ウクライナ情勢を受けて、EU=ヨーロッパ連合がロシアからのガス輸入の依存度を下げるなか、ヨーロッパ各国は冬に向けて様々な節電対策を打ち出している。
フランスのパリ市は全体で10%の節電を行うと発表。市が運営する建物や施設の温度設定を従来の19度に下げたほか、エッフェル塔のライトアップの消灯時間を早めた。市民生活や観光業にじわりと影響が出始める一方、意外な現象も起きている。

ウェットスーツの売上は20%増
節電の影響は思わぬところに波及している。パリ郊外にある屋外プールでは、これまで水温を26度に保っていたが、節電対策で温めるのをやめた。代わりに利用者はウェットスーツを着ることが義務づけられている。

取材した10月の水温は19度。膝下まで浸かっただけでも十分に冷たかった。ウェットスーツに身を包んだスイマーたちに話を聞くと、節電対策を歓迎する声が返ってきた。
「プールを温めないことはとてもいいことです。環境の面で正しい判断だし、ウェットスーツさえあれば問題なく泳げます」
「対策は当然です。環境やエネルギー費を考えたら贅沢すぎますよ」
プールの管理者によると、この対策でガスの消費が例年の約半分にまで節約できたという。

こうしたプールが出現したほか、パリ市が屋内と屋外のプールの水温をそれぞれ1度下げる対策をとったこともあり、いまウェットスーツの売り上げが伸びているという。

パリ市内にあるダイビングショップでは、この時期、フランス全土で売り上げが20%増加し、パリ周辺だけを見れば27%増えた。普段と違い、海ではなく、プールに行くために購入する客が目立つという。仕事の途中、昼休みを利用してプールに行く人も多いようだ。
店の責任者は、「プールの水温が下がっても、人は気持ちよく泳ぎたいのです」と笑いながら話す。
街の灯りを消すパルクール集団
あちこちで節電が呼び掛けられるなか、街の灯りをアクロバティックに消して回る若者の集団が注目を集めている。

深夜1時すぎのパリ中心部のオペラ地区。バク宙をしたり側転をしながら建物の外壁の高い位置にあるネオンのスイッチに飛びついて灯りを消すその様は、実に軽快で華麗だ。

集団の名前は「オン・ザ・スポット・パルクール」。パルクールとは走ったり飛んだり登ったりする動きを通じて心身を鍛えるフランス発祥のアーバンスポーツで、オリンピックの新競技の候補としても注目される。
メンバーは16歳から36歳までの約20人で構成され、学生やエンジニア、医者など職業は様々。日頃は純粋にパルクールを楽しむ集団が、身に付けた技を駆使して、壁に飛びついたりよじ登ったりしながら、建物の外壁にあるネオンのスイッチを次々と消していく。

「皆が節電を心掛けている時に、一晩中灯りが点いているのはちょっと残念なことだから」と語るのはリーダーのケビン・ハさん。
活動の背景にあるのは、フランスで4年前に定められた節電ルールだ。午前1時から6時までの間、店舗の看板やショーウィンドーの灯りを消さなければならない。しかし多くの店がこれを守らず、パリ中心部でも夜間に看板が煌々と灯っている店舗が複数ある。そこで、これらの灯りを消そうと、「オン・ザ・スポット・パルクール」は2年前から活動を始めた。
そして今、ガスの供給制限によってさらなる節電が求められる中、彼らの活動が注目を集めるようになったのだ。私たちが取材した日もスペインとノルウェーのテレビ局が取材に来ていた。

「私たちは環境活動家ではありません。やっていることは、いつものトレーニングです。 友人と集まり、夜のクールなパリを楽しむのです」とケビンさんは話す。
確かに、灯りを消すだけではない。工事の足場が組まれていればよじ登ったり鉄棒代わりにぶら下がったり。気付けばバス停の屋根に座っている者がいれば、道路上で倒立をし始める者もいる。深夜の人気がなくなったパリの中心部で、彼らは自由に伸び伸びとトレーニングをしているのだ。
最後に今後の活動予定を尋ねると、ケビンさんは次のように答えた。
「私たちはパリの全ての灯りを消すつもりはありません。 しかし大事なのは私たちがやっているように、誰もが自分のレベルで正しい行動を実践することで、この運動に参加することができるということです」
一人一人ができること・・・政府推奨の節電対策
ルイ・ヴィトンやカルフールなど大手企業もそれぞれの節電対策を発表するなど、国内で大きな課題となっているエネルギー問題。
フランス政府は、暖かい服を着るよう推奨していて、マクロン大統領もタートルネック姿の動画をSNSに投稿した。
また政府は、シャワーを5分以内で浴びることや石鹸、シャンプーを使う時はお湯を止めることを勧める。また調理の際は鍋にフタをしたり、夜間は厚手のカーテンを使用することなどを推奨している。

冬を彩るシャンゼリゼ通りのクリスマスイルミネーションも、今年は点灯期間や時間が短縮される。コロナから徐々に回復しつつある矢先に何とも寂しいが、このエネルギー危機を乗り切るため、いま一人一人ができる工夫や取り組みが求められている。
【執筆:FNNパリ支局長 山岸直人】