「自分たちが正しいと確信していることが伝わらないことが苦しかったです」
一点を見つめながらそう語ったのは、樋田早紀弁護士(31)。
この記事の画像(8枚)自身も同性愛者であることを公表し、現在「結婚の自由をすべての人に」訴訟東京弁護団の一員として活動している。
同性婚を認めない民法などの規定は憲法違反だとして、全国5地裁に提起された訴訟の一審判決が出揃った今、樋田弁護士に判決に対する受け止めと、高裁での展望などを聞いた。
判決に“手応え”は感じている
「司法試験の勉強をしている時に、この提訴のことを知りました。社会を変えるために勇気をもって立ち上がる方々の存在を知り、早く試験に合格して、絶対に弁護団に入りたいと思いました。」
この訴訟は、法律上同性間の婚姻を認めない民法などの規定は憲法違反だとして、2019年に全国5か所で国を被告として提訴された集団訴訟で、2021年には、東京で第2次訴訟が追加提訴されている。8日の福岡の判決をもって、2019年に提訴された全国5地裁の判決が出揃った。札幌と名古屋が「違憲」、東京と福岡は「違憲状態」、大阪は「合憲」となった。「合憲」と判断した大阪地裁も、社会状況の変化によっては将来違憲となる可能性に言及している。
5地裁の判決が出揃った今、この結果をどのように受け止めているのか。
「どの地裁も『国会は直ちに法整備をしなければいけない』そのような強いメッセージを示しているという点においては、かなり手応えは感じています。」
実際にどの判決も、結婚できないことで当事者が受けている影響の重大さを認め、立法措置を国に促した形だ。
それぞれの判決の意味とは
――今回5地裁でそれぞれ、合憲、違憲、違憲状態と判決が分かれた理由は?
裁判体は3人1組で、議論の上、その裁判体の判断を示すことになるのですが、憲法の規定は抽象的なので、それをどのように解釈すべきなのかという点においては判断が異なってしまうことがあるんです。最終的にはそのような異なった判決が出たとしても、最高裁で統一した判断が下されることになります。
――「違憲」と「違憲状態」はどのように違うのでしょうか?
言っていることの内容自体にはそんなに違いはないんです。同性間の共同生活について法的保護や公証の制度が与えられていないことについて、“現行法の条文に焦点を当てて”違憲と判断しているのか、“その状態”を違憲と判断しているのかという違いです。
ただ、法律上の同性カップルを現行の婚姻制度に包摂しないことの違憲性を認定せず、制度の構築を国会に委ねた各判決について、樋田弁護士は次のように語気を強めた。
「国が動いてくれないので私たちは提訴している。国は、慎重な検討が必要と言うばかりで全く議論が進んでいない。“人権最後の砦”である裁判所は、この現状を受け止めて、性的少数者の人々が直面している困難に正面から向き合って、婚姻を認めていないことを“違憲”だと言い切り、もっと強いメッセージを投げて欲しかったです。」
今回主に争点となっているのは憲法24条「婚姻の自由」そして憲法14条1項「平等原則」だ。国側は,そもそも憲法は“同性婚”を想定していないと主張している。
「憲法制定当時に想定していなかったのは、その通りだと思います。憲法制定当時は、同性愛者は病気だとか誤った認識が蔓延していた。ただ、その後社会は変化しています。過去の誤った認識はそれを是正した上で、改めてあるべき憲法解釈を探求すべきです。」
国側の言葉には傷ついた
樋田弁護士は裁判の中で、国側の言葉にショックを受けたことがあったという。
「『同性愛者が共同生活を送ることを禁止していないじゃないか』ということや、当事者を余計傷つけるような内容の反論もありました。自分たちが正しいと思っていることが伝わらない、本当に伝わっているのか、不安な気持ちを抱きながら臨んでいました。」
ただその一方で、裁判官の振る舞いには救われたこともあったという。
「通常、裁判官は書面に目を落として確認しながら話を聞くことが多いんですが、東京一次訴訟の池原裁判長は、当事者尋問の際に、頷きながら聞いてくださっていて、当事者の話に耳を傾けてくれている様子は印象的でした。東京一次訴訟では、原告の方の声をしっかりと拾って判決の中に示されていたので、伝わるところには伝わっていると、努力が全て無駄になったわけではないと感じました。」
現在、地方自治体には独自に性的少数者のカップルに対し、“結婚に相当する関係”とする証明書を発行し、様々なサービスや社会的配慮を受けやすくなる“パートナーシップ制度”を導入している自治体が300を超えており、この制度の活用を推す声も聞かれる。ただ、この制度には法的効力がなく、相続権、税制上の優遇、在留資格など様々な不利益が生じてしまう。その上で樋田弁護士はこのように、制度を分けないで欲しいと強調する。
「そもそも制度を分けるということ自体が問題なんです。『私たちは婚姻制度を使うけど、あなたたちには別の制度を作ったからそっちを使ってね。』と区別をすること、このこと自体が、性的少数者に対する差別や偏見を温存することにつながります。差別・偏見をなくしていくためには、まずは制度が平等になる必要があるのです。私自身、“婚姻が認められた”となれば親に自信を持ってパートナーと結婚しますと言える。ただ制度が違うと、そうはいかない。父や母が「自分の子どもは人と違う」、「幸せになれないのでは」と心配するんじゃないかと思うと、自信をもって紹介することはできません。父や母と同じ制度を使ってパートナーと家族になることができれば、父母も心配することなく純粋に祝福してくれると思います。」
「親に心配をさせたくない」
その言葉の背景には、自身の生い立ちも影響しているという。
「自分が変だと思ってしまったことで、自分を苦しめてしまった。思春期に、友達が好きな男の子の話をしていた時に、話についていけない。ただ女の子には目がいくので、何かおかしい、これは何だろうという時期が長く続きました。そして高校時代に好きな子ができて、初めてこれが恋だと確信しました。ただ情報も全くなく、自分が同性愛者だと自覚するまで時間がかかり、また、自覚した後も誰にも言えず、体調も崩し、不登校にもなりましたが、何故学校にいけないのか親に理由を話す事ができずそれが一番苦しかったですね。」
今後の展望は
――国が動かないのは何故なのでしょうか?
世論調査などを見ても、若ければ若いほど同性婚に賛成という人が多いんです。ただ上の年齢層になるほど、反対者が多く、そして、政治の場にいる人達は、このような年代の方が多い。これが、立法が進まない一つの要因かと思っています。やはり幼い頃から刷り込まれてきた価値観はすぐに正せないし、今日たまたま見たある議員さんのYouTubeの動画で、「教育の場でLGBTなど多様性について教えるのはおかしい」というようなことを言っていて、そういう価値観の人が集まっていたら、それは議論も進まないと痛感しました。
5地裁の判決が出揃い、次の戦いの場は高裁に移る。そこでの展望について聞いた。
「『法律上同性同士の婚姻を認めていないことは違憲だ』と言い切ってもらいたい。反対意見のような国民の意見を考慮しうるとしても、それは、憲法の基本原理である『個人の尊厳』を害しない限度であるということを、高裁ではあらためて強く訴えていきたいと考えています。」
かつて、日本では、結婚していない男女の間に生まれた子どもである「婚外子」は、結婚している男女の子どもである「婚内子」に比べ相続できる遺産が半分とされ、世論調査もそれを支持する結果であった。
しかし、最高裁は、相続分を半分としている民法の規定を違憲と判断し、現在は相続分が平等になった。その際、最高裁は、判決の中で、「子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立してきた」と認定している。
「ここからは、裁判所が“国民の意識”として考慮しうるのは、世論調査などの結果を単純に比較して得られた結果ではなく、あくまでも個人の尊厳という価値に適合させた形での国民の意識である、ということを読み取ることができます。高裁では、この点についても、裁判所に強く訴えていきたいと思います。」
首相官邸のホームページには「全ての人が生きがいを感じられる社会の実現」という言葉が記されている。そして先月行われたG7(主要7カ国)で、岸田首相が議長としてまとめた首脳声明では「あらゆる人々が性自認、性表現、性的指向に関係なく、生き生きとした人生を享受できる社会を実現する」と掲げた。しかし、日本はG7の中で唯一、同性の共同生活の保護を認めないなどLGBTQをめぐる対応が遅れているのが現状だ。
社会の変化や海外の状況を踏まえて法整備に向けた議論が進むのか、これからの裁判と国の動きには注目したい。
東京では今月23日に東京高裁で第1回口頭弁論期日が開かれる。
(フジテレビ社会部・司法担当 木下康太郎)