「この列の先頭にいる人たちは、きのうの午後から並んでいるんだって」

時刻は午前6時すぎ。裁判所の前で、前にいたFOXニュースの女性スタッフが寒そうにつぶやいた。

傍聴券を求めるメディア 午前6時過ぎだが、すでに96番目
傍聴券を求めるメディア 午前6時過ぎだが、すでに96番目
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「口止め料」疑惑で起訴されたアメリカのトランプ前大統領が4月4日、マンハッタン地区の検察官事務所に出頭した。形式的な「逮捕」手続きを経て、同じ建物内にある裁判所に初出廷。前代未聞の出来事を取材するため、世界中のメディアが裁判所前に詰めかけ、出頭の瞬間、そして法廷内の様子をいち早く伝える態勢をとった。

“メディア傍聴券待ちリスト”には前日午後2時45分から名前が
“メディア傍聴券待ちリスト”には前日午後2時45分から名前が

裁判所の前で並んでいると、やがて列の前の方からノートパッドを手にした男性が現れた。「トイレも行けない非人道的な状況を緩和するためだよ」と言って順番名前を書き込むように勧めた。筆者ですでに96番目だ。

リストを見ると、メディアによる傍聴席の争奪戦は前日の午後2時45分からすでに始まっていて、先頭の数人は簡易な椅子と毛布の中にうずくまり、午前8時の傍聴券配布を待っていた。

「オーバーフロールーム」(法廷とは別室)の傍聴券は白
「オーバーフロールーム」(法廷とは別室)の傍聴券は白

トランプ氏が出廷する法廷には、メディアの傍聴席は50~60席ある。こちらには緑の傍聴券が渡された。これとは別に、隣接する法廷で中の様子をモニターで傍聴できる「オーバーフロールーム」が2部屋あり、こちらには白と黄色の傍聴券が渡された。あわせて100数十席はあったか。トランプ氏の様子を把握したい一心で、白い傍聴券を手にした。

メディアの取材も異例づくし

裁判所の入り口、さらに法廷のある15階の廊下で金属探知機を通り、随所でかばんの中をチェックされた。法廷内では携帯の電源は切ってかばんの中から出さないよう何度も念押しされ、過去には同じ法廷内で許されていたPC端末の利用も禁止された。

トランプ氏は硬い表情で法廷内へ
トランプ氏は硬い表情で法廷内へ

オーバーフロールームの前方のモニター内に検察側と弁護側を正面からそれぞれ捉えた映像が映し出されたが、辛うじて表情がうかがえる程度だ。

通常は短時間の「初出廷」が1時間以上・・議論されたのは

開始時間の午後2時15分がすぎ、15分ほど遅れて、赤いネクタイのトランプ氏が背広の前のボタンをあけ、ゆっくりと入廷した。意外と元気がないような印象だ。

トランプ氏は強力な弁護団で両脇を固めた
トランプ氏は強力な弁護団で両脇を固めた

やっと始まるかと思いきや、メディアから裁判所への申し入れで始まった。実際の法廷では、トランプ氏の後頭部しか見えず、表情が見えないというのだ。「国民の知る権利」にこたえるため、今後の審理は被告人が見える横の陪審員席での傍聴やPC端末の利用などを要望した。

罪状認否では「NOT GUILTY」とはっきり
罪状認否では「NOT GUILTY」とはっきり

窓の外ではヘリコプターの音が鳴りやまない。初出廷は通常、数分で終わることが多いためか、トランプ氏が法廷を後にするのを今か今かと待っている。しかし本題に入れたのは、午後2時40分すぎ。冒頭、両手をテーブルの下におろし背中を丸めていたトランプ氏は、罪状認否の時はマイクに口を近づけ、はっきりとした口調で「NOT GUILTY」と無罪を主張した。

アルビン・ブラッグ検事は有罪に持ち込む自信をみせた
アルビン・ブラッグ検事は有罪に持ち込む自信をみせた

検察側がフアン・メルシャン裁判官に懸念を伝えた。トランプ氏が自身のSNSにアルビン・ブラッグ検事の写真と自身がバットを持った写真を組み合わせ、暴力を誘発するような投稿を連日行っていたからだ。

「GAG ORDER」は出なかったものの、残る懸念

今後出される証拠などについても、トランプ氏がそのままSNSに公開する恐れを指摘し、センシティブな資料については弁護士事務所からの持ち出しを禁止し、閲覧のみにするように要望した。いわゆる「GAG ORDER(かん口令)」と呼ばれるもので、審理中の内容については口外したり公開したりしないよう、縛りをかけるものだ。

検察側はトランプ氏のSNS投稿に懸念
検察側はトランプ氏のSNS投稿に懸念

トランプ氏は時折、検察側が提出した資料に目を通し、腕組みをして聞き入っていた。これに対して、メルシャン裁判官は、「GAG ORDER」は表現の自由を著しく制限するもので、出すつもりはないとした。その一方で、起訴へ至る過程で検察側の証人が連日テレビに出演したり、トランプ氏が過激な投稿を続けていることを念頭に、「暴力を招くようなことはしないでほしい」と要望した。「これは裁判所からのリクエストで、命令ではないが、このような問題が続いたら検討する」と双方に釘を刺した。そのメルシャン裁判官も「トランプ嫌いだ」と本人から名指しされていて、脅迫状が後を絶たない。

裁判所の外はトランプ派と反トランプ派がにらみ合い
裁判所の外はトランプ派と反トランプ派がにらみ合い

開始から1時間近くがたち、メルシャン裁判官が今後の審理の進め方などをトランプ氏に説明した。「これはどの被告人にもお伝えしているものなので」と前置きした上で、法廷内で混乱が起きた場合は退廷してもらうことがあると話し、「わかりましたか?」とたずねると、トランプ氏は「わかっています」と短く答えた。大統領経験者であっても、裁判官の前ではただの被告人だと感じた瞬間だった。

トランプ氏はSNSでメルシャン裁判官と家族を批判
トランプ氏はSNSでメルシャン裁判官と家族を批判

次回の審理は12月4日に設定された。

法廷を出た後、フロリダ州の自宅に直行し、集会でメルシャン裁判官を早速批判したトランプ氏の行動は吉と出るのか凶と出るのか。次期大統領選挙への影響を含め注目だ。

(FNNニューヨーク支局・弓削いく子、古賀颯祐、ディエゴ・ベラスコ、ワシントン支局・石橋由妃)

弓削いく子
弓削いく子

心身を整えるためにヨガをこよなく愛す。
Where there’s a will, there’s a way.
FNNニューヨーク支局長。ニューヨーク市生まれ。1993年フジテレビジョン入社、警視庁、横浜支局、警察庁、社会部デスクなど、駆け出しは社会部畑。2010年からはロサンゼルス支局長、国際取材部デスクを経て現職。