膝関節の手術の負担を減らせる、注射針レベルの極細の“硬性内視鏡”が世界で初めて完成した。これは、慶應義塾大学の小池康博教授と中村雅也教授、そして医療用ガスメーカーのエア・ウォーター株式会社が共同で開発したもの。

そもそも、硬性内視鏡とは、主に外科手術用に使用される体内を観察するための内視鏡で、体内への挿入部分が硬く曲がらないものだ。一方、胃カメラのような挿入部分が曲がるものは軟性内視鏡と呼ぶ。この極細硬性内視鏡を使うことで、患者への負担を小さく抑えながら、関節内を手術前後に直接観察でき、迅速かつ正確な病状把握や、手術後の経過観察を効率よく行うことが可能となるという。

極細硬性内視鏡による膝関節内検査イメージ(画像提供:慶應義塾大学 小池康博教授)
極細硬性内視鏡による膝関節内検査イメージ(画像提供:慶應義塾大学 小池康博教授)
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内視鏡の先端のレンズの部分は、外径1.25ミリメートルの外筒管に、外径0.5ミリメートルの屈折率分布型プラスチック光ファイバーを応用したプラスチック製のレンズを内蔵。患者の関節の患部に、内視鏡の先端部分を刺すと、レンズの屈折率を利用して、レンズから体内の映像を体外へ伝送できる。

屈折率分布型プラスチック光ファイバー(GI型POF)レンズ(画像提供:慶應義塾大学 小池康博教授)
屈折率分布型プラスチック光ファイバー(GI型POF)レンズ(画像提供:慶應義塾大学 小池康博教授)
左がオリジナルチャート、右がオリジナルチャートをGI型POFレンズを通し観察した画像(画像提供:慶應義塾大学 小池康博教授)
左がオリジナルチャート、右がオリジナルチャートをGI型POFレンズを通し観察した画像(画像提供:慶應義塾大学 小池康博教授)

先端のレンズの部分は低コストで製造できるため、医療用注射針と同じように使い捨てすることができ、安全性も高いという。今後は、2024年の実用化を目指している。

では、開発された極細硬性内視鏡は、患者、医者双方にどんなメリットが具体的にはあるのか?
開発者の一人である慶應義塾大学の小池康博教授に詳しく話を聞いてみた。

主に前十字靭帯損傷、半月板損傷などの手術に使用

――内視鏡を開発したきっかけは?

私が発明したプラスチック光ファイバー(POF)は、光速光通信に使われるだけでなく、ファイバー内の屈折率分布を高精度に制御することで、画像を伝送するためのリレーレンズとして用いることができることがわかっていました。今回、8K内視鏡システムの開発実績のあるエア・ウォーターグループが有するレンズ製造技術とかけ合わせることにより、極細硬性内視鏡の開発が可能となりました。


――内視鏡は、どんなものを見るために作られた?

整形外科領域において、膝などの関節内を低侵襲に観察するために開発しました。具体的には、主に前十字靭帯損傷、半月板損傷、脛骨高原骨折、変形性膝関節症などが挙げられます。


――従来のものと比べて、どんな部分が優れている?

従来の関節内視鏡よりも非常に細いため、患者にとってより低侵襲に、かつ局所麻酔のみで、外来や在宅などでの関節内の観察が可能になります。また、レンズ部分はプラスチックで作ることができるため、より低コストで、注射針と同じように内視鏡の先端部を使い捨て(単回使用:ディスポーザブル)で使うことができます。

患者のメリット 切開する必要がなく、痕も残りづらい

――光ファイバーを使用するにあたり技術的に難しかったところは?

高速通信用のプラスチック光ファイバー技術が元になっていますが、内視鏡として画像を伝送する極細のレンズとして機能させるためには、より高い精度でファイバーを製造する技術が必要となります。現在も画質を上げるためにプラスチック光ファイバーの製造技術の向上に努めております。


――医師にとってのメリットは?

医者にとっては、関節内を直接観察できる、局所麻酔だけで済むため外来等で検査ができる、MRIが使えない患者にも使える、など、迅速で正確な病状の把握につながるほか、手術後の経過観察も効率よく行うことができます。


――患者にとってのメリットは?

患者にとっては、関節内視鏡検査のために入院をして、手術室で全身麻酔をかけなくても済むケースが増えるため、肉体的負担が軽減されます。膝関節の場合、従来の関節内視鏡の太さは4mmなので、挿入するために10mm程切開する必要がありますが、今回の内視鏡は注射針レベルですので、切開する必要がなく、痕も残りづらいという整容面でのメリットもあります。

注射針と同じ感覚で行える

――扱い方は難しくない?

関節内への挿入は、注射針の穿刺と同じような感覚で行えます。極細のレンズはプラスチックでできているため、多少力をかけても折れたり割れたりしません。


――将来的に胃の内視鏡検査も楽になる?

現在の技術では、胃の中まで届く長いレンズを作ることは難しいです。また、急激に曲げると映像が欠けてしまうため、軟性内視鏡よりも硬性内視鏡が適しています。


――将来的に、どんなことが実現できそう?

まずは整形外科領域にて、関節内の検査への応用を考えております。さらには、極細の硬性内視鏡が望まれる様々な領域での検査や、治療用途への適用などへと拡大していきます。
システムは非常にシンプルでコンパクトですので、訪問医療や在宅医療、遠隔医療などへの展開も視野に入れて参ります。



極細硬性内視鏡は、医師にとっては扱いやすく、患者にとっては負担もそれほどかからないようだ。双方にメリットがあるこの内視鏡が来年実用化され、広がっていくことを期待したい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。