームを持つというのは、外注するにせよ内製化するにせよ、すごく大事なことだと思っています。

——都のデジタル戦略の中でも、特に急を要する分野はどこだと考えていますか?

宮坂氏:
教育、医療などのサービスのデジタル化は待った無しの状況ですが、その中の代表的なものが行政のデジタルサービスだと思います。都議会でも行政手続きの98%にあたる169の手続きをデジタル化しようという方向になりました。これまでの条例では、「原則文書、デジタルでもいいよ」というものでしたが、「原則デジタルにする」と方針が大転換します。ただ、情報技術で何をするかという使い方と合わせて、もう1つ大事なのはインフラです。

都のアセット約1.5万件を通信キャリアに公開

——都市全体のデジタル化ランキングでみると、ロンドン1位、NYは4位、東京は28位といわれていますね。

宮坂氏:
特に力を入れているのは5Gや光回線、超高速の公衆無線LANなどで、どんなにサービスがあっても結局インフラが良くないとどうにもならないのですね。インフラ整備は時間がかかることなので、これはやはり行政が民間に伴走しながら、ちゃんとやらなくてはいけないと思います。誰もが超高速で繋がるという状況を地道に作っていくことが、10年後20年後を考えるときに大事ですね。「つながる」ということは都市にとって道路や港湾や水道のような最重要インフラなのです。

——都内のネットワークへの接続状況を改善するために、どのような取り組みをしていますか?

宮坂氏:
いま「東京データハイウェイ」構想の実現化を目指しています。都は多くのアセットを保有していて、都道が約2200キロあり、公園やバス停、地下鉄出入口などもあるのですが、これまでは通信キャリアが基地局を置きたいといっても、それは行政の仕事ではないと積極的に開放していませんでした。

しかしいまはネットワークこそが社会の基幹インフラであり、その品質を世界最高峰に持っていくのは行政の仕事だと方針を大転換しました。ということでいま、約1.5万件(2020年5月末時点)のアセットをデータベース化して通信キャリアの皆さんに公開しています。また学校やすべての子どもに高速インターネットが届く環境を作ることも急務だと考えています。

行政システムは完成前にフィードバックをもらう

——コロナ対策として都でも協力金の支給が行われていますが、申請に使い勝手の悪さが指摘されています。

宮坂氏:
急遽要請をうけて私は6月17日から始まる第2回の申請受付のシステムから関わることになりました。これまでの「G to C(行政対住民)」のシステムは、行政と開発ベンダーの間だけで作って完成した後にこれでどうぞ、使ってくださいねというものでした。しかし今後、行政システムを作る際には、完成する前にプロトタイプを住民に使ってもらいフィードバックをもらうというプロセスを、繰り返したうえでリリースしたほうがいいと思います。フィードバックの回数を増やし、行政だけが作るのではなく市民と共に作る姿勢に方向転換するのがカギですね。

——これまでの行政では、タウンミーティングこそありますが、行政プロセスを完成前に示してフィードバックをもらうのは聞いたことがありませんね。

宮坂氏:
まあソフトウエアの世界では当たり前だと思います。ソフトウエアは、リリース時には100点満点でなくとも、リリース後に毎日1%ずつ改善すれば圧倒的にいいものができます。完成版はなくて永遠のベータ版という考え方で作るのがいいと思います。そのために途中段階のものをオープンにして、市民や事業者の人と対話し、フィードバックをもらうチャンネルを増やしていくのが大事だと思いますね。

30年後に感謝される仕事をやりたい

——去年の9月に副知事に就任して9か月。民間の中でもかなりフレキシブルな組織から巨大な行政組織に移ってみていかがですか?

宮坂氏:
仕事の性質に最適化して組織は作られていくものなので、もちろん違いはあるので戸惑いも多いですけど、そんなものかなという気がしますよね。もともとヤフーの社長を退任する時、これまでやってなかった仕事をしてみたいなと考えたのが、マイクロモビリティのライドシェア(電動自転車や電動スクーター、電動スケートボードなど)と、ブロックチェーンでした。

リブラや中央銀行デジタル通貨の話題がいまはよく出てきますが、当時はプログラムされた地域通貨はとても可能性があるなと考えていて、いろいろな自治体に営業に行った中のひとつが都庁で小池都知事にプレゼンしたのが最初の出会いでしたね。

——最後に東京オリパラは来年に延期になりましたが、オリパラに向けてチャレンジしたいことはありますか?

宮坂氏:
オリンピック期間中、すべての会場でモバイルインターネットが高速で途切れることなく世界中の人々とつながって観戦できるインフラ作りをしたいですね。具体的にはすべての会場で5Gと高速Wi-Fiを間に合わせようと準備してきました。

インフラで印象的だったのは、去年の台風19号の際、東京都の防災HPはもったのですが、都内の区市町村のホームページは遅くなったり、中には落ちてしまったものもあって、自分としては大失態だなと深く反省しています。

一方で河川は一部氾濫したものの大きな被害にならなかったのは、都庁の土木の職員が、地下調節池などのインフラを、時には批判されながらも30年前から作りつづけてきたからだったのです。

行政手続きのオンライン化など、今、求められていることにはしっかり取り組む一方で、今ではなく30年後に感謝される仕事というのは、たぶん民間では難しくて行政でしか出来ない時間軸の仕事なので、しっかり腰を据えてやりたいと思います。

——30年後の東京がどうなっているのか、楽しみですね。ありがとうございました。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。