美しいビーチや豊かな自然から「韓国のハワイ」とも称される、済州(チェジュ)島。韓国随一のリゾート地として知られるが、この島には血塗られた過去がある。米軍政下だった1940年代後半から7年以上にわたり続いた「4.3事件」だ。

軍や警察が左派勢力の鎮圧を名目に、島民の1割にあたる3万人を虐殺したとされる4.3事件は、半世紀にわたりタブー視されたが、その後、韓国政府が「国家による暴力」と認めて謝罪。最近では被害遺族に対する補償金の支給も始まり、地元の済州道は人権侵害の教訓としてユネスコの「世界記憶遺産」への登録を目指す。

一方で「虐殺は正しかった」などと主張する反対勢力の動きもあり、現在も遺族らは事件の傷跡に苦悩している。

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政治思想関係なく…住民全員が「暴徒」遺族の証言

済州4.3平和財団によると、1948年4月3日、南朝鮮単独での選挙実施に反発した島の共産主義団体が武装蜂起した。同年7月に就任した李承晩(イ・スンマン)初代大統領は武力制圧の過程で住民全員を暴徒と見なし「焦土化作戦」を取った地域もあり、政治思想とは無関係な女性や子供も多数巻き込まれたという。

虐殺の実態を証言する高完順(コ・ワンスン)さん(済州島・4月2日)
虐殺の実態を証言する高完順(コ・ワンスン)さん(済州島・4月2日)
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「母の背中の上で泣いていた3歳の弟は軍人に棒で殴られ静かになりました」

83歳の高完順(コ・ワンスン)さんは、9歳だった当時の記憶を涙ながらに語った。
1949年1月17日、突然、自宅に軍人が押し入り、村の人はみな小学校のグラウンドに集められたという。前方にいた男性の頭が銃声と同時に見えなくなり、母は「伏せろ!」と叫んだ。すぐ近くで倒れた女性の血が手に付き「怖いよ」とおびえながら、必死で逃げ惑うしかなかったと語る。

「その後、連行された畑では辺り一面に広がった血が寒さで凍り、太陽の光を赤く反射していました」

あちこちに死体が散らばる中、姉とともに母の手を握り再び死を覚悟していると、軍人の乗った車が現れ「射撃中止!」との声が聞こえたと、当時の凄惨な状況を振り返る。

すんでの所で命拾いした高さんだったが、暴行を受けた弟を含め親族6人を失った。親族の一部は逮捕され、刑務所に収容後そのまま行方不明になったという。

遅れた救済…「アカ」のレッテル恐れ申告しない遺族も

事件から75年となった2023年4月3日、済州市内で追悼式典が行われた。

「罪の無い犠牲者の魂を国民と共に温かく慰めるという私の約束は今も変わらない」

高さんら遺族も見つめる中、韓悳洙(ハン・ドクス)首相が尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が寄せた式辞を代読した。2022年は次期大統領として式典に出席した尹氏だったが、2023年は公務を理由に欠席した。

4.3事件の人権問題は長らく放置されてきた。80年代末まで続いた軍事政権では「共産主義者の暴動」と見なされ、遺族が事件の実態を語ることはタブーだった。その後、政府が初めて国家暴力と認めて謝罪したのは、盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領(03~08年)の革新系政権時だ。

島民が避難生活を送っていた洞窟 約30人の遺体が発見された(済州島・4月2日)
島民が避難生活を送っていた洞窟 約30人の遺体が発見された(済州島・4月2日)

2022年4月には事件の真相究明と犠牲者の名誉回復に関する特別法が施行され、現在は犠牲者1人あたり9千万ウォン(約900万円)の補償金支給も行われている。しかし、3万人とされる犠牲者のうち、政府が認定したのは約1万4千600人に過ぎない。事件前後の混乱により戸籍が不正確で家族関係の証明が難しいほか、被害を打ち明けることで「パルゲンイ(アカ)」のレッテルを貼られてしまうと恐れ、口を閉ざす遺族も多いのが実情だ。

虐殺を正当化する極右団体が会場に…遺族と衝突

追悼式典の開催直前、会場に現れた1台の車を遺族らが取り囲み、「虐殺者!家に帰れ!」と怒号を浴びせた。

車内にいたのは、事件当時、多くの島民を殺害した極右団体「西北青年団」の再建を主張する団体のメンバーだ。団体は4.3事件が「北朝鮮の金日成主席による指示で起きた共産暴動」として虐殺は正しかったと訴えており、この日もデモの開催を予告していた。

追悼式典の会場に極右団体が現れ騒然とする現場(済州島・4月3日)
追悼式典の会場に極右団体が現れ騒然とする現場(済州島・4月3日)

同様の主張は与党内にも残る。保守系与党「国民の力」の太永浩(テ・ヨンホ)最高委員は2月に「4・3事件は明白に金氏一家によって欲しいままに行われた蛮行」で「謝罪すべきは、金日成主席の孫・金正恩総書記だ」と述べた。3月には島内の約80カ所に事件を正当化する趣旨の横断幕が設置され、地元自治体が「遺族の名誉を極度に毀損する」として撤去する騒動もあった。

現行の特別法では、犠牲者や遺族を中傷したり虚偽の事実を流したりしても処罰を受けることはない。4.3事件を研究する心理医学博士の金志玟(キム・ジミン)さんは「事件のトラウマに悩む人は把握できているだけで1千人を超す。政府がデモなどによる歴史の歪曲を放置することで、遺族らは同じ国民として認められていないと強い疎外感を覚えている」と指摘した。

(FNNソウル支局 仲村健太郎)

仲村健太郎
仲村健太郎

FNNソウル支局特派員。
テレビ西日本報道部で福岡県警・行政担当 、北九州支局駐在。
2021年7月~現職。