「こんなひどいことを、このまま終わらせるというのは納得できない」
最高裁の判断を前にそう語るのは、中野容子さん(仮名、60代)。
この記事の画像(10枚)母親が旧統一教会に約1億円以上の献金をした信者であり、現在、教団側に母親(当時86歳)が書いた「念書」をめぐり、返金を求め裁判を行っている。
2017年3月に中野さんは旧統一教会を相手取り、「母親が献金を行ったのは教団側の不法行為によるもの」と損害賠償訴訟を起こすが、一審の東京地裁、二審の東京高裁とも敗訴。その理由は「念書と動画の発言は本人の意思によるもの」と見なされたためだ。
母親の献金の事実を知る
一人暮らしをしていた母親は2004年4月に入信し約6年間で、1億8000万円あまりを献金。中野さんがその事実を知ったのは、2015年8月、父の七回忌で帰省した際に母親と父の思い出話をする中で突如、教団との関りを打ち明けられ、「こんなにお金に困ったことはない、もういやだ」と言われたという。同月に母親は教団側に脱会の意思を示したが、その2か月半後に今回の念書を書かされ、ビデオ撮影が行われたという。
念書は何のために作られたのか?
その念書を見てみると、そこには「献金は私が自由意志によって行ったものであり、違法・不当な働きかけによって行ったものではありません」と書かれているが、教団側から示されたビデオを見た中野さんは動画の中の母親の姿に強い違和感を覚えたという。そこに映っていたのはいつもの明るい陽気な母親ではなく、うつむき加減にうつろな表情で教団側の婦人部長に誘導されるかのように話している姿。動画ではこの婦人部長の問いかけに対し、ほぼ全ての質問に対し、「はい」とだけ答えていた。以前から母親の言動に異変を感じ認知症を心配していたという中野さんは「冷静な判断力が働いているとは到底思えない」と話す。それに対して教団側は、2015年11月の動画撮影時に中野さんの母親に認知症の症状は見られなかったと主張、ただその半年後、母親はアルツハイマー型認知症の確定診断を受けた。
それに加え、長女の中野さんが返金手続きを行っていることに対して、母親が動画の中で「絶対に(返金手続きを)やってもらったら困る」と話しているが、実際に動画が撮影された当時、中野さんは母親とは一切、返金手続きに関する話もしておらず、弁護団とも面識もない状況であったという。従って教団側は、脱会した後に返金手続きをされることを危惧して、先回りして念書を書かせ、動画の撮影を行った可能性が考えられるという
岸田首相も国会で言及
今回の訴訟において、大きな壁となっているのが「念書」だ。
念書には母親の献金が自由意志であり、「不当利得に基づく返還請求や不法行為を理由とする損害賠償請求など、一切行わないことを約束します」と記されている。
中野さんの事例は去年の国会でも取り上げられ、その際、岸田首相は「法人等が寄付の勧誘に際して個人に対して念書を作成させ、あるいはビデオ撮影をしているということ自体が法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素のひとつとなり、民法上の不法行為に基つく損害賠償請求が認められやすくなる可能性があると判断します」と答弁している。また消費者庁のHPにも「困惑した状態でサインしたものは無効となり得る」とも明記されている。
岸田首相の答弁後、富山では念書が返却される
実は岸田首相の答弁の直後に富山県では念書に関するある出来事が起きていた。
富山県のA子さんは献金等に約2500万円注ぎ込み、去年11月に旧統一教会を脱退、同年9月に書いた念書の返却を求めたが、その写しすら拒まれていたという。ところが、岸田首相が念書の作成についての違法性に関して答弁した翌日に突然、返却されてきたという。何故急遽、教団は返却してきたのか?弁護団は「念書に関しては今後裁判などで(教団側)が有利になるであろうと思っていたのが、かえって自分たちにとっては役立たず、不利になるということで送り返してきたのでは」とみている。
被害者救済法の実効性が問われる裁判
法は遡及しないため、中野さんの訴訟には今月5日に施行された、被害者救済法は適用されない。ただ、岸田首相の国会での答弁や、今の教団に対する社会の受け止め方を考えると逆転勝訴への光はあるという。野党国対ヒアリングを取り仕切る立憲民主党・山井和則議員は語る。「最高裁で今まで通り念書とビデオが認められて敗訴されれば、何が起こるかというと、恐らく統一教会は念書があれば勝てるんだとなる。そのシンボルの訴訟が中野さんのケース。ここで逆転して念書が無効となれば、全国の多くの人が救われる可能性が出てくる。この被害者救済法が実効性があるのかないのか最大の試金石が中野さんの最高裁判決だと思っている」
中野さんの母親は係争中の2021年7月に亡くなったという。
今回取材の最後に中野さんは「旧統一教会の悪辣なやりかたというのをきちんと見て、判断して評価してほしい」と話す。果たして最高裁ではどのような判断が示されるのか、注目したい。
執筆:フジテレビアナウンサー木下康太郎(報道局社会部)