介護離職やビジネスケアラーによる経済損失は、2030年には9兆円を超えると言われている。またヤングケアラーの深刻な実態についても徐々に明らかになってきた。こうした状況をうけ、介護の課題を社会で共有しようと経済産業省が立ち上げたプロジェクトを取材した。
経産省が介護の実態を可視化して課題解決へ
2025年には団塊の世代と呼ばれる約800万人が後期高齢者になり、いよいよ日本は世界でも類を見ない超高齢社会に突入する。また介護による離職者は毎年約10万人に上り、家族を介護する国民は2030年にピークの約833万人となる。そのうち約4割がビジネスケアラーで、これらによる経済損失は約9.1兆円となる見込みだ。
こうしたことを受け経産省は、介護のネガティブな側面だけでなく、介護をオープンに語れる社会をつくろうと「OPEN CARE PROJECT(オープンケアプロジェクト)」を発足させた。介護の実態を可視化するとともに、介護が抱える課題についてクリエイターや企業など異業種を含めて話し合い、解決策を考えようというものだ。
この記事の画像(8枚)このプロジェクトを担当する経産省の水口怜斉氏はこう語る。
「介護はどうしても後ろ向きな話題になってしまうので、ポジティブに話せる社会の気運を高めていくのが重要ではないかと。また介護休暇などの制度は大企業でしたらほとんどが導入、整備しているのですが、組織内での理解が進まないという話があるので、実態面での支援に貢献できるのではないかと思います」
ヤングケアラーは部活も進学も諦めた
このプロジェクトのメンバーに、一般社団法人ヤングケアラー協会代表理事の宮﨑成悟さんがいる。宮﨑さんは難病を患う母親の介護を、中学時代から母親が逝去するまで15年間続けたヤングケアラーだった。
「母は僕が中学の時に多系統萎縮症を発症して、やがて身体を動かせなくなりました。父は仕事が忙しく母のケアができない。そこで姉と家事を分担したため僕は部活ができなくなりました。高校卒業時には母が寝たきりとなり、僕は合格していた大学への進学を諦めて介護に専念せざるをえなくなりました」
その2年後宮﨑さんは介護をしながら大学を受験し進学するのだが、学生生活のほとんどを母親のケアに費やしたため就活に苦労したという。
「介護しかしてない大学生活だったので、就活で何もPRできない。『介護をやってきました』と人事面接で言っても『何を言っているのだろう?』という反応でした。やっと内定をもらった一社に就職しましたが、母の体調が悪化してしまい辞めました」
各学級に1,2人のヤングケアラーがいる
現在宮﨑さんは自身の体験を活かして、ヤングケアラーらの支援を行っている。オンラインによるコミュニティ運営や就職支援、さらに自治体の研修や講演など啓発活動にも力を入れている。
宮﨑さんはこう語る。
「ほかにも学校や介護現場でヤングケアラーをみつけて相談窓口につなぐコーディネーターの役割もしています。学校では1クラスに1人か2人のヤングケアラーがいるという調査結果もあります。しかし当人は自分の家庭の状況を回りと比較できなくて、その家庭環境が当たり前だと思ってしまうのです」
人材不足の介護業界ですそ野を拡大する
また、メンバーの中には、介護人材の確保や育成支援を行う株式会社Blanket(ブランケット)の代表取締役秋本可愛氏もいる。Blanketでは介護の魅力発信として、小学生やアクティブシニア向けの介護の体験イベントなど介護人材のすそ野拡大も手掛けている。秋本氏は介護業界が抱える課題をこう語る。
「人材不足ですね。2040年に向けてさらに不足分が大きくなります。日本は超高齢社会を迎え介護が誰にとってもより身近になるにもかかわらず、介護に対するリテラシーが低く準備不足だったり、抱え込んでしまう人が多いのも大きな課題じゃないかなと思います」
ケアの経験が価値になるよう挑戦する
今回経産省が介護の課題に取り組むことについて、秋本氏は「社会全体で向き合うという国の強い意思表明」だという。
「経産省が旗振り役になってくれることで、民間企業の動きが加速する期待感があります。私はケアの経験が価値になるように挑戦したいと思っています。『介護しかやってこなかったから就活が大変だった』と宮﨑さんがおっしゃられていますが、ボランティア活動は評価されるなら自分の家族のケアも評価されでもいいのではないでしょうか」
秋本氏はビジネスケアラーについてもこう強調する。
「介護を理由に仕事を離れたり、介護と仕事を両立させるために仕事をセーブすると、マイナス評価されたりキャリアに穴があくような価値観がまだまだ強くあります。しかしこうした価値観でいてはやがて苦しくなると思います。ケアの経験がサービスの仕事に活きてくる、当たり前に介護の経験を職場の仲間と共有できる。そうした価値転換にチャレンジするべきです」
介護をポジティブに評価する社会の実現を
宮﨑氏もプロジェクトに「すごくいいことだ」と期待感を示す。
「身の回りで介護について話せることが第一歩だと思います。ヤングケアラーという言葉は広まっていますが、ネガティブな印象が強く、これではさらに相談しづらくなってしまう。介護をオープンに話せる環境づくりはすごく大事ですし、介護をポジティブにとらえ介護経験に対して評価できるような社会になるといいと思います」
介護は誰もが当事者になる。社会全体で介護をポジティブに評価することが、超高齢社会を迎えるいまこそ求められている。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】