長野はもちろん、愛知、静岡、岐阜、富山の一部で食べられている「五平餅」。いわば「中部の郷土食」だ。地域によって形もタレも異なる。長野県内の「北限」は塩尻とされてきたが、近年、給食に郷土の味を取り入れる動きなどから広がりを見せている。

山村のハレの日の食事

香ばしく焼き上がった「五平餅」。うるち米を炊いて程よくつぶし、タレを塗って焼いた郷土食だ。

お花見給食で郷土食の「五平餅」を食べる(長野県高森町・2019年)
お花見給食で郷土食の「五平餅」を食べる(長野県高森町・2019年)
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伊那市の「鈴平」の工場。家庭の味だった五平餅を土産品として売り出した最初の会社で、今は1日5000本をスーパーや道の駅などに出荷している。

鈴平の工場(長野県伊那市)
鈴平の工場(長野県伊那市)

鈴平・鈴木良典社長:
長野県といえば「おやき」ということだったから、何とか南信でも「五平餅」を始めたらどうかと

オーソドックスな「小判型」で、信州みそをベースにしたごまみそダレが塗ってある。

特別に作り立てをいただいた。

(記者リポート)
みその甘じょっぱい味とごまの香ばしい香りと、最高においしいです

五平餅が食べられているのは長野の他、愛知、静岡、岐阜、富山の一部。いわば「中部の郷土食」だ。

小判型の五平餅
小判型の五平餅

江戸時代の中頃には食べられていたとされ、コメの少なかった山村のハレの日の食事だった。

郷土食に詳しい長野県立大学・中沢弥子教授:
おそらく山仕事に行った方たちが、棒きれなどを利用して持ってきたご飯を乗せて、みそを塗って焼いておいしく食べたところが一番考えられる始まりでは。江戸時代となりますと、コメはとても貴重なので(貴重なものとして)食べられたのでは

名前の由来は・形が祭祀に使用される「御幣」に似ているから、「五平(五兵衛)」という人が食べ始めたから、など諸説ある。

五平餅が食べられている地域とタレの分布
五平餅が食べられている地域とタレの分布

一口に五平餅と言っても味も形もさまざま。

タレは地域によって異なり愛知はみそベース、岐阜はしょうゆベース。伊那街道で愛知方面と結ばれる飯田・伊那地域はみそベース、中山道で岐阜と結ばれる木曽地域はしょうゆベースだ。

幣束型(へいそくがた)の御幣餅

道の駅・信州新野千石平(長野県阿南町)
道の駅・信州新野千石平(長野県阿南町)

形はわらじ型や小判型がよく知られているが、阿南町の「道の駅・信州新野千石平」で作られているのは文字通りの「御幣餅(ごへいもち)」だ。

杵(きね)で粘り気が出るまでついたうるち米で串を包む。のばしたら、手で波のような形をつける。

波のような形の「幣束型」に
波のような形の「幣束型」に

御幣の「紙垂(しで)」の部分を再現したもので「幣束型(へいそくがた)」と呼ばれている。

運営会社・金田三千男社長:
ご飯で幣束の形を作って神棚に進ぜたのが、昔から伝えられていることだと思う

これにしょうゆベースのくるみダレを塗り、炭火で焼いて提供している。

蔵大御幣餅(1本480円 240g)

運営会社・金田三千男社長:
この土地を離れていった人たちも帰ってきた時に、一番先に食べたいのが御幣餅。御幣餅の味は永久に忘れない味だと思う

木曽地域に伝わる団子型

木曽地域に伝わる「団子型」
木曽地域に伝わる「団子型」

一方、木曽地域に伝わるのは、丸めて串に刺す「団子型」。

南木曽町の妻籠宿にあるそば店「おもて」でもー。

おもて・藤原須美子さん:
(木曽地域の)主流は小さい団子。聞いた話は、余ったご飯を木こりが山へ持っていく、それで団子におにぎりの形にした話は聞いたことがある

「団子型」に塗るタレはー。

タレにはクルミが多く入っている
タレにはクルミが多く入っている

おもて・藤原須美子さん:
ベースはおしょうゆで山ぐるみとゴマと落花生が入っている。クルミが多いからコクがある

五平餅(1本200円)

学校給食で郷土食 五平餅が北に広がる

五平餅は街道に沿って広がったとみられ、「北限」は中山道の奈良井宿とされてきたが…
五平餅は街道に沿って広がったとみられ、「北限」は中山道の奈良井宿とされてきたが…

五平餅はタレの違いからもわかるように中山道、伊那街道、秋葉街道と、街道に沿って広がっていたとみられる。

そして、長野県内の「北限」は中山道の宿場・奈良井宿とされてきた。

郷土食に詳しい中沢教授は、それより北は「おやき」に代表される粉もの文化が強く、コメも「粉」にして「やしょうま」などにして食べる風習があると指摘している。

長野県立大学・中沢弥子教授:
お米を使うものなので、北信はコメを節約しながら小麦を食べてハレ食として、餅や赤飯、おこわとか使ってたけど、うるち米は粉にして行事食にしていた文化があるので、こちらには伝わらなかったのかな

しかし、30年ほど前から五平餅は徐々に「北上している」とみることもできる。

冒頭で紹介した「鈴平」の鈴木社長がその訳を教えてくれた。

五平餅給食(提供・松本市学校給食課)
五平餅給食(提供・松本市学校給食課)

鈴平・鈴木良典社長:
今年はいいコメがとれたから五平餅を子どもたちに出そうということで、学校の先生たちが最初、給食で作った。子どもさんたちに量産できないかが始まり

鈴平の五平餅は30年ほど前から学校給食にもなっている。当初、出荷していたのは上伊那地域の小中学校32校だったが、「食育」として郷土食を給食に取り入れる動きが広がり、今年度は中南信全域に小諸市の中学校も加わっておよそ130校に。南信から中信、そして東信へと拡大したと言うのだ。

給食の献立を考える栄養教諭へのアンケートでも、給食に取り入れる郷土食の1位は「五平餅」だった。

遠く離れた小谷村。小谷小学校の林美和さんは「郷土食の大切さ、おいしさを知ってほしかった」としている。

長野県立大学・中沢弥子教授:
「食文化を大事にしましょう、継承しましょう」は給食の重要な目標の一つ、(各地で)力を入れてくださっている。五平餅って新米をとってもおいしく食べる方法だと思う。そういうものを大事にしておいしくご飯を食べる、伝えていくって大事なことだと思う

食文化として見直されている五平餅。コメの消費拡大につながる期待もあって、「北上」は今後も続きそうだ。

(長野放送)

長野放送
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