「矯正医療」とは、刑務所などの中で受刑者に対して行われる医療のことで、医療費や薬代は全額国費で賄われる。知られざる“塀の中の医療”の役割と意味とは。
愛媛・東温市の松山刑務所内にある医療施設の現場を、テレビ愛媛が特別に許可を得て独自取材した。
受刑者の健康を守る「矯正医療」
「体調はどうですかね?」
「まあまあです。年相応っちゅうっか、90になるとこんなもんですかね」
医師の診察を受ける車いすの男性は、刑務所に収容されている受刑者だ。
東温市の松山刑務所の中にある「診療所」は、持病を抱えていたり、体調に異変があったりする受刑者のための特別な医療施設だ。

松山刑務所・高野洋一所長:
「矯正医療」というのは、刑事施設が、収容されている受刑者に保健衛生や医療を提供すること
刑務所など、犯罪を犯した人たちを収容する矯正施設では、刑期を終えたあとスムーズに社会復帰できるよう、受刑者の健康を維持することが義務付けられている。そのための医療費や薬代は全て国費でまかなわれている。

松山刑務所は、主に初犯の受刑者を収容している。2023年3月時点で、入所者は約550人。このうち65歳以上の高齢者は全体の約1割を占め、矯正医療の現場にも高齢化の波が押し寄せている。
「病棟」ではバリアフリーにも配慮
医務課係長:
ここは「病棟」と言いまして、高齢であるとか健康面に不安を抱えているなどを理由として、工場での集団生活についていくことができない人たちを、集約して収容している

病棟の廊下には、転倒を防ぐための手すりが、浴室には車いすのためのスロープが設けられている。
高齢の受刑者は食事にも配慮される。高齢者用の昼食は、魚の身がほぐしてあったり、麦と白米をおかゆに代えるなど、食べやすい工夫がなされている。

医務課係長:
高齢者は、歯がない人であるとか飲み込む力が少し劣っている人も多くいるので、そういう人たちに対応できるように、個々人の健康状態等に合わせて食事の内容も変えている
資格を取った受刑者が介助を担当
「はい次の方」「消毒します」「はいどうぞ」
配膳するのも受刑者だ。
「ありがとうございます」
と、病棟の受刑者は礼を言って受け取り、居室で昼食を取る。

中には自分一人で食事や排せつができない受刑者もおり、資格を取った他の受刑者が介助を担当することがある。

医務課係長:
松山刑務所では受刑者の社会復帰のために職業訓練を実施していて、そのうちの一つに「介護福祉士実務者研修」がある。その職業訓練を受講して資格を取った人が、病棟もしくは他の高齢の受刑者を集約している工場に配属され、受刑者間の介助を実施している
検診や専門医の診察も受けられる
続いて案内されたのは、「診療所」。
看護師:
まず入ってすぐに診察を待つ受刑者の控室があります。ここに格子があって、当然、鍵もかかるようになっています

看護師:
ここは薬局になります。病院とか町の薬局と比べると、薬の種類は限られている。自己管理できる受刑者は本人に手渡して自己管理してもらうが、それができない受刑者もいるので、その時は職員が管理して投与するかたちをとっています

診療所では内視鏡やレントゲンを使った検査もできる。常勤の医師のほか、週に1回、外部から「歯科」と「精神科」の専門医が診察に訪れる。
診療所の医師:
一般的な診療所などと大きな差はないと思います。定期的な健康診断や、収容者の体調が悪い時には診察をして、必要に応じて検査をしています

松山刑務所によると、受刑者の病気で最も多いのが高血圧などの「循環器系」で、次に「精神および行動の障がい」「呼吸器系」などが続く。
医師:
自身の健康に無頓着であった人などが、刑務所に入って診察していく中で病気が見つかることもある
受刑者の高齢化で見直した体制
2023年3月時点、診療所には医師が2人、看護師が3人、薬剤師が1人、そして准看護師の資格を持つ刑務官が3人いる。
以前、看護体制は刑務官が中心だった。しかし受刑者の高齢化や生活習慣病の増加などを受けて見直し、10年ほど前から常勤の看護師を配置するようになった。

看護師:
矯正医療に携わることによって、患者の心を体を整えるだけでなく、改善更生、社会復帰に向けて貢献できることに、今はやりがいを感じている。
罪を犯した人なんですけど、一人の人間として見て看護をすることを心がけています
「拘禁刑」には健康管理が重要
2022年、刑務作業の義務がある「懲役刑」と義務がない「禁錮刑」を廃止し、「拘禁刑」に一本化する刑法の改正案が国会で可決された。以降、2年以内の施行が予定されている。

「拘禁刑」では木工や洋裁などの刑務作業が、義務でなくなる。高齢の受刑者には、認知症予防のトレーニングを行うなど、社会復帰や更生に向けた指導や教育に、より重点が置かれることになる。

松山刑務所・高野洋一所長:
(拘禁刑施行後)そういった取り組みを有効に行っていくためには、まずもって受刑者の健康管理が適切になされていなければならない。
受刑生活の中で、高齢者をいかに健康な状態で出所させることができるかというのも、これまで以上に必要になってくるかと思う
「拘禁刑」の創設により、刑罰の意義や刑務所の役割などが改めて問われる中、「矯正医療」の現場にも時代に合わせた変化と理解が求められている。
(テレビ愛媛)