重症者や死者が出なければ経済活動は継続できるのか

先日、筆者の知人が約6週間ぶりに職場復帰した。目出度い限りである。
4月上旬に新型コロナウイルスの PCR 検査で陽性と判明し、以来、ずっと自宅で隔離状態だったのだが、幸いに発熱が多少あっただけで快癒したのである。

時折、もしも重症化したら、、、という大いなる不安に彼も悩まされることがあったらしいが、結局、“軽症”に終始し、自宅療養中はテレワークも可能だったという。

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メールのやりとりでこの知人の件を聞き及び、ふと思ったのである。
万が一、このウイルスに感染しても、他人にうつさないように自己隔離して、重症化を避けられれば、風邪をこじらせて長引いたのと結果は大差ないのかな?と。

もちろん、まずは感染しないのが一番である。感染すれば発症する可能性が勿論あるし、自らに症状が出る前にウイルスを撒き散らす恐れが高い。たとえ自分が軽症で済んでも、知らぬ間に家族や他人にうつしてしまい、その人たちが重症化してしまう恐れも捨てきれない。故に、三密を避け、マスクや手洗いを励行するのはやはり重要である。

しかし、人間社会から新型コロナウイルスを完全に消し去るのが難しそうな中、生きていく為には経済活動を再開する以外に方法はない。すると一定程度の感染リスクと常に背中合わせで暮らすことになる。

そして、この悲しい現実は有効なワクチンが遍く行き渡らない限り変わらないし、そうなるのがいつか、まだ誰にも確証はない。

だが、素早い診断法や有効な治療法が確立し、罹っても重症化を未然に防げるということになれば話は少し変わるのではないか?
仮に新規感染者が常に出続ける状態のままでも、それが医療崩壊に繋がらないレベルに留まり、重症者や死者がほとんど出ないならば、経済活動は基本的に継続できるのではないか?と素人考えながら思ったのである。

そこで、ウイルス学が専門の増田道明教授(獨協医科大学)に再び尋ねてみた。

獨協医科大学の増田道明教授

防疫と経済活動を両立させる条件とは

増田教授:
「日本は、都市封鎖、いわゆるロックダウンをしなかったが、欧米先進国に比べて死者数は少なく、致死率も低いことが指摘されている。その理由はまだはっきりしないが、今後、幾つかの条件が整えば、新型コロナ対策と経済活動の両立は可能になると思う。」

実に頼もしい見通しではないか。
では、その幾つかの条件とはどんなものか?

増田教授:
「今までは、肺炎と思って対処しているうちに、急に重篤化して亡くなってしまうというお気の毒な方もおられたが、これからは重症化を早めに察知して、適切な治療を行えば、救える可能性が高まってくると思う。例えば、欧米での症例報告や病理解剖知見から新型コロナウイルスの感染が血栓・塞栓症を引き起こし、重症化や重篤化の要因になりうることが明らかになってきている。故に、新型コロナウイルスの抗原検査が普及し、陽性患者に対して、血栓ができたのを察知するDダイマーの迅速検査を行えるようになれば、重症化の恐れのある患者を早めに見つけて適切な治療を行えるようになり、“死と隣り合わせの病気”というイメージを変えることができる可能性がある。」

有効なワクチンが出来る前に「“死と隣り合わせの病気”というイメージを変える可能性がある」とはますます頼もしいが、ここで少し解説が必要だろう。

新型コロナウイルスに感染すると
・血管が攻撃され、その結果、血管内に血の塊=血栓ができる
・それがその場で血管をブロックして血栓症を起こしたり、血栓が体内の別の場所に運ばれて血管を塞ぐ塞栓症を引き起こしたりする
・血栓症や塞栓症で重要な臓器への血流が途絶えると重症化や死亡の原因になるというメカニズムに関しては前稿「ターゲットは全身の血管か」に書いた。

こういった考えに基づいて、
1) 感染が疑われる時はウイルス抗原の検査をする。
インフルエンザの検査と同様に、外来で行える簡易検査が、感度に改良の余地はあるが、実用化されている。

2) 同時に、血液中のDダイマーの検査をする。
血液中のDダイマーは普段ほとんど検知されないが、血栓ができると上昇する。これも簡易検査が、普及はまだだが、実用化されている。

3)Dダイマーで異常値が出た患者には血栓対策の治療を始める。
 例えば、血栓が出来ないように血液をさらさらにする薬(抗凝固療法)や出来てしまった血栓を溶かす薬などがある。

ということを増田教授はここで言っているのである。

新型コロナウイルス

そして、教授は「日本が医療崩壊を起こさずに流行の第一波を乗り越えられた、もしくは、乗り越えられそうなのは、重症患者の治療で医療従事者が大健闘したのが大きい。こういった経験や最新の知見に基づいて、新型コロナウイルス感染症の“診療の手引き”が最近改訂されたが、その中で、重症化の目安となる検査の一つとしてDダイマーが挙げられ、Dダイマーが正常値を超えた患者に抗凝固療法を行うことも記された。」という。

つまり、重症化する手前でもDダイマーの異常を認めたら、薬の投与や水分補給で積極的に血栓対策を行ってもいいのではないかということらしい。
ちなみに、この新型コロナウイルス感染症の“診療の手引き”は現場の医師を含む厚労省の研究班が作成したもので、厚労省ホームページに掲載されている。

集団免疫が形成されれば社会全体へのプラス効果も

その上で、増田教授は「もちろん感染予防を心掛けることは必要である。しかし、万一感染しても、無症状や軽症の場合は、むしろ免疫ができるというメリットも考えられる。いわゆる集団免疫が形成されれば、社会全体へのプラスの効果も想定される。同時に、重症化対策がタイムリーにできるようになれば、社会生活や経済活動が破綻しかねないような極端な感染予防を行う必要は無くなるかもしれない。」と述べている。

確かに、もしも、この先、これで大丈夫と言うことが明確になれば、我々の対応はかなり違ってくる。

ワクチンの実用化はどんなに早くても来年以降である。新型ウイルスに対する新薬も、この感染症が時に引き起こすサイトカインストームの治療薬も、いずれ実用化されるとしても、かなり先である。
それまでを如何に凌ぐかが、今、目の前にある大難題で、この稿のテーマでもある。増田教授の考え方に拠れば、感染者の早期発見と重症化対策に重点を置きながら、経済を並行して走らせることも可能に思えてくる。

重症化対策の現状

増田教授のこの考え方について、医療現場で実際に新型ウイルス感染症の診療を続けている忽那賢志医長(国立国際医療研究センター病院・国際感染症対策室)に意見を訊いた。
忽那先生は“診療の手引き”の作成者の一人でもある。

まず、重症化対策の現状について尋ねてみた。

忽那医長:
「重症化の要因は血栓だけではない。肺炎そのものの悪化による呼吸不全などDダイマーと相関しないものもあるし、病理解剖で血栓を認めないこともある。従って、Dダイマーのみを見て重症化を判断するのは危険だが、血液酸素飽和度の数値などと共に合わせて判断する指標の一つとするのは良いかもしれない。当院でも新型コロナウイルス感染症の入院患者さんにはDダイマーを測定し、数値が高い患者さんにはヘパリンという抗凝固薬を使用している。」

つまり、忽那医長が務める病院では、“診療の手引き”にあるように、Dダイマーの測定と血栓対策を、勿論その他の治療と合わせてだが、入院患者への診療として既に実施しているということになる。

だが、市中のクリニックでも対応可能かどうかは別問題である。
これについて、忽那医長は「Dダイマーの測定は外注検査だと日数もかかるが、迅速検査用の簡易装置も存在するようなので、普及すると役立つかもしれない。ただ、軽症患者の重症化予防におけるヘパリンの効果は不明であり、有効な抗凝固療法を確立する必要がある。それが確立すれば Dダイマーのチェックは大きな意味を持つと思う。」という。

「有効な抗凝固療法が確立すれば」という前提付きではあるものの、増田教授の提案するような重症化対策に軸足を置いた対応も不可能ではないようだ。少なくとも筆者はそう受け止めた。

普通の風邪でもこじらせれば肺炎になり、高齢者や基礎疾患のある人の中には、亡くなる方もでる。既にワクチンと特効薬が存在するインフルエンザでも、年によっては日本だけで1万人以上が亡くなることがある。故に、この新型コロナウイルスで亡くなる方をゼロにするのが不可能なことは専門家でなくても容易に想像できる。

しかし、新型コロナウイルス感染患者に対する日本での治療は大変うまくいっていて、欧米先進国に比べ死者はこれまでのところ極めて少ない。それでも、重症化の兆候をすぐに捉えれば入院に至らずに済む可能性は増えるし、仮に重症化しても早期に適切な治療を施せば、救命率は高まるはずである。そして、それが可能になれば経済を走らせ続ける条件も整うように思う。

経済を死なせないためには

理想はこの新型コロナウイルスを地上から消滅させることだが、きっとそれは無理だろう。とすれば有効なワクチンが開発され、特効薬ができるまでの間は、感染予防をしながら、増田教授の言う早期発見と重症化対策にある程度軸足を置いて、言葉は悪いが“時間稼ぎ”をするのも現実的なアプローチと言えるかもしれない。

もちろん、それでも重症化する人、不幸にして亡くなる人は出る。万が一、医療崩壊すれば欧米のように多数の死者が出る恐れもある。そして、多くの人が懸念するように第2波が来れば、医療崩壊を防ぐ為に“自粛”がまた求められるだろう。言うまでもなくその覚悟は必要である。しかし、だからと言って経済を死なせて良い訳はない。

新型コロナウイルス対策と経済を両立させる方策に正解はまだない。だが、それを模索し実践していかなければならないのだと思う。

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【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】