2022年12月12日、日本国際博覧会協会がホームページ上で1枚の文書を発表した。
「会場整備にかかる工事等入札結果一覧表」…2025年に開催される大阪・関西万博の、博覧会協会発注の工事の入札状況をまとめたものだ。

これによると、メディアアーティストの落合陽一さんや映画監督の河瀬直美さんなどがプロデュースする5つの「テーマ館」のうち、3件が予定価格範囲内の入札なし。
残り2件は入札する企業自体がなかったという。つまりテーマ館では、これまでに発表された6件すべてが入札不成立という、困った事態となっているのだ。

博覧会協会が発注した他のパビリオンでは24社が、共同企業体(JV)を組むなどして落札している。これらの企業に接触を試みたところ、数社の建設会社が取材に応じてくれた。いずれも「会社名や担当区画を公表しないこと」が条件である。
万博工事はそんなに大変なのか?建設業界で起きていることとは?記者が“本音”を探ってみた。

万博工事に参加する理由…先にある“果実”
まず、建設会社が万博の工事を受注する理由とは何なのか。取材前は「社会貢献・地域貢献」などのフレーズを想像していたが、もっとビジネスライクだった。
建設会社A:社内の関心は高かった。何らかの形で関わることでPR効果もある。採算の問題など色々あるが、取り組みはしたいと思っていた
建設会社B:コマーシャル効果とネームバリュー。万博でモノを造ったということには宣伝効果がある
万博でパビリオンを手掛けた、中でも難しいデザインを完成させたとなると、顧客や建築業界に技術力を示すことができる。であれば、デザイン性の高い「テーマ館」などは企業PRに打ってつけだと思うのだが…話はそう簡単ではないようだ。

相次ぐ入札不成立…企業が“集まらない”ワケ
例えば落合陽一さんがプロデュースするテーマ館は、湾曲した鏡を組み合わせたデザインが特徴である。でも企業は集まらない。どうやら、技術力に不安があるから参加しないというわけではないようだ。
建設会社B:社内に建築の専門家がいるが、デザインを見て「この額でできるのか」という声がある。デザインが複雑で工期が厳しく、価格高騰も厳しくなるだろう。だからテーマ館の入札には参加していない。宣伝効果があるから、デザイン性が高いものを本当はやりたいんだけど、そこまで冒険はできない

それならば、予算をグンと増額すれば良さそうだが、それでも難しいという。実は、万博のパビリオン建設は開催初日の2025年4月13日に間に合えばいいというわけではない。多くが前年の2024年中、それも5月や9月など早い時期の完成が求められている。
完成後も様々な準備やチェックがあるからだ。どこかの国のオリンピックのように「開催してもまだ工事中」なんて絶対にあり得ない。これが大きなネックのようで…。
建設会社A:完成時期は変えられない。万博は、短期間でまとめて発注がある。準備できていない状態で手を挙げると、施工ができなくなる
建設会社B:万博はいっぺんにモノを造るから、建設機械も職人も足りなくなる。こういう島での工事で、資材や職人の輸送手段はどうするのか。職人の宿舎は島内にも造るんだろうけど、市内の宿舎からも輸送するだろうし。それでも設計・施工・解体まで期限がバチバチに決まっている。「赤字になってでも」とは思わないが、覚悟が必要な仕事だ
とりあえず費用だけでもどうにかしようと、基本設計でのコストダウンに取り組んでいるようだが、なかなか厳しいようだ。
建設会社A:(担当区画の)予算の金額はウクライナ侵攻前に決まった額で、もともと厳しい。コストをあわせて行こうとするが、うまくいっていない。こちらのコストダウン案を認めてもらえなければ、金額自体を増額できるよう協会と交渉するしかない

「気合で突貫工事」は…もうできない“業界の今”
1970年の大阪万博では、食事も寝る間も惜しんでの「突貫工事」があちこちで行われたという。昭和の時代は他にも、着工から5年あまりで開通した東海道新幹線や、完成までの日数から「1000日道路」と呼ばれた名阪国道など、全国から職人たちをかき集めての突貫工事が当たり前のように行われていた。まさに「気合」で何とかしていた時代だ。今はどうなのか。
建設会社B:求められているものが当時と真逆。今は「働き方改革」だ。これまでは労働時間に特例があったが、上限規制の施行までに業界全体が変わらなければならない。日建連は「4週8閉所」、つまり4週間のうち8日間は工事現場自体を止めましょうと言っている。うちも会員社だし「寝ずに働け」なんて言えない。今までは現場監督が2人でよかったところが4人になったりするし、生産性はどうしても落ちてしまう
建設業の労働時間は2024年4月から上限規制が設けられる。時間外労働は年360時間(特別条項=労使合意で年720時間)までとなる。また業界団体の日建連(日本建設業連合会)では、週休2日制の徹底を目指して、工事現場自体を4週間で8日間閉じようという呼びかけを行っている。過労による事故を防ぎ労働者の安全を確保するだけでなく、「休める業界」だと知ってもらって若者の確保を目指す狙いもあるのだ。
一方、1人あたりの労働時間短縮で、万博工事にはこれまで以上に人手がかかる。建設会社社員は他の仕事で手一杯だし、現場の職人も契約金額を上げないと集まらない。しかし予算は厳しいままという、「負のスパイラル」に差し掛かっているのだ。

万博成功に向け…求められる「決断と説明」
大阪・関西万博の総予算は1850億円である。計画のままでは足りないからと無尽蔵に膨らんでいくのはいただけない。この総予算について、大阪市の松井市長が強いこだわりを見せている。
大阪市 松井一郎市長:こちらとしては高い品質のものをできるだけ安い値段で、と考えている。実際に施工するとなると、高いレベルの品質を求められると、その値段じゃ無理ですよと。総予算が1850億円あるから、そこに収められるようにお互い知恵を振り絞っていこうと

総予算の中でやりくりして、本当に必要なところにお金を入れ、削れるところを見つけていくことが理想だ。ただ必要なところのお金が不足すれば、質の低いものが出来上がってしまい、「日本の力はそんなものか」と世界に思われてしまう。
今、現実的なところまで質を下げるか、金額を上げるかの二者択一を迫られている。「この額でやれ」と押さえつけたり、評論家っぽく振舞ったりするだけでは上手くいかない。誰かが決断しなければならない場面がやって来ている。そして金額が上がるのなら、税金を使う以上はしっかりとした説明が求められる。
取材した建設会社からは、「役所と企業からの寄せ集め組織だから…」と、博覧会協会の意思決定スピードを不安視する声も聞かれた。万博の成功を本気で目指すのなら、今こそリーダーシップを発揮する人が必要だ。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年12月15日放送)