世界遺産登録から10年を迎える富士山。

その富士山をめぐり、総事業費1,400億円をかけて「富士山登山鉄道」を建設するという構想が賛否両論を呼んでいる。

鉄道建設の具体的な内容と狙いを、7月1日に山開きを迎える山梨県の長崎幸太郎知事に聞いた。

麓から5合目までの“路面電車”構想

ーー構想を立てたきっかけは?

富士山にはさまざまな課題が山積しています。

例えば、来訪者が多すぎて(登山道が)ラッシュアワーの地下鉄状態になっていたり、大きな環境負荷もあります。

長崎幸太郎山梨県知事
長崎幸太郎山梨県知事
この記事の画像(10枚)

このまま放置しておけば、いずれ富士山は世界の人から見向きもされなくなってしまうのではないか。そこで、こういった問題を解決する1つの具体的な方策として、「登山鉄道」が役に立つのではないかと考えて提案しています。

ーー登山鉄道を通すメリットは?

バスやマイカーと違って、決められた本数や時間で運行していくため、来訪者のコントロール、人数制限が可能になります。

また、CO2の排出を抑えて環境負荷を減らすことができますし、さらに登山鉄道の建設と併せて、電気や上下水道施設を整備することが可能になります。

富士山が芸術の源泉、信仰の対象といった本来の姿に戻っていくと考えています。

「特別で上質な空間と時間」を提供

年間500万人もの観光客が訪れる富士山の5合目は、大型バスによる渋滞がたびたび発生し、問題となっている。

富士山登山鉄道構想は、1編成定員120人。所要時間は麓から5合目までの上りが約52分、下りは速度制限がかかるため約74分と見込んでいる。

途中には絶景を楽しめる“中間駅”を設けるなど、バスやマイカーとは違う「特別で上質な空間と時間」が提供できると長崎知事は話す。

「富士山登山鉄道」構想 イメージ図
「富士山登山鉄道」構想 イメージ図

ーー建設費とスケジュールは?

どういうスペックで、どういう形で用意して整備するかによって、かなり変動が起こると思いますので、現時点では明らかではありませんが、相当な額になろうかと思います。

スケジュールもまだそこまで議論が進んでおらず、今はより具体的な提案をするための技術的な課題の研究と、富士山のあり方として「どうあるべきなのか?」を考えています。

そして課題解決をするための手段として、「何が適切なのか」を地元の方々としっかり議論して、できる限りのコンセンサスを得ていきたいと思っています。

具体的なスケジュールは、それからの話だと認識しています。

バスで混みあう5合目駐車場
バスで混みあう5合目駐車場

ーー自動車道に鉄道を通すイメージ?

路面電車なので、普通の鉄道とは全く違うものです。

まさに道路に2本のレールを埋め込むような仕掛けをイメージしています。

その際、緊急車両はもちろん走れますが、一般車両は基本的には通れないようにしようと考えています。

「富士山登山鉄道」構想 イメージ図
「富士山登山鉄道」構想 イメージ図

ーーCO2を排出しない「電気バス」の整備を勧める意見もあるが?

そういう考え方もあるのかもしれませんが、実際のオペレーションは不可能だと思います。

シミュレーションすればわかりますが、大人数を運ぶにあたって、電気バス1台1台に運転手さんを用意する必要があり、これはオペレーション上不可能だと思っています。

鉄道の方が実現可能性が高いと思いますし、何より、鉄道はそれ自体が観光資源になるので、バスやマイカーとは違う「特別で上質な空間と時間」を観光客の皆さんに提供することができると考えています。

おそらく利用される方の満足度も一層高まってくるだろうと思います。

混雑解消で、より満足度の高い時間に

気になるのは鉄道の“運賃”。

現在のシミュレーションでは、採算を取るための料金として、往復1万円という試算が示されている。

ーー往復1万円という報道があるが?

それは単なる1つの試算でしかなくて、それをことさら取り上げて大騒ぎするのはいかがなものかなと私たちは思っています。

一方で、テーマパークなどでもすでに実例がありますが、ある程度値段を上げることによって、年に1、2回の特別な時間になるわけです。

値段を上げることによって混雑度合いが解消されれば、むしろ来られた方にとってはより満足度の高い時間にしていくことができます。

それが「高くて困った」という話であれば、例えば、海外では多くの事例がありますが、国外から来られた方と国内の方の値段に差を設ける手法も考えられます。

海外では場所によっては、10倍違い差があるところもあります。

さらにもっと言えば、富士山登山は、富士吉田の吉田口の麓から登って行くのが本来の登山です。

ある意味、スバルラインを使って5合目まで直接行くのは邪道とも言えるようなものなので、本来のあるべき登山道をしっかり整備しながらやっていきたいと思います。

ーー地元の賛同を得ていない、自然破壊につながるとの批判もあるが?

コロナがあって十分にコミュニケーションが取れていなかったことが不幸の始まりなのですが、構想の中身をしっかりとご理解いただければ、必ず皆さんに賛成していただけるものと確信しています。

今の富士山のあり方は、決して長続きするものではありません。

コロナ禍前は、極めて多くの外国人観光客が訪れて、渋谷のスクランブル交差点のような大混雑状態だったわけです。

そのような状況では、遅かれ早かれ世界水準から見て、相手にされなくなってしまう恐れがあると思っています。

私たちはまさに、世界の宝であり、日本の象徴でもある富士山を、未来永劫、末永く世界の皆さんから愛され、その結果、恩恵が地元の皆さんにおよび続けるような環境作りのために、登山鉄道構想を提案しているわけです。

我々も説明不足だったのかもしれませんが、しっかりと向き合っていただいて、ご理解をいただければ、認識は必ず変わってくると思います。

「地元 対 山梨県」という対決構造で言われるのは大変不本意で、今言ったように我々も地元の皆さんも、宝物である富士山が愛され続け、かつ、富士山からの恵みを享受し続けられるようにしていくことが本意なので、ぜひ建設的な議論を積み重ねていきたいなと思っています。

オーバーツーリズムを放置するわけにはいかないので、それなりのスペシャルな体験ができる機会に変えていかなければいけない。今の状況は富士山の価値というものを毀損しています。

僕らとしては、富士山を本来の姿に戻したい。静かで何か尊いものと対話ができる雰囲気を取り戻す必要があるのではないでしょうか。

いろいろな考え方があると思います。

我々は鉄道が優れているのではないかと思いますが、違う方法もあるのかもしれません。大いに議論を交わして、いかにして富士山を守っていくか、次世代に伝えていくかを知恵を出しあって考えていきたいと思っています。