「主文、被告人を懲役20年に処する」。千葉県旭市の自宅で、夫の介護ベッドに放火し、寝たきりだった夫と息子を殺害したとされる女に対して、千葉地裁は、今月22日、有期刑としては最も重い“懲役20年”の判決を下した。

白髪交じりで、車椅子に座った女は、裁判長から主文を言い渡されると、小さくうなずき、言い渡しの途中では時折、ハンカチで目元を拭った。寝たきりの夫と息子の2人の介護の末に起こった壮絶な事件。その裁判を振り返りたい。

不自由な身体で 夫と息子の介護を

大橋とし子被告(66)は、去年11月17日、旭市の自宅で、夫の芳男さん(当時67)が寝ていた介護用ベッドに火をつけ、芳男さんと息子の芳人さん(当時32)を殺害した罪に問われている。

送検される大橋とし子被告(66)(去年11月)
送検される大橋とし子被告(66)(去年11月)
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芳人さんは、生まれつき脳性まひによる障害があり、生活全てに介助が必要だった。大橋被告自身も7年ほど前の脳梗塞の影響で、右半身が不自由の中、ほぼ1人で介護を続けてきた。

そんな中、去年3月、夫・芳男さんまでもが脳梗塞で倒れ、左半身に後遺症が残り、生活の全てに介護が必要となった。大橋被告は、自らも不自由な体で、夫と息子の“2人の介護”を余儀なくされたという。

火事がおきた現場(去年11月 千葉・旭市)
火事がおきた現場(去年11月 千葉・旭市)

その後、大工だった芳男さんの勤労収入がなくなって、家計が苦しくなり、預金も少なくなってきたことから、大橋被告は「夫と一緒に死ぬしかない」と考えるようになった。夫の芳男さんは、親戚に借金をすることなどを求めたが、大橋被告はこれを拒否。

そして、犯行当日、芳男さんの介護用ベッドの布団に灯油を撒いた上、火を放ったという。その結果、芳男さんは焼死、芳人さんは一酸化炭素中毒で亡くなったのだった。

生きたまま身体を焼かれる恐怖

これまでの裁判では、夫の芳男さんは自分が殺害されることを同意、または大橋被告が同意があると信じていて「同意殺人」が成立するのか。また、息子の芳人さんが死ぬことを認識した上で火をつけた「殺人罪」が成立するかが争われていた。判決で千葉地裁はいずれも弁護側の主張を退けた。

裁判長:芳男さんは、一緒に死ぬことを持ちかけられると、死なずに済む方法を提案したり、息子の芳人さんを巻き添えにする危険性を指摘して、被告人を思いとどまらせようとしていたことが認められる。

懲役20年の判決を言い渡された大橋とし子被告(イラスト:石井克昌)
懲役20年の判決を言い渡された大橋とし子被告(イラスト:石井克昌)

裁判長:本件当日も、同様のことを言って、被告人を思いとどまらせようとしていた上に、撒かれた灯油から逃げるような素振りをしていたのであるから、芳男さんは、被告人が自宅に火をつけた際、自分が殺害されることに、真摯に同意していなかったのは明らかである。被告人もこのような芳男さんの言動を認識していた以上、芳男の真摯な同意があったと誤信していなかったと認められる。

22日に行われた判決公判(千葉地裁)
22日に行われた判決公判(千葉地裁)

裁判長:当時、独力で移動することができない芳人さんが2階にいることを完全に忘れていたとは考えられないし、芳男さんの指摘を受け、自宅に火をつければ、2階に火が早く回って、芳人さんが火や煙に巻かれて死に至る危険性があることを認識していたと認められる。

検察側の求刑は懲役20年。千葉地裁は、その求刑をそのまま”採用”した形となった。判決では「その犯行態様は、生きたまま身体を焼かれるという甚大な恐怖や苦痛を与えながら確実に死に至らしめるもので、強い殺意に基づく極めて残酷な犯行。また、寝たきりで動けない状態の息子がいる状況で自宅に火をつけており、むごい犯行」と大橋被告を強く非難した。

「介護がつらかったことは一度もない」

一般的に、火や爆発物を用いた殺人は無期懲役から懲役20年の判決になることが多いようだ。検察側は論告で、「犯情は悪質であるが、犯行に至る経緯に、酌むべき点が全くないわけではなく、その量刑傾向の中では軽い部類である」などと主張していた。

“酌むべき点”とは、被告側に有利に考慮される事情のこと。今回の事件では「不自由な身体で2人を介護していた」ことが、これに当たる。

右半身が不自由な大橋被告は、送検される際も、足を引きずる様子が見られた(去年11月)
右半身が不自由な大橋被告は、送検される際も、足を引きずる様子が見られた(去年11月)

これまでも、老々介護などの “家庭の事情”により起きた「殺人」は、一般市民である裁判員にとって身につまされるケースも多いためか、刑が軽くなる傾向がある。執行猶予が付いた事件もあった。しかし、今回、「介護」が判決の情状酌量につながることはなかった。

裁判長:被告人は自らの右半身が自由に動かない状態で、寝たきりの夫と息子の介護を担っており、相当の肉体的、精神的負担があったことはうかがわれる。しかし、被告人は、2人の介護はつらいことではなく、犯行の動機とは関係ないと述べていることからすると、被告人のために酌むべき事情として考慮するのも限度がある。

大橋被告は、被告人質問で「介護がつらかったことは一度もありません。頑張ってやらなくちゃという気持ちだった」と介護のつらさが動機でないとはっきりと述べていた。

「生活水準を落としたくない」身勝手な犯行

犯行の動機について「お金」だったと話す大橋被告からは、経済的に困窮する中でも、「生活水準を落としたくない」という思いと、“見栄っ張り”で“頑固”な性格が垣間見えた。それは、裁判員も強く感じていたのではないだろうか。千葉地裁は判決でそのポイントも厳しく突いた。

大橋被告は、車いすに座ったまま、判決の言い渡しを聞いていた(イラスト:石井克昌)
大橋被告は、車いすに座ったまま、判決の言い渡しを聞いていた(イラスト:石井克昌)

裁判長:それまでの生活水準を落としたくないなどの考えから、収入を大幅に上回る支出を続けて生活資金を取り崩した上、見栄を張りたいという思いから、娘以外には誰にも相談せず、行政の支援も受けようとしなかった。犯行動機は身勝手かつ短絡的といわざるを得ず、放火をして2名の命を奪うという重い犯罪に及んだ意思決定は強く非難されるべきである。

その上で裁判長は「無期懲役刑の選択を視野に入れることも十分に考えられるが、動機に結びつかないとは言え、被告人の置かれた状況には酌むべき点が無いとは言えないことなどの事情が認められることから、有期懲役刑を選択した上で、その上限に当たる刑を科すのが相当と判断した」と判決理由をまとめた。

事件2日後、夢に出てきた夫

最後に裁判長が、「尊い命を、妻そして母親から奪われた、芳男さんと芳人さんの無念さには察するに余りあります。服役生活の中で、自分が犯した罪の重さに向き合い、2人の冥福を祈りながら罪を償うことを求めます」と声をかけた。すると、大橋被告はハンカチで涙を拭いながら、小さくうなずく仕草を見せた。

最後に、裁判長から説諭を受けると、大橋被告は、ハンカチで涙をぬぐった(イラスト:石井克昌)
最後に、裁判長から説諭を受けると、大橋被告は、ハンカチで涙をぬぐった(イラスト:石井克昌)

法廷では、終始、夫・芳男さんへの罪悪感を表さなかった大橋被告。長年、芳男さんの浮気に、怒りを覚えていたことも明らかにし、まるで、自らの犯行を”正当化”するような供述も聞かれた。そんな大橋被告が、被告人質問で、声を震わせる場面があった。

突然、事件の2日後に見た夢の話を始めたのだ。夢の中に、芳男さんが現れたという。「事件の2日後かな、『ママ、もう3人(子どもが)欲しかった』って。おかしいわよね。これまで(芳男さんの)夢なんて見たことなかったのに・・・」。事件から1年以上が過ぎ、重い判決を受けた大橋被告は、何を思うのだろうか。

(フジテレビ社会部・千葉県警担当 風巻隼郎)

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社会部
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風巻隼郎
風巻隼郎

1996年新潟県出身。
社会部で、司法クラブ検察担当、コロナ取材班、千葉県警を担当。
現在は、警視庁捜査二課・暴対課を担当。