予期しない妊娠や経済的な問題を抱えるなどして、妊娠中から支援が必要とされる妊婦のことを「特定妊婦」という。中には誰にも相談できず1人で出産し、そのまま赤ちゃんを遺棄してしまう事件も起きている。

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ひとり悩み孤立してしまう女性たちを救うための施設が、神戸にある。
身寄りのない妊婦が安心して出産し、産後までさまざまなサポートを受けられる「マタニティホーム」。全国でも初となる“公的な支援”を受けた運営が、新たに始まっている。

目をそらし続けたらなかったことに

マタニティホーム「Musubi(ムスビ)」で過ごしたあけみ(仮名・20代)。彼女もまた、身寄りのない孤独な妊婦としてここを訪れた。

(Q.相手は分かっている?)
あけみ:
分からないですね、なので、なおさら他人にも相談できなくて、一人でぐるぐるぐるぐる…怖かったですね

妊娠が分かったとき、あけみは風俗の仕事をしていた。手持ちのお金も、住む家もなく、ネットカフェを転々とする毎日。相談できる家族や友人はいなかった。

あけみ:
そんなわけないのに、目をそらし続けてたら(妊娠が)なかったことになるんじゃないかって不思議な思考に、あのときはなって。見ぬふりをしていた。「ほっといたらどうにかなればいいのにな」って考えがすごくあったんですけど、そんなことになるわけがないので、このままじゃまずいなって感じで、いろいろホームページで調べ始めた

12月の真冬の日に、夏服を着たまま、ひとり「小さないのちのドア」をたたいた。すでに臨月だった。スタッフに付き添われ、病院を初めて受診した。

間もなく、元気な男の子を出産。ただ、経済的に、また自身の性格を考えても、自分には育てられないと感じた。生まれた子の将来を考えて「特別養子縁組」することを決断した。
Musubiのサポートを受けて、男の子は退院してすぐ別の夫婦のもとへ引き取られた。

あけみ:
病院でその子と別れて、ここで療養させてもらってる間、最初の3週間くらいかな、なんか訳も分からず涙が出てきて、自分でもびっくりするくらい急に大粒の涙がこぼれたりとか。最初はもう感情ぐちゃぐちゃになってたので、それこそ夜に“ウッ”て来た時に、ここのスタッフさんにお話聞いていただいたりとか、要所要所でケアしてくださっていたので、ちょっとずつ気持ちが、落ち着いて整理できてきたかな

神戸にあるマタニティホームMusubiは、住む家や居場所がない妊婦のための施設だ。
産前から産後までを過ごすことができ、助産師と保健師が病院や行政機関への付き添い、仕事や家探しの支援も行う。

「小さないのちのドア」のサポート

Musubiを運営するのは、24時間体制でさまざまな事情を持つ妊婦の相談にのる「小さないのちのドア」。代表の永原郁子さんが、コロナ禍で身寄りのない妊婦を助けたいと寄付を集めて建てた。

Musubi 永原郁子代表:
(2020年)5月の最初の緊急事態宣言のときに、相談がぐんと上がりましたので。相談が上がったということは、その数カ月後には臨月を迎えて困る妊婦さんがきっといるはずと思って、着工を。今までも大変なことを経験してきたのは分かるのですが、今まではなんとか自分でしてこられた、でも妊娠したら自分でどうすることもできない。働くこともできない。収入が得られない。おそらく人生で一番大変な状態で来られると思う。その傷を癒すのにしばらくかかって、コミュニケーションを取りながら。そしてお産が必ずありますので、お産のときは最大限、病院の同行支援から退院のお迎えまで。あとはゆっくり実家のように過ごしてもらう。そういうやりとりをするので、普通の人間関係より密接な関係が築けますね

予期していない妊娠や経済的な問題などで、妊娠中から支援が必要な妊婦のことを「特定妊婦」という。多くは家族と疎遠だったり、周りに相談できない事情を抱えたりしていて、病院に行かないまま1人で出産し、中には子供を遺棄してしまう事件も起きている。

「小さないのちのドア」の無料相談にも、孤立する妊婦や女性から助けを求める声が毎日寄せられている。

LINEで寄せられた相談:
夜遅くにすいません、未成年ですが大丈夫ですか?まだ、分からないのですが妊娠してる可能性が高いと友達に言われました。この年齢で産むと死んだりするってことが怖くて、でも産みたいんです、どうしたらいいですか

「小さないのちのドア」の返信:
妊娠してるかもと思うと不安になりますよね、私たちでお力になれることがありましたら全力でサポートさせていただきます

永原さんたちが続けているのは、相談を受けてから出産、産後に至るまでの切れ目のない支援。その運営の多くは「寄付」で賄われてきた。

この取り組みについて兵庫県は、「モデル事業」と認定。6月からは県が「小さないのちのドア」に事業を委託する形で運営することになった。県営住宅への入居や県内の企業への就職もできるようになる。

兵庫県 斎藤元彦知事:
さまざまな事情で苦しい立場に置かれている妊産婦さんへの支援の取り組みを見させていただきまして、一人でもサポートすることの大事さをよく理解させていただいた

Musubi 永原郁子代表:
お困りの方は、妊娠したこの期間だけなんですよね、そこを乗り越えたら、就職先さえ決まれば、自分で自活できる方も多いので、本当に期待感いっぱいでありがたいなと思ってます

第二の人生の始まりへ

あけみも出産後、Musubiで過ごしながら、生まれて初めての就職活動をした。そして、県内の企業に就職することができた。半年間過ごしたMusubiを去り、今は、自分でアパートを借りて1人暮らしをしている。

あけみ:
全然違う仕事を始めたっていうのもあって、毎日慣れないことしているからものすごい疲れてるのと同時に、充実感もある。一日一日、教わりながらでも自分一人でできることがちょっとずつでも増えたら、『やったー』ってなりますし、楽しいかなって。スタッフと話してるときに言っていただいたんですけど、本当に第二の人生というか、新しく今から切り開くんだよということを言っていただけて、前向きになれたかな

Musubiの存在に救われたと話すあけみ。ひとつ目標ができたという。

あけみ:
その子のご両親は向こうの2人だと思ってるんですけど、なんだろう、うまく言えないけど、あくまで自分の心の中での話ですけど、この先、私がちゃんとしていって、その子に対して誇れる自分でありたいなーみたいな、ぼんやりしたことを考えていますね

屈託のない笑顔でそう話すあけみには、もはや孤独という不安はない。

Musubi 永原郁子代表:
来られたときの様子を覚えていますのでね、本当にここまで来て良かったねっていう思いと、しんどいことがあったからこそ、こんなに素晴らしい人生を得られたんだというように変えてほしい、人生を歩んでほしいと応援ですね。本当にこれを始めて良かったなって、命が守られたなという方が何人もいらっしゃるので、ここを思い切ってつくって良かったと思っています

赤ちゃんの、そして母親の、いのちや人生も、守る。
安定して支える仕組みづくりが全国に広がることを、永原さんたちは願っている。

【小さないのちのドア】
TEL:078-743-2403
Email:inochi@door.or.jp
LINE ID:@inochinodoor

(関西テレビ「報道ランナー」11月1日放送 記者:加藤さゆり)

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