日本企業に中国リスク回避の動き

今日、ロシアによるウクライナ侵攻や緊張が高まる台湾情勢など、日本企業を取り巻く国際情勢は不安定化している。ウクライナ侵攻によって欧米日本との亀裂も決定的となり、撤退や事業停止、貿易停止など脱ロシアを巡る企業の動きが活発化した。

そして、爆発したロシアリスクほどではないが、緊張が高まる台湾情勢、米中対立や日中関係の冷え込みなどの懸念が拡大し、日本企業の間では中国リスクを回避するため、第3国にシフトする動きが以前より拡大している。

その中で昨今注目が集まっているのが、グローバルサウスの盟主でもあるインドだ。

活気あふれるインドの下町
活気あふれるインドの下町
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インドは日本や米国と価値観を共有し、中国を抜いて世界最多の人口を有し、若い世代が多く今後経済成長が期待される新興大国だ。米中対立の長期化は避けられず、経済や貿易のドメインを舞台にした紛争が激化する恐れもあり、日本企業の間では中国依存を減らし、インドへの接近を図る動きは今後さらに進むかも知れない。

インドで注意すべき課題とリスク

しかし、そのインドにも、中国にはないいくつもの課題やリスクがあることも事実だ。

そのリスクの1つがテロだ。

活気あふれるインドの下町
活気あふれるインドの下町

統制が強化されている中国と違い、インド国内ではテロ組織が常態的に活動しており、21世紀以降では、2005年ニューデリー連続爆弾テロ(死者59人、負傷者210人)をはじめ、2006年ムンバイ列車爆破事件(死者200人、負傷者714人)、2008年ムンバイ同時多発テロ(死者165人、負傷者304人)、2008年デリー連続爆弾テロ(死者24人、負傷者97人)、2008年グジャラート州爆弾テロ(死者29人、負傷者100人以上)、2011年ムンバイ市場爆弾テロ(死者18人、負傷者130人以上)、2011年ニューデリー裁判所前爆弾テロ(死者11人、負傷者76人)、2010年西部プネ市レストラン爆弾テロ(死者17人、負傷者55人)、2013年ハイデラバード爆弾テロ死者13人、負傷者83人)、2014年チェンナイ中央駅爆弾テロ(死者1人、負傷者14人)などのように、イスラム過激派などによるテロ事件が断続的に発生している。2008年ムンバイ同時多発テロでは日本人も犠牲になっている。

インド門
インド門

幸いにも、近年はインド国内で死亡者を伴うような卑劣なテロ事件は発生しておらず、以前よりテロを巡る政治的緊張は落ち着いていると言えるだろう。しかし、テロ事件が目に見える形で発生していない一方、インドの治安機関や情報当局などは頻繁にテロ警戒アラートを発信している。

インドの記念日や国際会合を狙うテロも

今年に入っても、インド当局は1月26日の共和国記念日にニューデリーからパンジャーブ州にかけて複数の都市で大規模なテロ攻撃が発生する恐れがあると市民に警戒を呼び掛けた。

この時インド当局は、インドを敵視するパキスタンのイスラム過激派がインド国内に潜伏する工作員を使って即席爆発装置(IED)を複数の都市で爆発させる可能性があると発信し、今年9月にインドで開催されるG20もテロ攻撃の標的になっているとした。

インド・ニューデリー
インド・ニューデリー

今後、9月が近づくにつれ国内のテロ警備が強化されることだろう。

また、昨年には8月15日の独立記念日の直前、インド当局はニューデリーなどでテロリストがドローンやIED(即席爆破装置)などを用いてテロを実行する恐れがあるとしてアラートを発信し、1月26日の共和国記念日の前には、首相や閣僚などが参加する式典においてパキスタンのイスラム過激派ラシュカレタイバやジェイシュモハメドなどがテロを行う可能性があるとして市民に対して警戒を呼び掛けた。

タリバン政権下のアフガニスタンへの懸念

2021年10月にも西部グジャラート州アーメダバードで警戒アラートが地元警察から発出されたが、インド当局は一昨年夏にアフガニスタンでイスラム主義勢力タリバンが実権を再び掌握して以降、国際テロ組織アルカイダやイスラム国系組織、またインドを敵視するパキスタン系イスラム過激派の動きが活発化し、同国が再びテロの温床となり、その影響がインド国内に及ぶことへの懸念を強めている。

インドで多数を占めるヒンズー教の寺院(アークシャルダーム寺院)
インドで多数を占めるヒンズー教の寺院(アークシャルダーム寺院)

一方、近年も実際に摘発事例がある。2021年3月半ば、インド当局はニューデリーと南部のケララ州、カルナータカ州においてイスラム国支持組織の摘発作戦を一斉に実施した。この摘発では逮捕者数は明らかになっていないものの、2015年から2019年にかけてイスラム国の活動に参加するため外国に渡った者はケララ州だけでも50人を超えたとされる。

また、2020年8月にはニューデリーで、8月15日の独立記念日を狙ったテロを計画していたとして逮捕されたイスラム国支持者の自宅から大量の爆発物が押収されるケースも発覚した。

インドを訪問した岸田首相を歓迎する垂れ幕
インドを訪問した岸田首相を歓迎する垂れ幕

米中対立や台湾情勢など地政学リスクに直面する日本企業にとって、今後インドはさらに重要な市場になるだろう。しかし、冒頭で述べたようにインドには、中国にはない多くの経営リスクがあることも事実である。

その1つがここで紹介したインドのテロ情勢であり、テロへの関心が薄まる中でも、インドでは断続的にテロ警戒アラードが発信されている。今後インド進出を強化する日本企業においては、駐在員とその帯同家族の安全という視点から、インドのテロ情勢には注意が必要だろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415