カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した映画『怪物』。

6月2日の公開からすでに60万人以上を動員し、大ヒットとなっている。

この映画の監督を務めたのが、是枝裕和監督だ。

その是枝監督に、映画の脚本を務めた脚本家・坂元裕二さんとの出会いや、安藤サクラさん、永山瑛太さんらキャスト陣との秘話、そして、映画に込めた“正義”をめぐるメッセージについて聞いた。

「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ
「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ
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映画の舞台は、大きな湖がある郊外の街の、とある小学校。

安藤さん演じる、息子を愛するシングルマザー、永山さん演じる、生徒思いの小学校教師、そして無邪気な子どもたちが登場する。

よくある子ども同士のケンカを発端に、それぞれの食い違う主張によって、次第に社会やメディアを巻き込み大事になっていく、というストーリーだ。

そして映画は観客に、こんな質問を投げかける。

「あなたがみている、怪物とは?」

是枝監督が映画に込めたメッセージ

2018年に『万引き家族』で、カンヌ国際映画祭の最高賞「パルムドール」を受賞した是枝監督。

今回タッグを組んだのは、これまでに『東京ラブストーリー』『最高の離婚』など数々の大ヒットドラマを手がけてきた脚本家・坂元さん。

――どんな思いを、メッセージを込めてこの作品を作られたのでしょうか。

是枝裕和監督:
まず、やらなければいけないのは、僕は坂元裕二さんと一緒に脚本を作りながら、この物語におけるいろいろな“目には見えない怪物のあり方”というものを、ちゃんと伝えられるように描くこと。

少年2人が抱え込んでいる葛藤、彼らが自分自身を“怪物”だと思ってしまう、思わせてしまう“怪物”たちが周りにいる。その中に“私がいる“ということを、まさにこの2人が見返している。その先を、ちゃんと描かなくてはいけない、と思いました。

是枝裕和監督
是枝裕和監督

映画は3部構成ですが、見返された私たちの物語が、映画が終わった後に4回目の繰り返しとして始まる。

そんな映画にすることが、この映画に関わる大人としての責任…というとちょっと格好良すぎるかもしれませんけれど、そういうスタンスで作ろうと考えました。

――坂元裕二さんと組みたいと思った、きっかけになるような作品はあるのでしょうか。

是枝監督:
同時代にテレビに関わって、僕はもう本当に深夜の遅い時間のドキュメンタリーをやっていて、坂元さんはゴールデンタイムの輝かしい月9ドラマで活躍していた。

ただおそらく2000年代半ばくらいから、坂元さんの扱うテーマが変わってきた。

決定的だったのは『それでも、生きてゆく』(2011年フジテレビ)。

あれを見た時に、僕も“犯罪の加害者の家族の物語”は一度やっていて、坂元さんと僕の間でアプローチの仕方は違うけれども、社会で起きていることからピックアップしてくるモチーフが、どこか似ているなっていう感じは持っていたんですね。

ネグレクトの問題や疑似家族の問題、非常に近いところで同じ空気を吸っている感じはしていました。

坂元裕二さんとの夢のタッグ

――実際一緒にやってみた感想はいかかですか。

是枝監督:
貴重な経験でした。プロットをいただいて脚本にしていくプロセスに少しですが関われた。キャスティングが決まっていくごとにセリフの輪郭がクリアになっていって、瑛太さんが決まった後に改稿されて上がってきた脚本は、瑛太さんにしか見えないんですよ。

“こうやって精度を上げていくんだな”というプロセスがとても面白かったし、今回は特に物語構造が、おそらく映画半分見ても何の話だか分からない。

分からないけれども面白い何かが起きている、何が起きているのかは分からない。そういうストーリーテリングを僕はしたことがなかったので、『なるほど。こういう風に組み立てると、こんな風に緊張感が持続されるのか』と思い、マネできるならマネしたいなというくらい面白かったです。

――坂元さんが会見の中で「自分が加害者であると気づくのは非常に難しい」という話をされていた。特にこの作品を見て“視点が変わることで真実が変わる”ということに衝撃を受けました。

是枝監督:
“正義”というものが、悪意よりも人を傷つけることがあるじゃないですか。

今回の物語には、そういった“正義”がたくさん出てくるんです。

その難しさですよね。

悪意を持って子どもたち、もしくは誰かをおとしめようとする人もこの物語には出てくるけれども、実は励まそうとしていたり、慰めようとしている言葉が暴力的になることもある。だから関係の中で正義はいくらでも転じるんですよね。

そのことは日々の暮らしの中にもあるし、もちろん報道の現場の中にもある。その自覚をどこまで持つか、ということが、多分問われているんだと思います。

何か犯罪が起きる。事件が起きたときに、『その犯罪・事件を報じることで“負の共有財”にしていく。だからこそ報じるのであり、犯罪者に法的な責任以上に社会的な制裁を加えるために報じるのではない』という倫理観、それが報道の一つのルールだと思っていました。

僕はその感覚でドキュメンタリーを作っていました。

ただ今、その犯罪の社会共有説というのはほぼ消え去っていて、ほぼ自己責任。だから排除して終わり。それにメディアがそれに追い打ちをかける、という状況になっている。

安藤サクラさんは「万引き家族」以来

完成披露試写会で安藤さんは「『万引き家族』からそんなに時間が経っていなく、こんなに早く監督からお声がけいただけるとは思ってもいなかったので。

ものすごくうれしい反面、監督の現場にすぐ戻ること、そして坂元さんの脚本であること。そのハードルは私にとってものすごく高く感じてしまって。覚悟を決められない時間が割と長くなってしまった」と明かしていた。

「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ
「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ

是枝監督:
(安藤サクラさんに)最初オファーを断られたんですよ。

僕が直接電話をかけて、本当はルール違反だと思うんですけど。安藤さんがプロット読まれて「ちょっと自分に今できるか分からない」と。

実は『万引き家族』の時より難しい役だと思っていて。一見ごくごく普通の子ども思いの母親は、サクラさんじゃないとあの説得力はないかなと思うくらいでした。

お母さんと校長先生の校長室での対決シーンは、現場にいても息をのむような緊迫感があって、本当に見事でした。

永山瑛太さんは是枝作品初出演

「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ
「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ

――永山瑛太さんの役もまた非常に難しさがあったのでは。

是枝監督:
坂元さんが「瑛太だとありがたい」という言い方をしたんですよ。「書けると思う」って。それまで(永山瑛太演じる)保利先生は意外とちょっとぼんやりしていて。

これどうやってやるんだろうなと思っていたんですが、瑛太さん前提で書かれてきたものが本当に完成形に近く、見事で。

瑛太さんも坂元さんが自分にこれを当て書きしたということは、こういうことを要求されているんだと、つかんでいるんですよ。

僕が嫉妬するくらい、入りようがないくらい、ガチっと来ていました。

「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ
「怪物」全国公開中 ©️2023「怪物」製作委員会 配給:東宝 ギャガ

――2人の少年、黒川想矢さんと柊木陽太さんとの向き合いというのは。

是枝監督:
今まで多くの作品では演技経験のない子を特に選んで、その子の個性を作品に移植する形にしていましたが、今回は脚本に描かれている少年の葛藤が、非常にセンシティブで複雑だった。

2人(黒川想矢さんと柊木陽太さん)がある程度キャリアを重ねてきているので、口伝てで坂元さんのセリフを伝えてやってみるお芝居と、台本を事前に渡してやってみるものと両方やってみて、「どっちがやりやすい?どっちでやりたい?」って聞いたら2人とも即答で『台本がほしい』だったんですよ。

それは子どもたちが求めるやり方に僕が合わせた方が絶対にうまくいくので、じゃあそうしましょうと。「湊と依里(役名)を一緒に作っていくよ」と言って。

通常はやらないんですが、大人の本読みにも参加をしてもらい、クランクインまでになるべく一緒にお芝居をする時間を作って。それもセリフを言うだけじゃなくて、食べながら言うとか。何かをしながらセリフを言う練習をずいぶんしました。

――2人は「現場がとても楽しかった」と言っていました。

是枝監督:
僕以上に助監督のチームが非常に丁寧に2人の様子を見ていて、瑛太さんとサクラさんも非常にケアをしてくれたんです。

撮影が終わって夜、ホテルに戻る車に乗ると、サクラさんからLINEが来て「想矢が『ラストテイクに納得していないのに監督がOK出しちゃった』ってちょっと落ち込んでいるから、ホテルに戻ったら『そんなことないよ』って言ってあげて」と。

「分かりました」って内緒に連絡を取って。ホテルに戻ったら呼んで話をして、ストレスをなるべくためないようにしました。

演じることにすごく意識的で前向きだったので「役作りというのは何を作るんですか?」って僕にも聞いてきましたし、瑛太さんにも聞きに行って。そこは今まで僕が付き合ってきた映画の中の子どもたちとは違うタイプでした。

――これからも楽しみな2人ですね。

是枝監督:
楽しみですね。いい役者になってほしいなと思います。

是枝監督が考えるこれからの映画界

――労働の環境を含めて、常々監督はこれからの映画界のことをおっしゃっていますが、これからの映画界、監督自身どういう未来を描いていらっしゃいますか。

是枝監督:
僕のスタッフだった人で、出産をして子育てをしながら職場復帰したい意欲はあるけど、なかなか難しいという状況のスタッフさんがいて。

どうやって戻ってもらうかは、自分の現場だけでどうにかなるものではなかったりもする。

女性の復職や若い人が“やりがい搾取”にあわないような、また、賃金をどう上げていくかということは、少し業界の偉い人たちも巻き込みながら、改善策を練っていかないといけないなとは思っていて、そんな話を役所広司さんとよくしています。

(「週刊フジテレビ批評」6月10日放送より 聞き手:渡辺和洋アナウンサー)