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今回は精神医学の名医、順天堂大学附属順天堂医院メンタルクリニックの加藤忠史(かとう・ただふみ)医師が、躁状態とうつ状態を繰り返す「双極性障害」について徹底解説。

適切な治療を受けないと再発しやすい双極性障害の原因や治療法、また身近な方が罹患した場合の注意点についても解説する。

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双極性障害とは

双極性障害とはハイな状態、すなわち躁状態または軽躁状態と、うつ状態を繰り返す病気です。その中には、躁状態を呈する「双極I型障害」と、軽躁状態とうつ状態を示す「双極II型障害」の2種類があります。

通常、病気というのはだいたいどれも苦しいものですが、躁状態の患者さんは困るどころか、“今までの人生の中で最高の時だ”という風に思っている場合があります。しかし結果的に周りの人を大変困らせてしまったり、ご本人が後で非常に悔やむようなことをしてしまう。

そして軽躁状態の方は、ご本人も困っていないし周りの人も困らない、その程度であればこれは本当に病気なのかと思うぐらいの状態ですが、普段のその方とはやはり全く違う、というのが軽躁状態です。

ですので、躁状態を伴う双極I型の場合には、うつ状態があってもなくても双極I型障害と診断します。この“躁状態”が現れてくることが非常に大きな特徴です。

一方、双極II型障害の場合は、ご本人が困っているのは主にうつ状態の方です。

しかし、うつ状態しかないうつ病の方に比べると、軽躁状態になったことがある方は、再発を繰り返すことが多い。再発を予防しなければならないということで、うつ病と区別されています。

双極性障害はだいたい100人に1人弱ぐらいがかかる病気ですので、お知り合いの中に一人もこの病気の方がいらっしゃらないことはほとんどないと考えていいかと思います。

発症年齢としては10代後半から20代までが多くて、平均23歳ぐらいかなという感じです。

研究の結果では、特に双極性障害にかかりやすい性格というのはなさそうだという結果となっています。

双極性障害の症状

躁状態というのは、とにかく気分が高ぶって、高揚して、爽快な気分になるということです。突然人が変わったように活発になって、非常に多弁になって、寝ないでも平気でしゃべり続ける。次々と新しいアイデアが湧いてきて、とにかく活動し続けてじっとしていられないということです。

一方、うつ状態というのはとにかく気分が鬱陶しくて、一日中いやな気分が毎日毎日2週間も続く、そのような状態です。自分が一番好きなことにすら興味が持てなくなってしまって、どんなに良いことがあっても、嬉しい・楽しい・面白いというふうに思えなくなってしまう、そんな状態です。

双極性障害は、こういった躁状態あるいは軽躁状態と、うつ状態を繰り返す病気ですが、治療せずに放っておくとどんどん再発の間隔が短くなっていって、さらに再発しやすくなってしまうという特徴があります。

双極性障害の原因

双極性障害の原因としては、ゲノムが一番大きな要因となります。よく“遺伝子”と呼ばれていたものですね。ただ、遺伝する病気かというとそれはちょっとまた違います

確かにゲノムというものは、父親から半分、母親から半分をもらったものですが、受け継いでいるものだけじゃなくて、新たに生じた突然変異も病気の発症に関わっていることがわかってきています。

双極性障害のかかりやすさには、7~8割方はゲノムが影響していると考えて良いと思います。残りの2割ぐらいは環境因ということになります。

一般的にはストレスが精神疾患の原因じゃないかと思われる方が多いかと思いますが、おなかの中にいた時にお母さんがウイルス感染をしたとか、周産期障害があったとか、お母さんがタバコを吸っていたとか。

あるいは生まれてからしばらくの間に虐待を受けたとか、そういった養育の要因、早期の要因というのが多く関わっています。

ゲノムの中でどんなものが関わっているかと言うと、細胞の中のカルシウムというイオンを制御するような遺伝子が関係していて、そのために細胞が興奮しやすくなってしまう。

興奮しやすくなるといっても「てんかん」のように、脳が一気に同期して発火してしまうということではなくて、感情に関わる神経回路が少し過活動になってしまうことによって、情動と認知のバランスが情動側に傾いてしまっている、そのような病気ではないか考えられます。

双極性障害の治療

双極性障害の治療においては、薬物療法心理社会的治療、この2つが車の両輪のようなものとなります。

薬物療法としては、「気分安定薬」と呼ばれる薬が使われます。代表的なものがリチウムという薬です。その他に「ラモトリギン」「バルプロ酸」「カルバマゼピン」といった、通常「抗てんかん薬」と言われる薬も、気分安定薬として使われます。

その他に、第2世代の抗精神病薬と呼ばれる薬が治療に使われます。こういった薬を、長期にわたって服用して予防していくことが多いです。

こういった薬を使うことに加え、心理社会的治療としてはどんなものがあるかというと、1つは「社会リズム療法」です。双極性障害というのは、例えば、たった一晩の徹夜で急に躁状態になってしまうといったことがあります。

ですので、生活のリズムを一定に保つことがとても重要です。

それから「認知行動療法」といった治療法もあります。乱れてしまったバランスを認知の側に引き戻すということによって、情動と認知のバランスをより正常化する、そのような治療法ということができます。

身近な方が罹患した場合

ご家族の場合と、職場の方・友達といった場合でだいぶ変わってくるかと思います。

特に躁状態の場合は、ご本人は最高の状態だと思っているにもかかわらず、周りに大変な影響を与えたり、ご本人が後々不利益を被ってしまうようなことがありますので、場合によっては、ご本人が嫌だと言っていても入院が必要になる可能性もあるんですね。

その場合にはやはりご家族が関わらないと、そういった治療ができないわけです。

ですので、まずはご家族と連絡を取って、“○○さんがいつもとは全然違う状態だ”ということを知ってもらって対策を一緒に練る、というようなことになると思います。

そして、周りの人が双極性障害だといっても、その方がすでに治療している場合は、またちょっと違う対応が必要になると思います。

その方はご自身で病気だということを理解して病院に行って、お薬を飲んでいらっしゃるかもしれない。そういった方に、周りから「こんな医者がいるよ」とか、「こんな薬があるらしいよ」「こんな風にしてみたら」と言うのは、場合によってはその人を惑わせてしまうことにもなりかねない。

双極性障害にかかって、治療して落ち着いている方にとって必要なのは、“差別なくいつも通り近くにいてくれる”こと。いつもと同じようにそばにいるということが、何より一番大事なんじゃないかなと思います。

双極性障害との向き合い方

双極性障害という病気は、治療ガイドラインもしっかり整っていて、だいたいこういう治療をすべきであるとはっきりしている病気なんです。いろいろある病気の中でも、比較的コントロールしやすい病気であります。

ですので、“かかった場合には治せばいい”と考えて気持ちを切り替えていただいて、そしてお薬を飲んでいれば特に再発しないという状態であれば、ほぼ直ったと考えてよいと思います。

この病気にこだわらずに人生を楽しんでいただけたらいいんじゃないかなと思っております。

加藤忠史
加藤忠史

順天堂大学医学部精神医学講座/大学院医学研究科精神・行動科学 主任教授

1988年 東京大学医学部卒業。同附属病院にて臨床研修
1989年 滋賀医科大学附属病院精神科助手
1994年 同大学にて博士(医学)取得
1995~1996年 文部省在外研究員としてアイオワ大学精神科にて研究に従事
1997年 東京大学医学部精神神経科助手、1999年同講師
2001年 理化学研究所脳科学総合研究センター(2018年より脳神経科学研究センター)精神疾患動態研究チーム チームリーダー
2020年4月より現職(順天堂大学医学部精神医学講座/大学院医学研究科精神・行動科学 主任教授)
2020年9月 順天堂大学気分障害センター センター長