東日本大震災から間もなく12年。福島県は地震と津波の被害に加えて、福島第一原発事故という人類史上例をみない被災を経験し、避難した住民の中にはいまだに故郷に帰ることができない人々がいる。福島に「前例なき教育を」と事故後開校したふたば未来学園高校で、震災を覚えている“最後の世代”のいまを取材した。

福島で起こったことがわかってきました

四條海璃亜(よじょうみりあ)さんは、県立ふたば未来学園高等学校の2年生で、現在生徒会長を務めている。出身は原発から30キロ圏内のいわき市。事故当時5歳だった四條さんは、家族で都内など7か所を転々と避難した。

四條さんは震災当時5歳の”最後の世代”だ
四條さんは震災当時5歳の”最後の世代”だ
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当時のことを四條さんはこう振り返る。

「避難すると言われても、意味がわからなくて『引っ越すのかな』という程度でした。それがだんだんテレビを観ていると、福島で起こったことは何だったのかがわかってきました」

四條さんは小学校4年生の時にいわき市に戻り、地元の中学校からふたば未来学園に進学した。

ふたば未来学園は「前例なき教育を」を合言葉に開校した
ふたば未来学園は「前例なき教育を」を合言葉に開校した

“最後の世代”なのに何もできていなかった

ふたば未来学園は事故から4年後の2015年、「前例なき環境には前例なき教育を」を合言葉に開校した学校だ。建学の精神は「変革者たれ」で、総合学科の高校としてアカデミック、トップアスリート、スペシャリストを育成するコースに分かれている。ふたば未来学園に進学した理由を四條さんに聞くと、「私たちは“最後の世代”と言われています」という。

「私は東京に避難していて、震災について考えることがあまりありませんでした。しかし福島に帰ってきた時に、私たちが震災を記憶する“最後の世代”と言われているのに、何もできていないことに気づいたのです。その記憶も薄れてきているし、学んだことも全然活かしてない。だからいつか生まれてくる子どもたちのために、学んだことを繋げていきたいと思ってふたば未来学園に入学しました」

福島県立ふたば未来学園の建学の精神は「変革者たれ」
福島県立ふたば未来学園の建学の精神は「変革者たれ」

被災者の話を聞いて物語をつくり伝承する

四條さんは原発事故についてこういう。

「事故は無ければよかったともちろん思います。でもいまエネルギー問題がある中で『原発は必要なのか』と考えると、『メリットとデメリットがあって難しいな』とわからなくなってしまいます。事故は無ければよかった。でもあったからには少しでも転機に変えることが必要なのではないかなと思います」

ふたば未来学園では1年次の「地域創造と人間生活」の授業において、震災を経験した人の話を聞いて第三者の目線で物語を作り、演技を通した地域の人々への伝承を行っている。四條さんの班では、被災した人々から直接話を聞き、自分たちで脚本を書いた。

演劇を取り入れている探究授業(ふたば未来学園HPより)

風化させないために福島の人たちに劇を

四條さんはこう語る。

「少しでも風化させないために、自分たちで作った劇を福島の地域の人たちに観てもらっています。声を上げることって自分をさらけ出すみたいだなあと思いますけど、過去の自分と向き合うことに繋がるからすごく学びもあるし、人に話すことで楽しくもなるし、自分の経験が誰かの為に活かされている実感があるのでとても楽しいです」

四條さん「自分の経験が誰かのために活かされている実感がある」
四條さん「自分の経験が誰かのために活かされている実感がある」

演劇を観た人々の中には涙ぐむ人もいた。そして「震災について若い世代が発信することに感動した」「大人が気づかない純粋な声を聞けるのはとても大きなこと」「演技を通して伝承する姿は、社会を大きく変えると思った」と言われたという。生徒会活動のかたわら演劇部に所属し活動する四條さんにとっても、そうした言葉は励みになった。

「東京電力の人たちは皆悪いのか?」

探究授業でのこうした活動について、郡司完校長はこう語る。

「平田オリザさんが震災前から本県にいらっしゃっていた縁で、演劇を始めました。生徒が震災で様々な苦しみやストレスを抱えたままではよくないので、演じることによって変わることもあると思うのです」

郡司校長「生徒たちは演じることで自分事として考える」
郡司校長「生徒たちは演じることで自分事として考える」

演劇の題材として東京電力を取り上げることもあった。郡司校長は「生徒の心には東京電力と地元の分断・対立構造があった」と語る。

「では東京電力の人たちは皆悪いのか?と、生徒たちは東京電力の社員の方にいまの心情を聞きに行き、それを演劇にしました。生徒たちには東京電力に対して複雑な気持ちがありましたが、やはり耳で聞くだけでなく演じることによって自分事として考え、生徒たちの理解が進んだのを見ていて感じました」

自分の過去に向き合い誰かのために活動する

四條さんは「この学校にきて良かったとすごく思います」という。

「私も友達たちも遠くに避難していて、自分のもやもやした気持ちを他人に吐き出せませんでした。でもふたば未来学園で、同じ経験をした人、違う立場の人の話を聞いて、自分の過去に向き合って、誰かのために活動しようと思えるようになりました」

“最後の世代”は次の世代に向けて、着実に震災を語り継いでくれている。

四條さん「この学校に来て良かった」(右は筆者)
四條さん「この学校に来て良かった」(右は筆者)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。