世界経済の先行きに不透明さが漂うなか、アジア・太平洋地域の経済成長の行方が注目されている。この地域で大きな役割を果たすADB=アジア開発銀行の総裁、浅川氏に経済の見通しやADBが果たす役割について聞いた。

世界に人脈をもつ国際金融の“ドン”

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アジア開発銀行には68の国や地域が加盟。この地域の持続的な成長に大きな役割を果たしている。ここで、2021年8月に再選され、総裁として2期目を務めているのが、元財務官の浅川雅嗣氏だ。

浅川氏は、かつて40年近くにわたり日本の財務省に在籍し、財務官時代は、国際会議で主導的役割を果たし、国際的な課税や金融の枠組みづくりに深く関わった。

3つのリスク①中国経済

その浅川氏に、今年の経済を見通す上でおさえておきたい”リスク”について聞いた。

ーーまず、注目の中国経済ですが、2022年の成長率は3.0%と、目標の5.5%前後から大きく下回りました。減速リスクをどうご覧になっていますか?

3.0%という数字は、ADBが出していた見通しと同じになりました。2021年が8.1%だったのと比べると、ゼロコロナ政策の影響はやはり大きかったと思います。

2023年は、政策の見直しで多少成長は加速するものの、7~8%成長に戻ることはないだろうということで、4.3%成長を見込んでいます。

中国経済には構造的に根深い課題があります。例えば、投資主導から消費主導型成長への転換といっても、人々により消費してもらおうと思ったら、社会保障システムの充実が必要になりますが、それには財政負担が非常に大きくなるでしょう。

それから、なんといっても少子高齢化がかなりの勢いで進んでいて、今後人口自体が減少していくことになります。そうしたことを考えると、潜在成長率自体が低下してくることは避けられず、かっての高成長に戻るのは難しいのではないでしょうか。

61年ぶりに人口減少に転じた中国…高成長に戻るのは困難か
61年ぶりに人口減少に転じた中国…高成長に戻るのは困難か

3つのリスク②アメリカ経済の減速

ーーほかに経済の下押し要因として考えられるのは何でしょうか?

欧米、特にアメリカ経済の減速です。利上げ幅を0.75%から0.5%へ縮小してきて、今月どうするかという話ですが、インフレ率自体はピークアウトしたように見え、マーケットでは、利上げは、幅の縮小後、いつか止まって、利下げが始まるんだろうというのがメインシナリオだと思います。

ただ、労働市場はタイトなままで、人手不足で賃上げ圧力が強い。FRB(連邦準備制度理事会)は、インフレ率の抑制と成長率の減速の要素のバランスを取りながら、金融政策をやっていくのでしょうが、いまひとつ読めないところがあります。

金利の引き下げ幅を縮小し、比較的早期に金融引き締めが終わって経済がソフトランディングするのか、あるいは、思ったよりインフレ圧力が強く、金利をなかなか下げられずにリセッション(景気後退)に入っていくのか。ここも、中国経済と並んで大きなリスクだと思います。

3つのリスク③ウクライナ侵攻

3番目のリスクは、ロシアのウクライナ侵攻による直接的な影響です。ロシアと経済関係の深い中央アジア・コーカサス・モンゴルといった国の経済が悪化するのではと心配したんですが、思ったよりは、適応力を発揮した部分があります。

中央アジア・コーカサスのロシア向け輸出は逆に50%増えたほか、ロシアへの移民労働者からの送金額が減るかと思ったら、逆に資金流入は増えて、直接的な影響は軽微でした。

他方、アジア全体に対する間接的な影響としてはエネルギー・食料価格の高騰がありますが、域内では、お米の値段が安定しているというのと、世界のほかの地域に比べ、サプライチェーンが強靭だという側面があります。

ですので、この3つ目のリスクは、ほかの2つに比べれば、今のところ大きな影響をアジア経済に及ぼしてはいないのではと思います。

アジアは若干成長が加速?

ーーアジア経済全体の見通しはどうでしょうか?

アジアの開発途上国全体では、2022年に成長率が4.2%で、2023年は4.6%に若干成長が加速するという見通しです。

世界のほかの地域と比べると、経済成長とインフレの両面でより良い状況が見込まれますが、先ほどの中国・アメリカの下方リスクが顕在化したら、そこまではいかないかもしれません。

域内のエリアごとにみると、ばらつきがありますが、非常に好調なのが東南アジアや太平洋です。ワクチン接種が進んだのと、観光客が戻り始めていることで、とてもいい調子になっていて、東南アジアは2022年は5.5%、2023年は4.7%成長を見込んでいます。こうした地域の情勢にも注目しています。

ーーロシアのウクライナ侵攻から間もなく1年になりますが、食料不安の問題が続いています。ADBはどう対応を強化していきますか?

食料不安に対応するため、ADBは、2022年から2025年にかけて140億ドルを提供することを決めました。

これには、いろいろありますが、短期的なものとしては、たとえば、食料を輸入するために必要な貿易信用をADBがつけることで、食料輸入が滞らないようにするほか、貧しい人に食料を配ったり、補助金を出したりするときの財政資金をADBが融資する仕組みを使いやすくしたりしていきます。

長期的には、スマート農業や食料分配システムのデジタル化、自然と共生する農業を支援する取り組みなどを強化することにしていて、短期長期の両面で、食糧危機に対応していきたいと思っています。

石炭火力の早期引退促すしくみとは

ーーさらに大きな課題をつきつけているのがエネルギー問題です。気候変動対策や低炭素化への取り組みも急務ですね。

はい、ADBとしては、ここにすごく力を入れています。まず、2019年から2030年までの間に1000億ドルを気候変動ファイナンスとして融資しましょうということを決めています。年間84億ドルくらいになりますが、そのうち、気候変動が起こることを前提にした、堤防のかさ上げなどの適応策には、1000億ドルの3分の1にあたる340億ドルを回します。

また、エネルギーポリシーを見直して、新規の石炭火力発電所へは、ADBは一切融資を止めることとしました。天然ガスや石油のプロジェクトについては、化石燃料であることには変わりはないのですが、すぐに止めることは現実的ではないので、支援は厳格な審査基準を通ったプロジェクトに限って行うことにしました。

ADBは新規の石炭火力発電への一切融資を止めることにした(写真はイメージ)
ADBは新規の石炭火力発電への一切融資を止めることにした(写真はイメージ)

さらに、石炭火力発電所の早期引退を、具体的な資金メカニズムで促すということをやっていきます。

世界で初めてという信託基金のメカニズムを作り、各国政府からの無償資金を活用して、資金コストを下げ、すでに稼働している石炭火力発電所を原則一つ一つ購入していって、発電所に貸し付けられている融資を、低いコストの融資に置き換えていき、稼働期間を短くしても採算がとれるようにします。

今のところ、インドネシア、フィリピン、ベトナムを対象国として、それぞれの国に基金を設けます。

たとえば、30年間でこれだけのリターンが上がるという計算で石炭火力発電所を運営しているとして、同じリターンを30年かけないで回収できるようになると、早期に引退させることができるわけです。

これについては、インドネシアにある石炭火力を第一号として認定させることを決めました。このケースだと、15年間ほどの寿命の短縮で、自動車80万台分のCO2排出量削減の効果があると試算されています。

ーー気候変動対策でほかに大きなものはありますか?

はい、1000億ドルの気候変動ファイナンスの達成という目標を掲げましたが、各国に増資に応じてもらうのは、なかなか難しいのが現状です。

そこで、各国から保証を供与してもらって、その保障供与額の最大4倍の融資を気候変動対策に向けていくというようにしたいと思っています。各国政府が1ドルを保証してくれたら、ADBは4ドルまで気候変動対策にお金を出せますよ、というものです。

5月にADBの年次総会がありますが、そこで、このしくみを立ち上げたいと考えています。

ーーADBは財政支援を手厚くしていますが、開発途上国にとってはいずれ返さなければならないお金になりますね。

ADBが融資をつけると、彼らにとっては借金になるわけで、金利をつけて当然返さなければいけないわけです。中期的には、ADBや世銀の融資に頼るだけではなく、国内で税金をきちんと取りませんか、という話になります。

アジア諸国の税収の対GDP比率をみるとまだまだ低いのが現状で、国内税制を改善したり、徴税を効率化することで、税収を上げて、対外依存を減らしていくことが大切ですし、特定の政策目的に使える税もあります。

環境問題をファイナンスしようと思ったら、たとえば炭素税を検討するなどの話も広げていきたいと思っています。

今後もアジアは世界の成長センターになり、域外から多国籍企業がやってきて、経済活動をして利益を上げていくことになるでしょう。利益を上げるからには、適切な納税を、利益を上げたアジアの国で行ってもらうことも大事なことになります。国際課税の枠組みをアジア域内で広げていくことも重要な話だと思っています。
 

中国経済の減速など景気の下押しリスクが見え隠れし、食料や気候変動問題などでの課題が山積するなか、アジア経済の持続的成長に向けて、浅川総裁率いるADBに求められる役割が一段と大きくなる局面が続きそうだ。

(インタビュー:フジテレビ経済部長兼解説委員 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員