日本列島が歓喜した、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での侍JAPANの優勝。

試合の興奮を伝え選手を取材してきた野球解説者の高木豊さんと、WBC第1回大会から今大会まで日本代表の全試合を現地で取材してきたジャーナリストの鷲田康さんがWBC優勝の舞台裏を解説。

激闘の裏で各選手は何を考えていたのか、そして侍JAPANの今後について語った。

絶不調の村上選手を覚醒させた栗山監督の一言

WBCで見事、全勝優勝を飾った侍JAPAN。ターニングポイントとなったのは、6対5で逆転サヨナラ勝ちした準決勝・メキシコ戦。勝負を決めたのは、それまで不調に悩んでいた村上宗隆選手だった。

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4対5と1点を追う9回裏、ノーアウト一塁二塁。まさに勝敗の分かれ目となる場面で打席をむかえた村上選手。
この日も3三振を喫していた不調の村上選手に、栗山英樹監督から出た指示は、送りバントか…と思いきや、「お前で勝つんだ」という言葉だったという。

高木豊さん:
村上宗隆選手はものすごく苦しかったと思います。ああいう究極の場面で打席が回ってきた時は、バントを覚悟したり考える訳ですよ…、ずっと巡っていたと思うんです。
でも栗山監督の「お前で勝つんだ」という一言が救った。やっぱりその言葉が村上を救ったと思いますね。

プロ野球解説者:高木豊さん
プロ野球解説者:高木豊さん

鷲田康さん:
城石コーチが帰国後に振り返っていたんですが、ベンチから出て行った瞬間に村上選手がすごい嫌な顔をしたらしいんです。「バントだ」と言われると思って。
でも栗山監督の「お前に任せた」という一言が伝わると、村上選手は覚醒しましたよね、あの一言で。

ジャーナリスト:鷲田康さん
ジャーナリスト:鷲田康さん

――村上選手は決勝でもホームラン。開幕した日本のプロ野球でも活躍中。あの吹っ切れた瞬間は今につながっている?
高木さん:
多分あそこで打っていなかったら(日本のプロ野球でも)ホームランはまだ打っていないと思います。相当なダメージで帰ってくるはずですから。

“いたずら大好き”大谷選手の努力と素顔

高木さん:
大谷選手が日本ハムファイターズ時代に何度か話したことがありますが、試合が終わってから取材を待っていたら、彼がフェンスの辺りを走りだした。
あの頃からメジャーを意識しながら、二刀流の体力を蓄えながら、努力をしていました。そういう姿を見ていたので、さすがだなと思いました。

鷲田さん:
僕も日本ハム時代に大谷選手を取材したことが何度かあって、メジャーに行った年にデビュー戦も観ています。

日本ハム時代は、日本シリーズで黒田博樹元投手とバッター大谷選手の打席を本人に解説してもらうという企画の取材だったんですが、大谷選手は打席でも考え方がやっぱりピッチャー脳なんですね。

ピッチャーがこの時、どういう意図でこのボールを放ってきたか。黒田元投手のピッチングを解説して。「この時、僕はこういうふうに待っていました」という話を盛んにしていました。基本ピッチャー脳で動いているんだなという印象を僕は受けました。

――大谷選手の人柄は?
鷲田さん:
“野球オタク”。もう野球のことしか考えていないんじゃないかと。

ただその中で“悪ガキ”、いたずら大好き、人をいじるのが大好き、ちょっと子どもっぽいところもあって、そういうところが見えるのが、みんなに愛される理由だと思います。

野球に関しての打ち込み方で僕が驚いたのが、WBCで優勝する前に、チームはマイアミで食事会をしているんです。ただそこに大谷選手はいないんです、ただ一人。

WBCのすぐ後にメジャーリーグが開幕するので、その準備、ルーティンでやることが山のようにあって、食事に行く時間ももったいないぐらいの感じで過ごしているみたいなんです。

そういう姿を見た他の選手たちはどう感じるのか。どれくらい野球に打ち込んだら大谷選手くらいの選手になるのかというのを、目の当たりにしたんじゃないかなと思いました。

高木さん:
ダルビッシュ有選手が、メジャーでトップになろうと思ったら、そのくらいの覚悟をしないとなれないと言っています。「ホームランも驚かない。あれだけのことをやっているんだから」と。それを悔しそうに見ていたのが村上選手。

村上選手が食事会の時、ダルビッシュ選手の横に来て、「どうやったらいいんですか?」と聞いている。その考えを村上選手は日本に持ち帰って、今後覚醒していくんじゃないかと僕は想像するんです。ああいうふうになりたいと村上選手は思っただろうし、ここから変わってくる。

チームを支えた最年長のダルビッシュ有選手

鷲田さん:
ダルビッシュ有選手はメジャーに行ったばかりの頃に取材したことがあるんですが、すごく変わりましたよね。
あの頃は取材に行っても、口もきいてくれなかったり…、そんな感じでした。

今回は、取材の対応もすごかったし、他の選手に対する気配りも、ちょっと輪から外れている選手がいると思うと、ちゃんとそれを見ている。そしてその選手にちゃんとアプローチして、自分から話しかけて「どういうことなの?」みたいな話をしている。

やっぱり彼がいなかったら今回の優勝はなかったと思いますね。

チームメイトを食事に連れて行ったり、スワンボートに乗ったりという話もありましたが、そんなシュールなこともちゃんとしちゃう。休みの日に孤立しているんじゃないかなという選手をみんな誘って、リラックスさせようとか、自分が何かしてあげたいという思いが強かったですよね。

高木さん:
栗山監督自身が「ダルビッシュJAPAN」だと言っていました。普通監督が言わないですよね。でもそれを言わせたというのは、彼の裏での献身的な働き、功績というのはすごく大きかったと思います。

(WBC期間中にインタビューしたんですが)一番は感謝を覚えたと言っていた。野球ができる感謝、家庭を守ってくれる妻に感謝。いろんな感謝を彼は覚えた。

――“こういうことがあったから変わった”というのは?
高木さん:
やっぱり奥さん(ダルビッシュ聖子さん)じゃないですかね。奥さんは世界をとっている人ですから、そこの言葉というのは大きいだろうと思います。

鷲田さん:
高木さんがおっしゃる通り、変わったキッカケは奥さんですよね。
すごく印象に残っているのは、「昔は自分にとって野球が一番だった。今、一番は奥さんだ。二番が子ども、三番が野球。“一番身近にいる人間を大事にする人間”に子どもにはなってほしい」と。「自分が奥さんを大事にしている姿を子どもに見てほしい、だから奥さんが一番なんだ」、あと「それくらい好きなんですよね」と言っていた。

優勝して終わってからグラウンドに家族が出てきて、みんなで記念撮影とかしていたんですが、ダルビッシュ選手は奥さんとキスしていましたね。素敵な光景でした。自分を作ってくれたのは奥さんだからと言っていましたからね。

高木さん:
そうですね。ただ自分も信念のもとに行動しないとああはならなかったので、相当な意思、決意があったんだと思います。

チームを世界一に導いた栗山監督の「選手を信じる姿勢」

高木さん:
代表監督は人脈だと思うんですよ。誰を集めるか。大谷翔平選手、ラーズ・ヌートバー選手、ダルビッシュ有選手を引っ張ってきた。あのメンバーを揃えたことがすごいということです。僕はそれにつきると思います。

――栗山監督の指揮官としての振る舞いは野球に限らずという感じがしますよね。
高木さん:
そうですね、リーダーというのは2通りあって、カリスマで引っ張る人もいれば、支えられる人もいる。栗山監督というのは引っ張るのではなくて、支えられる人。その代わりに還元することも多かったですよね。「信じること」とか、「最後までブレない」とか。栗山監督はそういうこと徹底するというのが見事だったと思います。

鷲田さん:
これまでのWBCで、日本のバントの数は合計で約8~9回なんですが、今大会では合計3回。それぐらい選手を信頼して打たせた。ああいうチームを組めた時点でそういう野球になっている。日本の野球をちょっと変えるきっかけを作ったかなという気がします。
良い形で人材がそろって、良い形で出た結果が今大会だと思います。

2026年開催予定の次大会に対する期待

鷲田さん:
ちょっと心配していることがありまして、大谷選手がピッチャーで、今後おそらくメジャー史上最高額で契約することになる。そうするとケガがあったら保険がおりない。大谷選手がWBCに出られないケースが出てくると思う。

栗山監督が訴えているのは「今はメジャーの選手が出場しにくいシステムだ」ということです。そこをなんとか改善して、3年後にはアメリカもトップのピッチャーが出られる大会になってほしい。そうなれば大谷選手もちゃんと出て、約束通り3年後にダルビッシュ選手と一緒に日本チームを引っ張ってくれる存在になれると思います。

――連覇の可能性は?
高木さん:

ありますよ!(大谷選手が出場できない恐れなど)いろんなこと抜きで考えたら優勝します、間違いなく。


(「週刊フジテレビ批評」4月8日放送より 聞き手:渡辺和洋アナウンサー、新美有加アナウンサー)