2023年2月。福島第一原発の敷地に足を踏み入れると、事故で爆発を起こした姿のままの1号機が見えてきた。12年が経った今もガレキは山積みで鉄骨がむき出しの状態だ。「この姿を見るのは今年までだと思います」と東京電力の担当者は話す。2023年度中には1号機をカバーで覆い、中に残されている燃料棒の撤去作業が始まる。
難航する1号機の廃炉作業
東電は、福島第一原発の廃炉について、2041年から2051年までに終わらせることを目標にしている。廃炉に向けては主に5つの課題を解決しなければならない。
・使用済み核燃料の取り出し
・燃料デブリの取り出し
・汚染水対策
・ALPS処理水の処分
・廃棄物の処理、施設の解体
福島第一原発には1~6号機の6つの「建屋」がある。それぞれの建屋には、「使用済み核燃料」を保管するプールがある。使用済み核燃料とは、発電のため原子炉で使用したあと、取り出された燃料で、原子炉から取り出しても熱を発し続けるため、建屋内のプールで冷却される。廃炉に向けて、この使用済み核燃料を安全に取り出す必要があるのだ。
6つの建屋のうち、3号機と4号機の燃料取り出しはすでに完了している。2号機は建屋を解体することなく、クレーン状の機械を使って燃料を取り出し、2026年度に615体の使用済み燃料の取り出し完了を目指す計画だ。事故当時運転停止していた5、6号機は、1、2号機の進捗状況をみながら燃料の取り出しを進めていく。
一番被害が大きかった1号機では放射線量も高いため人が近づくのが難しく、難易度が高い。
ほかの建屋と異なり、まずはガレキの撤去が必要だが、撤去の際に放射性物質を含む「ダスト」が舞い上がってしまう。リスクを最小限にするため、2023年度中に大型のカバーを建屋にかける予定で、現在はその準備が進んでいる。1号機のプールには392体の使用済み核燃料が保管されたままで、2028年度までに取り出しを開始する計画だ。
使用済み核燃料の取り出し以上に難しいのが、「燃料デブリ」の取り出しだ。燃料デブリとは、津波による停電で冷却できなくなった核燃料が高熱になり、燃料と燃料を覆っていた金属の被覆管などが溶け、再び固まったものだ。人の立ち入りが難しい1号機では、まだ、燃料デブリの状況も掴めていない。ようやく1月に水中ロボットによる内部の堆積物の採取が終わったところだ。「この調査で新たな発見がたくさんあった」と経済産業省幹部は話す。たとえば、堆積物の放射線の量を測定したところ、採取された場所に関係なく一定の量が確認でき、堆積物の上部に広く放射性物質がある可能性が浮上しているという。採取した堆積物は、一年ほどかけて分析される。
次は、カメラでは撮影できない内部把握のため、3Dマッピングを作る作業を進める。まだまだ手探りの状態だが、燃料デブリの取り出し方法を考えるためのヒント集めが進んでいく。
まもなく始まる「処理水」の放出
燃料デブリを冷却するための水がデブリに触れ、高い濃度の放射性物質を含んだ「汚染水」になる。この汚染水を「ALPS(アルプス)」という装置でろ過し、ほぼすべての放射性物質を取り除いたものが「ALPS処理水」だ。ただし、「トリチウム」という放射性物質だけは取り除くことができず、敷地内にタンクで処理水を溜め続けている。その量は132万トンにのぼり、福島第一原発の敷地内で保管できる限界の96%まできている。
2021年4月、政府は、この処理水を海に流す方針を決定した。
現在は海に放出するためのトンネル工事が進む。敷地から沖合1キロほどの海面に見えたのは4本の杭。この下の海底に、処理水を流すための放水口がある。全長約1kmになる予定のトンネルは、約830mのところまで掘削が進んでいる。この春には完成し、6月頃にも放出が始まる見通しだ。
海に流すしかないのか?再開したトリチウム分離技術の検証
処理水に含まれるトリチウムは放射線のエネルギーが弱く、皮膚を通ることができないため、外部被ばくによる影響はほとんどないとされる。また内部被ばくにおいても、トリチウムは水と同じように体外へ排出されるため、体内で蓄積・濃縮されないことが確認されている。世界中の原発や原子力関連施設から、トリチウムは海や大気中に放出されている。こうした状況から、IAEA=国際原子力機関も、処理水の海洋放出は科学的根拠に基づくものであり、「国際慣行に沿う」と評価している。
こうして処理水を海に流す準備が進む一方で、東電は「トリチウム分離技術」の公募を2021年に再開している。
実は、トリチウムの分離は可能で、日本でも一部の施設や、カナダ、インドなどの施設でも行われている。ただし、福島第一原発の汚染水のトリチウムの濃度は薄く、大量なので難しい。既存の方法では電気分解するのが主流だが、エネルギーをかなり使い、費用も莫大にかかるので現実的ではないとされている。
では、なぜ東電は、IAEAが「海洋放出は科学的根拠に基づく」と評価しているにもかかわらず、困難なトリチウムの分離技術に力を入れようとしているのか?東電の担当者は「地元の風評被害を心配する声のために、海に放出する量を減らす技術のきっかけを見つけられれば」と話す。
東電の公募の二次評価を通過したのは14団体(国内5団体、海外9団体)。早ければ3月中にも一部の団体で福島第一の条件を踏まえた検証が始まる予定だ。国内では本田技術研究所や、イメージワンという企業が通過している。
たとえばイメージワンの技術は、「重水」で作った「ハイドレート(水素結合による水分子の“かご状”構造の中にほかの物質が入ったもの)」をフィルターとして使うことで、トリチウムを分離することができるという。担当者によると、大量の処理が可能で、既存の電解法に比べ、運転や設備費が10分の1に抑えられることが利点だ。
しかし、ある政府関係者は「福島第一のトリチウム分離はかなり難しい。技術の“タネ”が見つかればいいが」と、この公募を冷静に見ている。2014年にはすでに政府が主体で分離技術を公募し、検証をしたが、2016年には「直ちに実用化できる段階にある技術はない」と結論づけていた。その後、改めて2021年から東電が公募を再開している形だ。
東電は最終的に一団体の技術に絞ることを目指しているが、その実効性や時期は見通せていない。
いくつもの世代を超えて原発と向き合う
原発の運転期間延長や新設や増設。原子力政策が大きく転換する今、「原子力規制委員会」は安全のための審査や監視を続けている。山中伸介委員長は、3月10日、職員に向けこう話した。
「原子力の技術に関わるには、本当に長い時間の感覚を持つ必要がある。原子力施設は数十年にわたって使われる可能性があり、廃止措置(廃炉)にも数十年の歳月がかかります。そこから出てくる廃棄物、そこには、数百年から数万年もの期間を考える必要があるものもあります。我々は将来どこまで見通して仕事をすればいいのでしょうか。この問いへの答えは簡単ではありません」
かつて福島第一原発がある福島県双葉町には、「原子力 明るい未来の エネルギー」という標語が書かれた看板があった。廃炉に向けた「数十年」「数百年」「数万年」にわたる困難な道を見るにつけ、原子力がもたらすのは「明るい未来」だけではないことが分かる。私たちはいくつもの世代を超えて原子力と向き合わなければならないのだ。
(フジテレビ経済部・井出光)