東京・有楽町の劇場の外には長蛇の列ができていた。列はビルの8階から階段を伝って4階まで続く。みんなが並んで待っていたのは、ある男性との記念撮影だった。

“中国一のインフルエンサー”

彼の名は、竹内亮。中国に移住し、中国の“今”を撮り続けているドキュメンタリー監督だ。

竹内亮監督
竹内亮監督
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中国版ツイッター=ウェイボーのフォロワーが約530万人。2021年Newsweekの「世界が尊敬する日本人100」に選出され、2023年1月時点で、ウェイボー旅行関連インフルエンサーで中国1位になっている。

2020年に、彼が監督したロックダウン解除直後の武漢を描いたドキュメンタリーが再生回数4000万回を超え、中国大手メディアでは報じられない真実の武漢を描き出したと、大きな話題を呼んだ。

(関連記事:再生2000万回以上、日本人監督が撮った“武漢の今”に多くの中国人が感動…そこに描かれているものとは

今回、竹内監督は5月25日まで東京で「ドキュメンタリーウィーク」を開いている。冒頭のシーンは、上映終了後に彼と交流しようと待ち続けたファンの列だった。

19日から始まった「ドキュメンタリーウィーク」は別の意味でも注目された。最初の上映作品、『再会長江』はタレントの小島瑠璃子さんがナレーションを担当していて、初日の舞台挨拶が彼女の結婚発表後初の公の場となり、各メディアが集まった。

舞台挨拶する竹内監督(左)と小島瑠璃子さん(右)
舞台挨拶する竹内監督(左)と小島瑠璃子さん(右)

「検閲されたことはない。自分たちで検閲している」

習近平国家主席の言葉を引用したタレントへの罰金や、相次ぐ中国当局によるスパイ容疑での日本人拘束など、中国ではますます言論統制や外国人への監視が強くなっているように見える。その中国で活躍する竹内監督に対して、日本国内から否定的な声もある。「中国のスパイだ」と言われたこともあったという。

検閲されているのか、と率直に聞いてみた。

「検閲されたことはない。チベットなど外国人が入るため取材許可をとることはあるが、いわゆる公開前の作品を事前に見せることは一度もない」と否定ながらも、「しかし自分たちで検閲している会社で危機管理する中国人社員が何人もいて、これならOK、これはだめ、とラインを超えないようにチェックしている」と、いつもギリギリのところで葛藤していることを明かしてくれた。

そして、「いつかは封殺されるだろうと常に思いながらやっている。日中で言論活動していることは常にそれぐらいのリスクと向き合っている」とも話してくれた。

ウェイボーのイベントで受賞する竹内監督(監督より提供)
ウェイボーのイベントで受賞する竹内監督(監督より提供)

では、なぜ作品を撮り続けるのか。「中国が面白いから」というのが一番の理由だそうだ。

そして、「コロナの3年間、ほぼ日中の間では人々が行き来しなかった。3年間往来がないと誤解が生まれてくる。実際日本では中国が怖い、攻めてくるのでは、など極端な論調が広がっている。普通の中国、一般庶民の生活を見てもらいたいというのが今回一番のきっかけだ」と、赤字覚悟の上映会の理由を語ってくれた。

上映後監督と写真撮影する観客たち(竹内監督SNSより)
上映後監督と写真撮影する観客たち(竹内監督SNSより)

中国人が撮るよりリアル

本邦初公開の『再会長江』は、監督が10年ぶりに、長江の6300キロを走破し、上海からチベット高原にある源流である「最初の1滴」にたどり着くまでを描いた作品。

激変の時代の下で強く生きるさまざまな中国人が登場するほか、雄大な絶景の数々も広がっている。劇場では時々笑いが聞こえ、涙を拭う女性もいた。

作品を見終えた在日中国人からは「本当にリアル」「中国に帰りたくなった」などの声があがったほか、会場にいた日本人は「景色できれいで旅行にいきたくなった」「今の中国の様子に驚いた」などと話してくれた。

『再会長江」に登場する数々の絶景
『再会長江」に登場する数々の絶景
『再会長江』に登場する数々の絶景
『再会長江』に登場する数々の絶景

竹内監督の作品は、中国人が撮るよりもリアルと言われる。武漢のドキュメンタリーの時もそうだったが、中国メディアが伝えるような背伸びした姿ではなく、“日本風”に取材相手のありのままを描き出しているから、中国人の間で人気が高く、信頼も厚い。

今回東京で公開されるのは4作品で、「またほかの日に別の作品を見に来たい」と言いながら劇場を後にする人が続出した。

「夢は封殺されないで終わること」

監督に夢を聞くと、「夢は封殺されないで終わることかな」と真剣な表情を見せた。そして、「封殺されたら?そうね。いつか封殺されたら日本で中国人観光客を相手にタクシー運転手か観光ガイドをやるよ」と今度は笑いながら話した。

隣り合わせの日中両国。お互いのために、お互いの真実の姿を伝えることが一番重要で、それが自分の使命だと感じているという。

竹内監督は今度、日本を縦断するドキュメンタリーを制作する予定だ。

※タイトル画像は、『再会長江」のワンシーン。

崔 雋
崔 雋

フジテレビ 報道局国際取材部所属 中国杭州市出身。一橋大学卒業後、フジテレビで新卒採用された最初の外国人留学生に。報道局経済部記者(民間企業・農水・財務・経産…)を経て、国際局やCSR推進室など報道局外の部署も経験。東日本大震災発生時、経産省と原子力安全保安院担当であれだけ福島の原稿を書いた自分が最初に現地に行ったのは被災地支援のCSR活動だった。