岸田首相は2月17日、LGBTQ+など性的マイノリティの支援団体と面会し、元首相秘書官の差別発言について謝罪した。また自身の国会答弁で「社会が変わってしまう」と発言したことについても「ネガティブな意味ではない」と釈明した。

今国会に出されるであろうLGBT法案は果たして「理解増進」なのか「差別禁止」へと進むのか?

岸田首相と支援団体が面会(首相官邸・17日)
岸田首相と支援団体が面会(首相官邸・17日)
この記事の画像(8枚)

「社会が変わる」は制度と法律が変わること

「今日を境に抜本的に政策が加速したり、変化していくことを私たちは期待しています」

官邸で岸田首相に面会したプライドハウス東京代表の松中権氏は、面会後こう語った。面会で岸田首相は「社会が変わってしまう」という自身の発言について、「ネガティブでもポジティブでもなくすごくフラットに、例えば制度や法律が新しく変わるということを表現した」と語ったという。

記者団の取材に応じる支援団体メンバー(首相官邸・17日)
記者団の取材に応じる支援団体メンバー(首相官邸・17日)

松中氏は「最初に総理のその言葉を聞いたときはショックを受けましたが、もし総理がおっしゃった『社会が変わる』ということが制度や法律を作っていくことであれば、ぜひ進めて頂きたいと思いました」と述べた。

一方「自民党の中には法案について慎重な意見があるが」と記者から聞かれると、松中氏は「当方から差別の禁止についてご決断を頂きたいと総理に伝えた」と明かし、「(総理は)いろいろ今後考えていきたいということでしたので、今日を機会にそれ相応の対応があると皆期待しています」と語った。

「この法案は、この国は大丈夫か」

一昨年、LGBT理解増進法案は自民党内で了承されず、国会への提出が見送られた。それからほぼ2年がたち、元首相秘書官の差別発言によって、“図らずも”法案は再び表舞台に登場することになった。面会の前日、松中氏は筆者にこう語っていた。

「当時とまったく状況が変わっていない。この法案は大丈夫かというか、この国は大丈夫かと不安を持っています。元総理秘書官の発言も、この国に生きている自分たちは何なんだろうと思います」

「当時と状況が変わっていない」と語る松中氏とLGBT法連合会の神谷事務局長(右)
「当時と状況が変わっていない」と語る松中氏とLGBT法連合会の神谷事務局長(右)

前回と状況が違うのは反LGBT運動を展開してきた旧統一教会と自民党のつながりが明らかになったことだ。松中氏はこう続けた。

「これだけ自民党と旧統一教会の関係が明るみになって、『切り離します』と政府が明言したのに、また法案について同じことが繰り返されたらより酷い状況になりますね。『差別はいいのですか?』と聞かれたら誰もがダメだと言うと思います。それなのに差別という言葉を入れたくない、差別という言葉を”不当な差別”にしようとする一部の自民党議員には何か別の意図しか感じられないです」

政府内の差別発言で時計の針が動き出した

15日には国会内で超党派議連の総会が行われ、稲田朋美会長代行は「本当にこの1年半、時計は止まった。しかし今回こうして法案について世の中が注目しているし、総理も幹事長も政調会長も必要性があると言っているという意味で自民党内も進んでいると思う」と法案成立への期待感を示した。

稲田会長代行「この1年半、時計は止まった」
稲田会長代行「この1年半、時計は止まった」

しかし議連の会長に就任した岩屋毅氏は記者から差別の文言について聞かれると、「性的指向、性自認の不当な差別はあってはならないという精神が、無くなることはあってはならない」と強調する一方で、「最終的には文言調整になっていくと思う」と差別禁止を入れ込むかどうかの明言を避けた。

岩屋会長「最終的には文言調整になっていく」
岩屋会長「最終的には文言調整になっていく」

理解増進法では差別に対処は難しい

この総会に当事者として出席したのが、一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣氏だ。松岡氏は元首相秘書官の差別発言をきっかけにLGBTQ+の人権を守る法整備を求める署名活動を立ち上げた。総会で松岡氏は差別を禁止する法律こそが必要だと訴えた。

「いまもトランスジェンダーであることを理由に『採用拒否』されたり、同性カップルが『入居拒否』されたり様々な差別的取り扱いがあります。残念ながら理解増進法案では、それに対処することは難しいと思います」

松岡氏「理解増進法案では差別に対処することは難しい」
松岡氏「理解増進法案では差別に対処することは難しい」

しかし総会後、松岡氏は議連に対して失望感を隠さなかった。

「議連としてはあくまでLGBT理解増進法案をまず国会に提出したいという点のみだったので、非常に残念だと思いました。前回超党派で合意する上で大変な議論や作業があったことは理解できるのですが、やはり差別禁止を明記した上で理解を広げるべきだと思います。なんとか議連でもう一度議論していただき、差別的取扱いをしてはならないという規定を入れた上で、法案を成立させてほしいと思いました」

性的マイノリティーの命は救わないのか

厚労省は自殺総合対策大綱の中で性的マイノリティーの自殺リスクが高く、無理解や偏見がその背景にあるとしている。先述の松中氏はこう憤る。

「自殺の要因に差別偏見があるから、それを無くさないといけないのに、差別は禁止しないという。若者の自殺対策というと皆賛成するのに、LGBTQ+の命は救わないのかということです。もし法案は通ったけれど差別禁止が入っていなかったら、国際社会はもちろん国民が許さないと思います。本当にそれでごまかせると思っているのですかね」

G7でLGBT差別禁止法が無いのは日本だけだ(©2023fair)
G7でLGBT差別禁止法が無いのは日本だけだ(©2023fair)

昨年6月ドイツで開かれたG7の首脳コミュニケには、「性自認、性表現あるいは性的指向に関係なく、誰もが同じ機会を得て、差別や暴力から保護されることを確保することへの我々の完全なコミットメントを再確認する」と書かれている。

このG7に出席しコミュニケを採択したのはまさに岸田首相だ。差別を禁止する法整備をすることは、次のG7議長国として岸田首相の責務だろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。