えさ代、光熱費の高騰に後継者不足…酪農を取り巻く環境はかつてない厳しい状況に陥っている。“出口の見えないトンネル”に入ってしまったような酪農業界。さまざまな逆風に苦悩しながらも奮闘する島根県内の酪農家の今の姿を追った。
終わりに近づく酪農家の現状
涙ながらに話すのは、大田市の酪農家・西谷悟朗さん。
西谷牧場・西谷悟朗さん:
酪農を取り巻く現状を見るとこれで“終わり”が始まったっていう、そういう評価です。このままだと、ずいぶん酪農家は減っちゃいますね
6月上旬、島根県内の酪農家の代表として丸山知事に窮状を訴え、支援を要請した。
えさ代や光熱費の高騰に、コロナ禍から続く牛乳消費の低迷。牧場は赤字経営が続き、“出口の見えないトンネル”に入ってしまっているのが、酪農業界の現状だという。
6月下旬、大田市の三瓶山の麓にある西谷さんの牧場を訪ねた。
西谷牧場・西谷悟朗さん:
朝は6時半、夕方は5時半スタート、搾乳はね
牧場の1日は、搾乳(乳しぼり)の作業で始まる。西谷牧場では約100頭の乳牛を飼育、搾乳作業は午前6時半から2時間ほど続く。
搾乳が終わると、今度はえさの時間だ。スタッフは休むことなく牛舎に向かう。
――飼料はどれぐらい値段が上がりましたか?
西谷牧場・西谷悟朗さん:
値上がり前は1kgあたり40円台だったものが、今は1kg80円。1頭につき1日10kgくらいはえさをやるので、1kg85円くらいでも1頭につき1日850円
輸入に頼る飼料の価格は、この1年で2倍に高騰。さらに、搾乳に使う機械や照明などに必要な電気代も値上げされ、機械や車両の維持費などのコストはここ数年で約1.5倍になったという。
西谷さんの牧場の2023年5月の収支をみると、えさ代の支払いと牛乳の買い取りによる売り上げはほぼイコール。これに光熱費などが加わると、約230万円の赤字だ。
物価高が追い打ち、廃業者相次ぐ
西谷さんの牧場では、県や国から物価高騰対策の補助金を受け、赤字を最小限に抑えることができたが、それでも赤字が埋まらず、廃業する酪農家も相次いでいる。
元牧場経営者・岩田篤史さん:
3月の終わり。えさ代が高くなって大変になったので
廃業を決断した一人が、岩田篤史さん。同じ三瓶山のふもとで、祖父の代から牧場を営んできたが、2023年3月に廃業した。 飼っていた牛約60頭は西谷さんの牧場で受け入れてもらい、自身も従業員として働いている。
「小さい時から牛と関わってきたので、酪農を続けようかな」と話す岩田さん。決して酪農そのものが嫌になったわけではなかった。岩田さんと牛を引き受けたことについて、西谷さんは…。
西谷牧場・西谷悟朗さん:
大げさな気持ちは何もない。これでうまくいけば、これを1つの前例にして、廃業した牧場を承継する社会実験も兼ねている
8年前に約120戸あった島根県内の酪農家は年々減少。今では約80戸、3割ほどが廃業した。かねてから課題になっていた後継者不足に、最近の物価高が追い打ちをかけた形だが、廃業した牧場の受け皿をどうするかが新たな課題になっている。
「酪農のある景色を守っていきたい」
取材に訪れる前日、牧場では1頭の乳牛が足の骨を折り、立ち上がるのが難しい状態になっていた。
西谷牧場・西谷悟朗さん:
もう全然。歩けない
牧場を訪れた獣医師の問いかけに、西谷さんが答えた。成長した乳牛の場合、骨折すると治療が難しく、再び立ち上がることは望めないという。
西谷牧場・西谷悟朗さん:
きょう限りの命。あとは食肉になります
やむを得ず、西谷さんは牛を屠畜場に搬入、食肉として解体処理することにした。食肉としての売り上げは貴重な収入となるが、今回得られたのはわずか数千円だった。
西谷牧場・西谷悟朗さん:
牧場経営を終わりにせざるを得ない状況は何とかしたい
逆風が続く中、酪農家が受け取る「乳価」は、2023年8月から1kgあたり10円の引き上げが決まっている。しかし、牧場が赤字から脱却するためには、さらに10円の値上げが必要だという。
西谷牧場・西谷悟朗さん:
自分の時間も何もかも、すべてを酪農につぎ込んでいるので、続けられる限りは、知力、体力を注いで、この仕事で生きていきたい。“酪農のある景色“を守っていきたい。
食料自給の基盤の一つでもある「酪農」をどう支えていくかが問われる中、酪農家による自助努力は限界に近づいている。
(TSKさんいん中央テレビ)