東日本大震災で津波の脅威を目の当たりにしながらも、現在はワカメ養殖の漁師として夢をかなえた男性がいる。岩手めんこいテレビの記者がこの男性と出会ったのは、14年前の2009年。当時、彼は小学生だったが、漁師になるという強い夢を持っていた。子どもの頃からの夢をかなえ、「海と共に生きる」という強い覚悟を聞いた。

震災で高齢化に拍車かかる

岩手・宮古市田老地区の海でワカメの養殖をしている田川尚樹さん(25)。

ワカメ養殖漁師・田川尚樹さん:
この荒海の栄養をいっぱい吸って、葉っぱも肉厚だし、きれいでスタイルも良くて、おいしいワカメになります

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2023年の収穫が間近に迫る中、田川さんはこの日、早朝から成長が良いものだけを残す間引き作業に汗を流していた。

揺れる船の上で朝から晩まで続く地道な作業だが、田川さんは「やりたいことをやってるのは、やっぱり幸せなこと。それが仕事なので良いのかなと思う」と話す。

2011年の東日本大震災。田老地区では17.3メートルの津波が押し寄せ、壊滅的な被害を受けた。

甚大な被害を受けた田老地区
甚大な被害を受けた田老地区

田川さんが所属する田老町漁協に加入する漁師は、震災後、約3割減った。2022年時点で平均年齢は60歳と、元々課題であった高齢化にも震災でさらに拍車がかかっている。

こうした中でも、田川さんが漁師という仕事を選んだのは、地元の海を愛する純粋な思いだ。

ワカメ養殖漁師・田川尚樹さん:
海で生きていくためには、あの波を乗り越えねば生きていけないのかなと。確かに海は怖いけど、それでも自分は海が好きだから、この海で養殖して生きていきたい

田川さんは3歳の頃から漁をしていたお父さんの船に乗せてもらい、海が大好きになった。

小学4年生になると、登校前に1人でサッパ船に乗ってアワビ漁をし、その腕前はベテラン漁師も認めるほどだった。

地元の漁師:
(尚樹は)魚とか海のことは天才

田川尚樹さん(当時小学6年生):
(漁師は)船で入ってきた時がすごく格好良い。そんなところが好き。昆布やワカメをやる漁師になりたい

「勝たなければ」 津波を目の当たりにするも思い揺るがず

東日本大震災が発生したのは、田川さんが中学1年の時だ。町を襲った津波の怖さを目の当たりにしたが、思いは揺らがなかった。中学校の時の作文には、「海で生きていくことへの決意」を記した。

中学1年の時に書いた文集
中学1年の時に書いた文集

今までの優しい海ではありませんでした。でも僕は、その波を見て怖いと思いませんでした。この海に勝たなければならない、という気持ちがなぜか心に響きました。僕は将来、漁師になりたいと思っています。この宝の海をずっとずっと守り続けたいし、次の人たちにもちゃんと伝えたいです

田川さんは高校卒業と同時に、田老町漁協では最年少で養殖漁師になった。2年間、先輩漁師の元での勉強を経て、独り立ちしたのは20歳の時。

「夢をかなえたという感じでうれしい」と話す田川さん。1年目の生産量はベテラン漁師の半分ほどだったが、確かな第一歩を踏み出した。

田川尚樹さん(当時20歳):
技術面を磨いて、早く先輩漁師に追いつきたい

漁師の仕事以外でも活動

この5年、田川さんは周りの先輩漁師に積極的に教えを乞い、朝から晩まで寝る間を惜しんで働き経験を積んできた。
生産量も2022年・2021年は、1年目の約3倍に増やすことができた。

ーーだいぶわかってきた?

ワカメ養殖漁師・田川尚樹さん:
まだまだですけど、何となく少しずつ先輩方に聞いて

さらに大好きな地元の海を守るため、温暖化による海水温の上昇や活発化したウニが海藻を食べつくしてしまう「磯焼け」の対策として、海中に潜って養殖したコンブを海底に植えつけ、藻場を再生させる仕事も請け負っている。

ワカメ養殖漁師・田川尚樹さん:
(藻場の再生は)大事なことだなと思う。育てるなど何か対策をしていかないといけない

そして、この5年で大切な存在もできた。仕事を終えた田川さんを迎えてくれるのは、妻の深青(みさお)さんと1歳の長男・颯詩(ふうた)くんだ。
仕事一筋の田川さんだが、颯詩くんの前では優しいお父さんの表情になる。

妻の深青さんと長男の颯詩くんがお迎えに
妻の深青さんと長男の颯詩くんがお迎えに

ーーもし、息子が海に出たいと言ったら?

ワカメ養殖漁師・田川尚樹さん:
やると言えば教えるけど、無理に漁師をやらなくても好きなものをやればいい

田川尚樹さん
田川尚樹さん

漁師という夢をかなえ、家族を養う一家の大黒柱となった田川さん。自然の厳しさも身に染みているが、これからも子どもの頃に誓った海への思いは変わらない。

ワカメ養殖漁師・田川尚樹さん:
自分の命も守ったりしながらも、災難はまたいつ起こるかもしれないし、(津波は)また来るかもしれない。それでも来たとしても、それを乗りこえて復旧・復活させて、この海で生きていく

水産業の未来を担う若い漁師。その瞳には、何があっても大好きな海で生きていく強い覚悟が宿っている。

(岩手めんこいテレビ)

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