育児休業(育休)を取りたいが、仕事のことが分からなくなりそう。居場所がなくなるかも。こうしたことが頭をよぎる男性はいないだろうか。

キャリアへの不安感を防ぎつつ、育休は推進できるのか。育休を経験した父親、男性の育休を研究する専門家に取材すると、実情と課題も見えてきた。

2児の父親が感じた「育児の大変さ」

ボッシュ株式会社のシステムエンジニアである、水梨勇河さん(32)は、妻(36)、長男(3)、次男(1)の4人家族。長男の誕生時に2カ月、次男の誕生時に4カ月の育休を取得した。妻がカナダ出身で近くに親族がいないため、子育ては夫婦ですると決めていたという。

「カナダでは、父親と母親が協力して子育てをすることが当たり前だといいます。私が勤める会社はワークライフバランスも重視しているので、ぜひ取りたいと思っていました」

水梨さん一家(提供:水梨勇河さん)
水梨さん一家(提供:水梨勇河さん)
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初めての育休に入る前は、子育て中の空き時間で仕事の勉強もしようと考えていたが、実際はそれどころではなかった。妻が出産の負担で動けない時期もあり、水梨さんは育児や家事に奔走。しっかり眠れる日はほぼなかったそうだ。

「自分がいかに育児の大変さを理解していなかったか知りました。小さな子どもは誤飲のリスクもあり、一人では鼻水もかめません。そばには誰かがついている必要があります」

子どもとの家での様子(提供:水梨勇河さん)
子どもとの家での様子(提供:水梨勇河さん)

こうした経験もあり、水梨さんは家族優先の働き方を考えるように。上司の理解もあって、復職後は勤務場所や時間が調整しやすい業務となった。

孤独感や職場環境の変化に直面する

ボッシュでは、育休の取得者が困りごとを話せる機会を設けたり、復職後には、仕事・家庭の両立のために利用できる制度を紹介しているという。

こうしたサポートもあり、水梨さんはキャリアに不安は感じなかったというが、支援体制が整っていなかったとしたら、不安や課題になるかもしれないと思ったこともあるという。

息子の誕生時にそれぞれ育休を取得した水梨さん(提供:水梨勇河さん)
息子の誕生時にそれぞれ育休を取得した水梨さん(提供:水梨勇河さん)

それが、孤独感や職場環境の変化。育休中は業界や職場の情報が伝わりにくく、復職後は休んでいた間のことを把握しなければならない。対応に苦労するかもしれないという。

「特に第2子の育休は長かったので、チームメンバーも変わって少し戸惑いました。私の職場では(育休期間中のことは)他のメンバーが対応してくれるのですが、本格的な復職の前に(情報を)キャッチアップする期間があるといいかもしれませんね」

このほか、誰かが育休を取得したことで、周囲にしわ寄せがいかないような、ケアや環境づくりの必要性も感じたという。職場から離れたことで、さまざまなことを考えるようだ。

育休を経験して良かったという(提供:水梨勇河さん)
育休を経験して良かったという(提供:水梨勇河さん)

ボッシュの担当者によると、8月からは「出生時育児休業(産後パパ育休)中に就業を可能とする制度」を導入予定で、従業員は育休中も会議や特別な研修に参加できるようになる。これで、不安をやわらげることにつなげたいという。

専門家“復職後のイメージがつかないこと”がキャリアへの不安に

専門家の視点だと、男性の育休取得とキャリアはどう映るのか。男性の育休について、調査・研究をしている、筑波大学の尾野裕美准教授に聞いた。


――男性の育休とキャリアとの関連性をどう思う?

キャリアへの不安を感じる男性は多いですね。複数の男性に話を聞いたことがありますが、取得前は周囲の反応、これからのキャリア、取得中は復職後の仕事、周囲の期待に悩むそうです。長期間休んで育児しようとするほど、不安や焦燥感につながるのではないでしょうか。


――キャリアになぜ不安を感じてしまうと思う?

女性と比べて前例が少ない。復職後のイメージがつかない。この辺りが影響していそうです。(職場のことが分からない状況で)仕事から数カ月離れると不安になってもおかしくありません。生活も変わり、将来を考えるきっかけになるのだと思います。育休前は仕事中心の生活をしていても、育休中に自分のキャリアについて再探索し、復職後は仕事と家庭を両立させる働き方を模索するようになります。

育休の前例が身近に感じられることが重要(画像はイメージ)
育休の前例が身近に感じられることが重要(画像はイメージ)

――キャリアへの不安を防ぐため、企業や職場はどうすればいい?

会社幹部が率先して取得する、取得者やその上司が評価されるといった、育休の前例を身近に感じられることが必要かもしれません。例えば、社内報やイントラネットで取得者を確認できると「あの人が取っているなら、取ってみよう」と思えます。

取得者の上司が育休を理解できる、支援できる教育も必要です。仕事の引継ぎなどをどうするのか、育休中はどう過ごすのか、復職後はどうしたいのかといった計画を、上司と本人で立てられるといいでしょう。上司が取得者に不利益な扱いをしないだけでなく、復職後のキャリア構築をサポートできるように、管理職向けの研修を実施する必要もあると思います。


――企業や職場が注意してほしいことはある?

育休を取ることが職場にとっては負担になる可能性があることです。社内の不公平感が出ないよう、誰が休んでも業務が回る、人材が長期間離れる時は他の人が来るといった、負担をコントロールできる仕組みを整えるべきだと思います。

企業は育休の見返りを期待してはいけない

――キャリアの不安を煽る、良くない対応はある?

企業や職場によっては「育休中にマルチタスクをこなすスキルを身につけてくるんだよね」「休んだんだから、バリバリ働いてね」といった、プレッシャーをかけるところもあると言います。育休は会社のために取得するものではありません。結果として、育休経験が仕事にプラスになることは十分ありますが、最初からそれを求めるのは筋違いではないでしょうか。


――現状の男性の育休について、思うことは?

男性の育休取得率は伸びていますが、企業が取得率のために数日間だけ取らせるパターンも目立ちます。子どもを育てるという、育休本来の目的からは離れないでほしいですね。

育休に見返りを期待してはいけない(画像はイメージ)
育休に見返りを期待してはいけない(画像はイメージ)

復職後のイメージがつかないまま、長期間職場を離れることになる。この辺りが不安につながっていそうだ。企業は対応が難しいところだが、復職の前例を紹介する、希望者には仕事の情報を共有するといった、考えも求められるのかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。