「茨城県って魅力度ランキング最下位じゃないですか」と笑い飛ばしながら、匠が見せてくれたのは1枚の写真でした。
この記事の画像(8枚)「これは、うちで働く海外からの実習生が撮った、農園から見える朝日。きれいでしょ?身近にあったのに、俺らは“いつもの場所”としか思っていなくて。農業も同じじゃないのかな。農業も本当はとても魅力があるのに、それを伝えきれていないことによって農業をやりたいという若い人が少ないんじゃないかなと思うんです」
茨城県鉾田市のイチゴ農家・村田和寿さん(53)。
鉾田市に生まれ、父から畑を譲り受けて21年。都内の一流ホテルのパティシエから指名を受けるなど、数々の食のプロたちを魅了する『村田さん家のいちご』をつくる匠です。
しかし…「うちは元々メロンだったんです」
村田さんがイチゴをつくる茨城県は、23年連続で全国1位に君臨するメロンの名産地。中でも質と量、共に兼ね備えているのが「鉾田市メロン」。
そんな全国に誇るメロンの名産地で、なぜイチゴの匠が誕生するに至ったのか。その始まりはメロン農家ならではの“ある事情”でした。
「メロンの名産地」でイチゴを始めたワケ
「メロンを育てていると冬って何にもやることがないんです。そこで何か別の作物を収穫できればいいよねって。二期作を始めるなら何があるかなって考えたらイチゴだっただけの話」
少しでも収入の足しになればいい。そんな軽い気持ちで始めたイチゴだったはずが…
「メロンの時期なのに…村田さん家、まだイチゴ作ってるよって」
いとも簡単に、イチゴの沼にハマってしまったのです。
イチゴに専念して18年…
「イチゴって色々なところで主役にもなれるし、お客さんみんなを笑顔にできると思うんです!赤色はイベントにも強いですし」
たしかに私も、イチゴが家にある日は、なんだかいつもよりハッピーですが…驚くほどピュアでストレートな理由に、思わず突っ込みそうになりました。ですが、地元が誇る名産品から舵を切ることは容易なことではなかったといいます。
いかにお客さんに愛されるイチゴを作るか、毎日がその戦い。葛藤の日々が続く中、何よりも村田さんをここまで突き動かした原動力…
それは、32歳で父から代を引き継いだある日、父からぶつけられた言葉にあったのでした。
村田さんを本気にさせた父の言葉
土の分析をせず、資材などを売る業者に言われるがまま、新しい堆肥を土に混ぜてしまった村田さん。その時を、こう振り返ります。
「たった1回、その堆肥を入れただけで、“味がしない最低なイチゴ”ができました。見た目は大きくてツヤツヤしていたけど味がしないんです。」
畑を訪れた業者から購入した堆肥が土壌に合わず、土のバランスが崩壊。その失敗は、購入したお客さんからも美味しくないと厳しいご意見が来るほどだったのだとか。
「オタクの資材でこんなんなっちゃった!」村田さんが業者に怒りをぶつけたその時…近くでそのやりとりを聞いていた父にこう言われたのだといいます。
「お前が悪いんだろ!相手は売りたいんだもん何でも言うよ。それを判断できなかったお前の責任だ!」と。
「自分はお客さんに本当に美味しいものを届けたい、これは本気で土の勉強をしなければならない」
こうして匠は生まれました。
この大失敗を忘れないため、この時お客さんから届いた厳しいご意見が書かれた手紙を今でも大切にしまっています。
「作物は人の足音が大好き」母の思いを受け継いで始めた日課
茨城県鉾田市は全国で7番目に養豚生産が盛んな地域。そんな地元の堆肥をうまく活用し、大切なイチゴが1番美味しくなる土を求め、細かく土壌を分析する日々。また、『イチゴは水商売』と言われるほど水のやり方一つで味が良くなったり量が取れたりすると村田さんは言います。
こうした毎日の様々な作業の中で、村田さんにはずっと心に留めている言葉が。
「うちのお袋によく言われていたんですが、『作物は人の足音が大好きなんだ』と。足音で肥料になるわけではないですけど、でも行けば気が付くことがいっぱいあるんです」
朝、畑を一回りしてからミーティングに備えるのが村田さんの毎日の習慣になっています。
今では一流ホテルも惚れ込むイチゴを作る村田さん。ところが…
「天候によってどうしても納得できないイチゴもできるので、そこをなんとかしたいですよね。香りも味も、あとはハリだったり。イチゴって1年に1回しか作れない。だからまだ35回しか作ってないんです。そう考えるとまだまだ。笑」
今に満足せず、常に高みを目指す気持ちがあるからこそ、匠なのかもしれません。
目指すは「かっこいい農業」
そんな村田農園にはこんな理念があります。それは『かっこいい農業をすること』。
村田さんはかつての自分は、“農家”に憧れを抱いたことはなかったと振り返ります。しかし、月日を重ねる中で、イチゴという作物に魅せられ、この土地の魅力に気づき、いつしか農家としてのあり方を追い求めるようになったのだとか。
8日に発表された2022年の「都道府県魅力度ランキング」で、茨城県は全国46位に。2021年の最下位から順位を1つ上げました。
「俺たちがかっこいいことをしていれば子供たちが農業に憧れる。だから、かっこいい農業を目指したいんです」
今年もクリスマスまで2カ月半ほど。
ケーキの主役として、多くの人を笑顔にするために。その思いを胸に、匠は今日も朝から畑で足音を鳴らし続けています。
【取材・執筆 フジテレビアナウンサー永島優美】
朝の情報番組MCを続ける中、体のためにフルーツを食べることがルーティンに。そんなフルーツの魅力を知りたい・伝えたいという思いから、2022年8月に「果物インストラクター」「オーガニックフルーツソムリエ」の資格を取得。