岸田文雄首相は2日間にわたり韓国を訪れ、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と会談。2011年以来の日韓シャトル外交の再開となった。BSフジLIVE「プライムニュース」では識者とともに、会談の成果と今後の日韓関係について議論した。

情緒に訴えた岸田首相 韓国では「誠意を見せた」の受けとめも

この記事の画像(11枚)

新美有加キャスター:
今回の岸田総理の韓国訪問は、約2週間後にG7を控えるタイミング。狙いは。

佐藤正久 元外務副大臣:
尹大統領は勇気を持って元徴用工の解決案を決めて日本に出し、支持率が下がった。内政的に苦しい尹大統領を助けたい思いが政治家・岸田文雄にあったと思う。それで予定を前倒した。尹大統領も非常に歓迎した。今回は物事を動かすモメンタムを作るのが一番の目的。成果は今後。

武藤正敏 元駐韓国特命全権大使:
韓国の人たちは結構ハートが大事。アフリカ歴訪からG7までに時間がない中来てくれた、というだけで相当評価されるのでは。具体的な成果より、感情に訴える側面があった。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員:
岸田さんの政治的決断だと思う。韓国国民も、今回は尹大統領の訪米直後で、日米韓の協力関係の中に日韓関係を位置づける雰囲気がある。世論にも少し余裕があり、日本への要求があまり表に出なかった印象。岸田さんは韓国世論向けにうまくやった。徴用工問題については「心が痛む出来事」と気持ちを言った。武藤さんの言うように、情緒的な言辞は韓国の世論にうける。非常に誠意を見せたという受けとめ方が多い。

反町理キャスター:
国民性の話になってしまうが、「具体的な何か」を求める国民なのか、それはなくとも気持ちが伝わればいいのか。これらが交互に出てくる責められ方をしてきた印象はないか。

武藤正敏 元駐韓国特命全権大使:
感情に訴えて通るときと通らないときがあると思うが、歴史問題にこれだけこだわるのはやはり感情で、理屈じゃないと思う。韓国の主要紙・中央日報の記事では「事前の高官同士の打ち合わせで岸田総理の言葉は入っておらず、尹大統領が聞いて非常に驚いた」。

新美有加キャスター:
韓国メディアの反応。保守系の中央日報は「韓日シャトル外交復元、真の未来協力の歩みになるように」と歓迎ムード。一方、革新系のハンギョレは「岸田首相、強制動員について謝罪せず…3・16会談の繰り返し」と批判的。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員:
批判側は対日接近の足を引っ張ろうと一生懸命だから、何を言ってもダメ。しかし、記者会見を全メディアが同時中継したが、直後の解説含め反応は非常にソフトだった。謝罪の言葉がなくとも、岸田さんの真情の吐露が効いた印象。

多くの問題を抱えながら、双方「いいとこ取り」の日韓関係は可能か

新美有加キャスター:
記者会見での岸田総理の、歴史認識についての発言。「歴代内閣の立場を引き継いでいる」「政府の立場は今後も揺るぎません」「多くの方々が、過去のつらい記憶を忘れずとも、未来のために心を開いてくださったことに胸を打たれた」「私自身、当時厳しい環境のもとで多数の方々が大変苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む」。今後の歴史認識問題は。

佐藤正久 元外務副大臣:
収束はしないと思う。尹大統領は、過去の歴史問題にこだわって未来志向になれないことがあってはならないと原則論を言った。だが、感情の国の韓国で本当に通じるか。次に来るのはやはり慰安婦問題、大使館や領事館の前の慰安婦像の問題。今から尹政権が撤去できるなら、たいしたものだが。

反町理キャスター:
日本側から撤去しろと求めるべきか。

佐藤正久 元外務副大臣:
日本は譲るわけではなく、それは言い続けながら、安全保障・経済安保や若者の交流を進めるべき。歴史問題以外の分野の方が政治的な労力は少なく、目に見える成果は出やすい。

佐藤正久 元外務副大臣
佐藤正久 元外務副大臣

反町理キャスター:
レーダー照射の問題を残したまま、安全保障に関する協力の話をできるのか。ソウルと釜山の慰安婦像の問題もある。今ある問題に目をつむりながら、いいとこ取りだけの日韓関係を作っていけるか。

佐藤正久 元外務副大臣:
簡単じゃない。レーダー照射の問題がある限り、日韓の防衛当局間の訓練もできない。解決するには、これから防衛当局間でいろんな対応を続けなければ。

反町理キャスター:
米韓首脳会談で、核戦略の意見交換を米韓でという話があった。今回の日韓首脳会談でも、日米韓での核についての協議の可能性を尹大統領は否定しなかった。

佐藤正久 元外務副大臣:
「日本の参加を排除するものではない」って、日本が入るわけがない。日本と韓国は同盟国ではない。たぶん尹さんは素人なので(認識が)間違っている。岸田総理もそこには触れていない。

武藤正敏 元駐韓国特命全権大使:
「過去の問題を完全に整理しないと未来に行けないのはおかしい」は、日本にも当てはまる。日韓協力はお互いにメリットが大きい。韓国国内でもそれに納得する人は多い。慰安婦像は撤去すべきだと言い続けるべきだが、残ったままでは協力できないかといえば別の話。尹大統領は、慰安婦像をつくり反日運動をしてきた市民団体に対し、政府の補助金の側面から締め付けに入っている。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員:
尹大統領の本音は、慰安婦像を撤去・移転させたい。彼は保守主義・原則主義で、非正常の正常化が政策の基本。2024年4月の韓国の総選挙前には無理だが、任期はまだ4年ある。

武藤正敏 元駐韓国特命全権大使
武藤正敏 元駐韓国特命全権大使

武藤正敏 元駐韓国特命全権大使:
例えば、安全保障は慰安婦像の問題より優先すべき。経済協力などを進めることも慰安婦像撤去への雰囲気を作る助けになる。総合的に考えるべき。

佐藤正久 元外務副大臣:
安全保障を動かし部隊間交流を行うためには、レーダー照射問題の再発防止、解決策を求めるのが実際的。これは前の文在寅(ムン・ジェイン)政権のやったことだから。

反町理キャスター:
前政権にひっかぶせる。可能か。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員:
端的に言えばそう。韓国国内の説得を含めそれは可能だと思う。

武藤正敏 元駐韓国特命全権大使:
私もそれしかないと思う。

原発処理水放出の韓国視察団受け入れは、風評被害の払拭につながるか

新美有加キャスター:
原発処理水の海洋放出問題について。記者会見で岸田総理は「日本は国際原子力機関(IAEA)のレビューを受けつつ、高い透明性をもって科学的根拠に基づく誠実な説明を行っていく」「韓国国内で引き続き懸念の声があることはよく認識している」。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員:
科学的根拠の問題だが、韓国の場合は特に日本が相手だと感情問題が絡む。だが、岸田さんが日本側の対応や韓国の懸念に対する配慮を具体的にした。韓国メディアも文句のつけようがない。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員
黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員

反町理キャスター:
韓国が派遣する専門家の視察団が放出を了承したら、韓国世論はどうなるか。結果を受け入れるのか。

佐藤正久 元外務副大臣:
韓国の調査団の話はずっと事務方で詰めており、日本は中国にも韓国にも来てもらっていいと言っていたのが表に出ただけの話。ただ、どこまで彼らが納得するかは別の話。韓国だけでなく台湾や中国の調査団を受け入れないと、なかなか説得できない。その先、科学的根拠に基づかない輸入禁止を解除させるところまで行かなければ。

反町理キャスター:
各国に聞いていくなら、海洋放出のタイミングはいつになるのか。

佐藤正久 元外務副大臣:
そうではなく、プロセスとして放出するのはいい。IAEAの基準に基づいて放出するという政府方針を出している。一方で透明性を大事にして、外交的な努力で風評被害を払拭しないといけない。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員:
もう一つ、韓国で放出反対論と日本への批判が大きくなる理由として、日本でも地元の漁民が反対しているというものがある。この反対論の背景にあるのは科学的根拠の問題ではなく風評被害への懸念だが、韓国に伝わっていない。これをなんとかクリアしたい。

韓国政権との向き合いは、日本の国益のため是々非々で

新美有加キャスター:
尹政権の最新の支持率は、62.5%が不支持、34.6%が支持(5月1週)。今後どうなっていくか。

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員:
思い切った上昇はなかなか見込めない。基本的には内政上の問題で、尹大統領の政治スタイルがアマチュアだという不満・批判が野党を中心に根強い。外交でも日本に譲ったが、その言い方も非政治的な言辞が多く、マイナスに繋がっている印象。

反町理キャスター:
尹大統領とともに日韓関係改善に向かって進むよう舵を切り、日本も同じ船に乗ってしまったのか。これまで想像しなかった譲歩が必要となる懸念は。

武藤正敏 元駐韓国特命全権大使:
ここまで来た以上、一緒にやっていかないと。2024年4月の総選挙で負ければ尹さんの指導力はなくなっていき、市民団体や労働組合の改革もできなくなる。我々としても側面的に支援をしていくのが今の状況。尹さんのように正しい対応をしている大統領には見返りを出していい。文さんのような場合にはペナルティを出せばいい。安定的な関係を維持するのが難しいなら、日本の国益となることを是々非々でやっていけばいい。

佐藤正久 元外務副大臣:
いずれ韓国には革新の政権ができる。今応援しても、過去が全部チャラという形までは絶対にとらない。変わることを前提とした外交をやらないと。例えばレーダー照射問題のように、問題解決が日本のプラスとなる部分に限って動かし、それが尹大統領の応援になればいい。だが、会うたびに必ずお土産を作ってお互いに譲るようなさもしい外交は、絶対にやっちゃダメ。

(BSフジLIVE「プライムニュース」5月8日放送)