長野県松本地域で昔から食べられている「からしいなり」。その名の通り、からしの効いたいなり寿司で油揚げが裏返しになっている。なぜ、松本の味として定着したのか、「深掘り」してみたら、神社に関係した「ルーツ」とみられる食べ物があることがわかった。

「からしいなり」は油揚げが裏返し

いなり寿司(左)とからしいなり(右)
いなり寿司(左)とからしいなり(右)
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甘く煮た油揚げに、酢飯を詰めた「いなり寿司」。稲荷神社の神の使い「狐」に、好物の油揚げをお供えしてきたことが名前の由来とされ、江戸時代から食べられていたと言われている。

一方、松本でよく食べられている「いなり寿司」は、油揚げが裏返しになっている。

しかも、内側には「からし」が塗られている。

(記者リポート)
あまじょっぱい味の後にピリッとくる辛さがクセになります。辛すぎる感じも全くなく、とてもおいしいです

松本地域を中心に定着

松本地方伝統の味「からしいなり」。市内では普通の「いなり寿司」と区別している人が多く、油揚げが裏返っていれば「からしいなり」と認識されているようだ。

「からしいなり」はスーパーでも…。

「ツルヤ」では県内全店に「からしいなり」を置いているが、松本地域は、他地域よりも売り上げが多いそうだ。

ツルヤ なぎさ店・山岸秀武次長:
特に松本市内のお店は需要が高いと思います。平日で30パック前後、販売してます。週末で40から50パックくらい。6時半くらいには完売しています

仕出し弁当店の「若増伊平寿司本舗」。およそ60年前の創業時から「からしいなり」を販売している。しょう油と砂糖で甘辛く煮た油揚げを裏返して、内側にからしを塗り、酢飯を詰める。

若増伊平寿司本舗(松本市)
若増伊平寿司本舗(松本市)

普通のいなり寿司も販売していて人気は「ほぼ互角」。からしいなりは多い時で1日200個近く売れるそうだ。

街で話を聞いてみると、「子どもの頃から母が作っていた」「からしが効いていて、鼻に抜ける感じがいい」などと、松本地域では広く親しまれているようだ。

創業者の上島英雄さんは伊那市出身。「からしいなり」は知らなかったが、松本で店を開く際、メニューに加えた。

若増伊平寿司本舗・上島英雄さん:
自分が仕事始めた頃、(からしいなりの)うわさを聞いていたんだけど(普通の)おいなりさんだけじゃ単純だなって感じもあったし、ピリッとする方がうまいかなと

起源はわからないが、上島さんは油揚げを「裏返す」理由は察しがつくと言う。

若増伊平寿司本舗・上島英雄さん:
おいなりさん(油揚げ)の中身ってゴツゴツしてるじゃない。返すことによって、からしも塗りやすいということもあるし、(普通のいなり寿司と)見分けやすいということもあると思いますね

煮た油揚げにからしが合う 筑摩神社の「からしあげ」との関係は?

では、「からしいなり」はどうやって生まれ、なぜ、松本に定着しただろうか。

地域の歴史・文化に詳しい松本市立博物館の木下守館長は…

松本市立博物館・木下守館長:
おそらく「揚げにからし」という組み合わせが先にあって、おいなりさんにも、からしの揚げを使ったらおいしいんじゃないかという順番なのかなと想像はしますけど、確証はないです

「からしいなり」には神社に関係した「ルーツ」とみられる食べ物がある。

毎年1月14日、無病息災を願って行われる筑摩神社の「篝火神事(かがりびしんじ)」。

筑摩神社・林邦匡宮司:
この篝火にあたり、からしあげを食べれば、1年間無病息災で過ごせるんだという言い伝えで行われています

参拝者がこぞって買っているのは、神事に合わせて売られる「筑摩からしあげ」。甘辛く煮た油揚げと、からしがセットになっている。

油揚げについては、年明けに厄除けや無病息災を願って「大豆」を食べる風習があったことと関係があるのではと木下館長はみている。

松本市立博物館・木下守館長:
正月、あるいは2月くらいにかけての行事に大豆、あるいは大豆を原材料とした食品が行事に用いられる。節分の豆まきが一番わかりやすいと思うんですけど。収穫して調整の済んだ大豆製品を、儀礼でいただくというのが根底にあるのかなと

松本では、葬儀や法要の際、精進料理として油揚げを甘辛く煮たものが出されることがあり、それに倣ったものという見方もできるそうだ。

からしをつける理由ははっきりしないが、相性は抜群だ。

松本市立博物館・木下守館長:
甘辛く煮た揚げには、からしが合うかなと思うので、そんなことでこの地域では親しまれているのかなと思いますけど

「製造元」にも聞いてみた。

「からしあげ」の油揚げは、市内に工場を持つ「田内屋」が作っていて「筑摩揚げ」という名で販売している。神社に油揚げを納めるようになったのは、筑摩に工場を建てた「昭和43年ごろ」ということはわかっている。

田内屋・井上雄太専務:
筑摩神社さんはそれよりもさらに前から、お祭りのときは、参拝者の方に(からしあげを)出されているというのは聞いています

「からしあげ」の歴史は古いようで、こちらでも起源ははっきりしなかった。

ただ、煮た油揚げとからしは相性が良く、「からしいなり」は「からしあげ」の応用ではないかと考えられるそうだ。

田内屋・井上雄太専務:
からしいなりっていうのは、どちらかというとご商売されている方がアイデアで作ったものなので、どこかでもしかしたら、筑摩神社のからしあげを見た方がいらしたのかもしれないですけど

からしいなり
からしいなり

2月5日は旧暦の「初午」。稲荷神社の祭りの日で、いなり寿司を食べると縁起が良いとされている。

(長野放送)

長野放送
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