一般的になりつつあるリモート会議(遠隔会議)だが、出席する際はカメラをONにしているだろうか、それともOFFにしているだろうか。

ONにしたほうがいいのかどうかの判断に迷うこともあると思うが、カメラOFFだと話者は聞いている人の反応がわかりづらくはなる。
こうした中、一風変わった実験が行われた。顔全体ではなく、「目だけ」「口だけ」など、顔の一部分を表示することで、リモート会議にどのような効果をもたらすのかを検証する実験だ。

リモート会議で参加者の目や口だけを表示

実験を行ったのは、神戸大学大学院工学研究科の塚本・寺田研究室。

リモート会議で参加者の目や口だけを表示する「顔の部分表示による遠隔会議支援システム」を開発し、このシステムに関する論文を、昨年12月7日に公表した。

実験では、このシステムを使って、参加者がディスカッションを行った。その際、「目だけを表示」「口だけを表示」「アバター表示」「通常の顔表示」の4パターンを別々に試してもらい、ディスカッション後にアンケートで、「恥ずかしさ」「積極性」などの項目を調査した。

目だけを表示(提供:神戸大学大学院・寺田努教授)
目だけを表示(提供:神戸大学大学院・寺田努教授)
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「目だけ」「口だけ」だとなかなかインパクトのある画面になるが、調査の結果、以下のことが分かった。

・「口だけを表示」が恥ずかしいと感じやすい
・「目だけを表示」や「アバター表示」は、恥ずかしさを感じにくい
・「目だけを表示」よりも「口だけを表示」の方が、比較的、誰か分かりにくい
・「カメラOFF」と比較した実験では、顔の部分表示(「口だけを表示」「目だけを表示」)の方が、相槌などの参加者の反応が伝わる
・「アバター表示」より、部分表示(「目だけを表示」「口だけを表示」)の方が、所作が伝わりやすい

顔の部分表示は「カメラON」と「カメラOFF」の中間

このシステムで特徴的なのは、「目だけ」「口だけ」を表示する部分表示だ。それぞれ、どのようなメリット、デメリットがあるのだろうか? また、このシステムが実用化される可能性はあるのだろうか?

神戸大学大学院の寺田努教授に話を聞いた。


――「顔の部分表示による遠隔会議支援システム」とは?

遠隔会議では現地に集まらなくていいなどの利点も存在しますが、全員に顔を注視されている感覚があり、顔を表示することに抵抗を感じるといったデメリットも存在します。

そこで、このシステムは、目や口だけを表示することにより、自身の表示に対しての抵抗感を軽減させることを目的としています。顔全体を出すのは嫌でも、目や口だけだったら、“嫌さ”が軽減できるかもしれない。

また、顔の一部だけを出した場合でも、気持ちがちゃんと伝わるのであれば、顔の一部だけの表示でいいのではないか、という提案です。

口だけを表示(提供:神戸大学大学院・寺田努教授)
口だけを表示(提供:神戸大学大学院・寺田努教授)

――このシステムを使って、調査を行った理由は?

きっかけは、遠隔会議がこれだけ使われるようになった現在だと、もっと新しいコミュニケーションのスタイルが求められているのではないかと考えたことです。顔の一部を表示するというアイデアは、たまたま思いついたものなのですが、実際に試してみると、気持ち悪さも含めて、普段と違う感覚が得られました。

また、顔を部分表示することは「カメラON」と「カメラOFF」の中間である可能性に気が付きました。

一般にコミュニケーションでは、視覚情報などの非言語情報も重要であると言われるように、顔出しを行わないことでコミュニケーションの円滑化に問題が生じることが考えられます。

ただ、大勢の前で顔を出すことには大きな抵抗がある。ならば、両者の間を取ってみてはどうかといった感覚です。

そのためには、口や目だけを表示することで、話者、聴講者、それぞれにどんな影響があるのか調べる必要があると思い、調査を始めました。

イメージ(リモート会議)
イメージ(リモート会議)

――このシステムを使った実験は、どのように行った?

実際に被験者を集め、遠隔会議システムを使って、ディスカッションを行ってもらいました。

その際に、「口だけを表示」「目だけを表示」「アバター表示」「通常の顔表示」の4パターンを別々に試してもらい、ディスカッション後にアンケートにて「恥ずかしいと感じたか」、「積極的に発言できるようになったか」などの項目を調査しました。

また、発言回数や時間を計測し、データ上からも分析を行いました。その他にも、「カメラOFF」と比較した実験や、初対面の被験者を対象とした同様の実験も行っており、表示の仕方や参加者の親密度による違いを分析しています。


――この実験でどのようなことが分かった?

「口だけを表示」が恥ずかしいと感じやすいことが分かりました。一方で、「目だけを表示」や「アバター表示」は、恥ずかしさを感じにくいことが分かっています。

他にも、「目だけを表示」よりも「口だけを表示」の方が、比較的、誰か分かりにくいことが分かりました。

また、「カメラOFF」と比較した実験では、当然ながら、「カメラOFF」と比較して、顔の部位表示(「口だけを表示」「目だけを表示」)の方が、相槌などの参加者の反応が伝わることが分かりました。

アバター表示(提供:神戸大学大学院・寺田努教授)
アバター表示(提供:神戸大学大学院・寺田努教授)

そして、初対面同士で目や口だけを表示することで、顔が想像できるようになったかについては、ほぼ全員が「想像できるようにならなかった」、「目や口の形もすぐに忘れてしまった」という意見でした。

なので、「アバター表示」より「部分表示(「目だけを表示」「口だけを表示」)」の方が、所作が伝わりやすく、一方で、その表示が個人を特定できるような情報はもっていないのではないか、といったところが、実験から分かったことです。

「口だけ」「目だけ」表示のメリット・デメリット

――「口だけを表示」「目だけを表示」、それぞれのメリットとデメリットは?

「目だけ表示」のメリット、デメリットは以下です。

【メリット】
・顔を出すよりも恥ずかしくない
・「口だけを表示」より、相槌が分かりやすい
・「口だけを表示」より、誰なのか分かりやすい

【デメリット】
・誰が話しているか分かりにくい
・集中しているかがバレやすい

「口だけを表示」のメリット、デメリットは以下になります。

【メリット】
・誰が話しているか、一目で分かる
・「話す」「笑う」「黙る」の動きが分かりやすい
・人の「目」を気にする必要がない
・集中していなくても、バレない
・歯が基本的に見えており、肯定的に話を聞いてくれている感覚がある

【デメリット】
・自身の歯並びや唇の形が強調され、恥ずかしい
・自分の口に注目されている気がして、集中できない時がある
・話している人が分かっても、それが誰なのか分かりにくい

また、口や目に限らず、「部分表示」に共通するメリット、デメリットとしては、以下のような意見がありました。

【メリット】
・メイクやヘアセットなど、見た目に気をつかわなくていい
・相手の機嫌を気にしにくくなる
・見られていない部位に対して、気をつかう必要がない
・通常より、話し始めることに抵抗が少なく感じた

【デメリット】
・身振り手振りが分からない

イメージ(リモート会議)
イメージ(リモート会議)

――「口だけを表示」「目だけを表示」が、特に向いている使い方はある?

現在は表示方式の効果を調査している段階であり、活用事例の検証を行っているわけではありません。

ただ、結果から考えられることとして、「口だけを表示」は、話している動きが伝わりやすく、話者を特定させる、表情や感情の伝達に役立つ可能性があります。

「目だけを表示」は比較的、抵抗感が少なく、相槌などのリアクションが伝わりやすいため、話者に対する聴講者として用いることが適切だと考えられます。

以下は活用例です。

・プレゼンターは「口だけを表示」、他の参加者は比較的、抵抗の少ない「目だけを表示」にする
・他言語習得の際、発音時の細かな口の動きに注目できるように講師を「口だけを表示」にする
・お笑いライブの視聴者を「口だけを表示」にすることで、顔をバラさないで笑いのタイミングを共有できる


――「目だけを表示」は、リモート会議で有効と考えて大丈夫?


被験者の数が少なく、評価方法、項目についても、今後、改善すべきと考えているため、現時点では「目だけを表示」が有効と断定することはできません。

ただ、今回の実験では「目だけを表示」は、「顔を表示すること」と比べて、抵抗が少ないという結果になりました。

そのため、対象、場面によっては、「目だけを表示」することで、参加者の反応が分かりやすくなるなどの一定の効果が見られる可能性は十分にあると考えています。

実用化の可能性と課題

――このシステムは今後について、実用化する可能性はある?

「Zoom」などの遠隔会議ツールで、口や目だけを表示するということに限れば、現時点でも可能ですので、そういったソフトウェアを配布すれば、すぐにでも実用化は可能です。

一方で、現実社会での、より効果的なシステムの用法や目的については、まだ明らかになっていません。今後も引き続き、調査を行っていき、それらが明らかになった上で、システムの配付を行いたいと考えています。


――実用化に向けて、今後、どのような実験を考えている?

これまでは、「顔の部分表示」がどのような効果があるのか、恥ずかしさは軽減できるのかについて、調査してきました。

一方で、実際に多くの人が使うようになってしまうと、会議の参加者の印象が残らない、顔が覚えられないといったデメリットが生じる可能性があります。

そのような、実際に利用することによって、生じかねない問題点を明らかにしつつ、どのような用途がこのシステムに適しているのかを明らかにするための実験を行っていきたいと考えています。

イメージ(リモート会議)
イメージ(リモート会議)

リモート会議において、参加者の「目だけ」「口だけ」の表示を可能にするこのシステム。インパクトのある実験で、今は問題点を洗い出している段階とのことだが、今後どうなっていくのかも興味深い。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。