2023年春から夏頃と政府が示した、東京電力・福島第一原発の処理水海洋放出。国と東京電力は、なぜ放出しようとしているのか。そして、新たな風評をどう抑えようとしているのか。福島の漁業にとって、この12年は風評との戦いでもあった。

”常磐もの”に立ちはだかる風評

福島県いわき市の小名浜港は、この12年間で少しずつ活気を取り戻してきた。

12年かけ少しずつ活気が戻る小名浜港 良質の魚介類が水揚げされる
12年かけ少しずつ活気が戻る小名浜港 良質の魚介類が水揚げされる
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もともと、いわき沖は黒潮と親潮がぶつかる宝の海。黒潮で北上した様々な魚が、親潮で発生したプランクトンを食べて繁殖。水揚げされる質の良い魚は「常磐もの」と呼ばれ、全国で高い評価を受けてきた。

福島県沖は宝の海 良質の「常磐もの」が水揚げされる
福島県沖は宝の海 良質の「常磐もの」が水揚げされる

福島の海で、流通を目的とした漁が再開されたのは、原発事故から1年3カ月後のこと。タコと貝、わずか2種類からの再スタートだった。いわき沖での再開は、さらにその1年4カ月後。
当時、福島第一原発では汚染水が海に漏れるなどの問題が起き、そのたびに「風評」が立ちはだかってきた。

原発事故後 福島県の漁業は風評被害に苦しむ
原発事故後 福島県の漁業は風評被害に苦しむ

解消してはまた…風評の繰り返し

風評の払しょくに向けて行われているのが、すべての魚種の放射性物質検査だ。国の基準よりも厳しい基準を設け”安全性”を追求している。

国の基準より厳格な放射性物質検査を全魚種で実施
国の基準より厳格な放射性物質検査を全魚種で実施

水産加工会社「マルデンタ」の4代目・小野利仁さんは、流通・販売に直接関わることから自らを「魚屋」と呼び、風評を最前線で感じてきた。「やっと風評が少しずつ解消されてきたところに、また戻る。要は、福島県産のハードルがより高くなってしまうという印象だ」と話す。

水産加工会社「マルデンタ」小野利仁さん「風評が少しずつ解消されてきたところに、また戻る」
水産加工会社「マルデンタ」小野利仁さん「風評が少しずつ解消されてきたところに、また戻る」

その小野さんにとっても、大きな方向性が示されたのが2021年のこと。「原発処理水の海への放出」が決定した。「はっきり”福島県産だから”ということじゃなくて、取り引きをある日突然切られたっていうところもあります」と小野さんは振り返る。

小野利仁さん「突然、取り引きをやめられたこともあった」
小野利仁さん「突然、取り引きをやめられたこともあった」

「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」とした、国と東京電力。
福島県漁連の野崎哲会長は「関係者の理解なしには始まらないという約束がありながらも、これを実行せざるを得ないというのは我々としても遺憾に思っております」と反対の意思を示した。

「関係者の理解なしには」という条件 県漁連は海洋放出に反対
「関係者の理解なしには」という条件 県漁連は海洋放出に反対

まもなく貯蔵の限界に

一方、未だ見えない福島第一原発の「廃炉への道筋」 処理水の海洋放出という大きな局面のなか、事故から12年を迎えようとしている。

処理水の海洋放出という大きな局面のなか迎える、原発事故から12年
処理水の海洋放出という大きな局面のなか迎える、原発事故から12年

福島第一原発の敷地内には、処理水のタンクが約1000基並ぶ。福島第一原発では1号機から3号機の内部に溶け落ちた核燃料「燃料デブリ」が残されていて、燃料デブリを冷却する水や地下水などが燃料デブリに触れることで「汚染水」となり、毎日130トンずつ増加。この水を専用の装置に通し、トリチウム以外の放射性物質を取り除いたのが「処理水」だ。処理水の貯蔵量は132万トン、敷地内に保管できる97%にまで迫っている。

汚染水からトリチウム以外の放射性物質を取り除いたのが「処理水」
汚染水からトリチウム以外の放射性物質を取り除いたのが「処理水」

厳格な基準で放出へ

廃炉作業に必要な敷地を確保する必要があるとして、進められることになるのが「海への放出」 国の基準の40分の1、WHOの飲料水基準の7分の1にまで海水で薄め、沖合1キロから放出する計画。

廃炉作業には必要な海洋放出 基準値以下に薄め放出する計画
廃炉作業には必要な海洋放出 基準値以下に薄め放出する計画

万が一、基準を超えて放出した場合はどうなるのか?経済産業省の木野正登参事官は「例えば海水だけを追加で入れることによって、濃度を下げることができる。万が一基準を超えていたら、海水を加え1500ベクレル以下に下げるということもできる」という。

経産省・木野正登参事官「海水を加え1500ベクレル以下に下げるということもできる」
経産省・木野正登参事官「海水を加え1500ベクレル以下に下げるということもできる」

トリチウムの濃度をより細かく確認するため、新たな装置も導入された。
東京電力の高原憲一リスクコミュニケーターは「海に溶け込んでいるトリチウムの量というのは、とても薄い状態。とはいえ、薄いからいいというのではなくて、しっかり分析するためには、必要なものであると思っている。これを公表できることで、海に対する環境影響もないということを、しっかり伝えていけることになる」と話す。

基準値以下だからいいというのものではなく、分析するためにも必要
基準値以下だからいいというのものではなく、分析するためにも必要

理解を深める取り組み

国や東京電力が進めているのは、処理水自体の情報発信だけではない。
経済産業省の木野正登参事官は「福島の魚介類の魅力の発信とか、福島自体の魅力発信とか。こういったものも合わせてやっていくことで、風評をなくしていくこういう取り組みを継続していくことがとても大事だと思う」と語る。

処理水だけでなく、常磐ものの魅力などの情報発信を継続していくことが大切に
処理水だけでなく、常磐ものの魅力などの情報発信を継続していくことが大切に

福島テレビと福島民報社が行った最新の県民世論調査(2023年3月4日実施・福島県内の有権者707人を対象)では、海への放出について、国の内外で「理解が広がっている」と答えたのが40.8%。一方、放出した場合に「風評被害が起きる」と答えた人は「大きな」と「ある程度」を合わせて90.5%に上った。

福島テレビと福島民報社が行った県民世論調査(2023年3月4日実施・県内有権者707人を対象)
福島テレビと福島民報社が行った県民世論調査(2023年3月4日実施・県内有権者707人を対象)

処理水の海洋放出への理解が広まらないことについて、福島第一廃炉推進カンパニー小野明プレジデントは「多くの方々にそれぞれ、それぞれにご理解を深めていただけるような我々のこれまでの活動を、ひたすら真摯にやっていくしかないというふうに思っています」と話す。

福島第一廃炉推進カンパニー小野明プレジデント「これまでの活動を、ひたすら真摯にやっていく」
福島第一廃炉推進カンパニー小野明プレジデント「これまでの活動を、ひたすら真摯にやっていく」

”関係者の理解”が条件の海洋放出

2023年3月3日に「理解をしていないとおっしゃる方もおられるといった現実に対して、引き続き理解を得るべく努力をしていく。これが政府の方針」と語った岸田首相。政府が「2023年春から夏頃」と示した開始時期は、すぐ目の前に迫っている。

政府が「2023年春から夏頃」と示した開始時期が迫る
政府が「2023年春から夏頃」と示した開始時期が迫る

マルデンタ・小野利仁社長は「反対ですけど、今までと同様に安全が確認できない魚は一匹たりとも市場には出さないっていう自信はみんな持っている。ただ…12年は長かった。だからみんな体力が弱ってきてるのも現実」と心のうちを語った。

漁業関係者「これまで同様、安全が確認できない魚は一匹たりとも市場に出さない」
漁業関係者「これまで同様、安全が確認できない魚は一匹たりとも市場に出さない」

漁業の再生を止めない

福島県漁連によると、2022年の漁獲量は約5525トンで、前の年より1割増え震災後最も多くなった。福島県内の漁業は、2021年3月に試験操業を終え本格操業に向けた移行期間に入り、漁の回数が増えた事が大きな要因となった。
一方、震災前の2010年と比べると2割程度に留まる。
海への放出が本格操業への足かせにならないよう、更なる理解の醸成は待ったなしだ。

徐々に戻る漁獲量 しかし震災前の2割程度に留まる
徐々に戻る漁獲量 しかし震災前の2割程度に留まる

(福島テレビ)

福島テレビ
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