10月2日は、南米政治の転換点となるかもしれない。任期満了となる現職・ボルソナロ大統領(自由党)が再選を目指すブラジル大統領選だ。

12人の候補者が立候補する中、現時点では左派(労働者党)のルラ元大統領が支持率でトップ。1回目投票で過半数を取る候補がいなければ、30日、上位2名による決選投票が行われる。劣勢のボルソナロ氏は、「直前・巻き返し作戦」に奮起だ。

9月20日、アメリカ・ニューヨーク。国連総会で各国首脳が終結する中、マンハッタン中心部では“カナリア・イエロー”のシャツに身をまとった集団が大声を挙げ盛り上がっていた。「シュラスコ(ブラジル名物の肉料理)」専門店に、国連での演説を終えたボルソナロ氏が支持者と昼食会を行うという情報を同僚から得て、筆者はそのレストランに向かった。

ボルソナロ氏との昼食会に参加予定の支持者(米・ニューヨーク)
ボルソナロ氏との昼食会に参加予定の支持者(米・ニューヨーク)
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「神話!神話!」の大合唱 トランプ氏との類似点 

ボルソナロ氏が昼食会に招いたのは、アメリカ在住のブラジル人。100人近くはいるように見えたが、全員が熱狂的なボルソナロ支持者だ。まるでスポーツ選手を応援するように大合唱していたのは、ボルソナロ氏の名前だけではない。「MITO!MITO!」のかけ声だ。どんな意味なのだろう。「MITO」と書かれた帽子をかぶっている男性に聞いてみた。

「MITOはレジェンド、神話という意味。(筆者:なぜ神話なのですか?)ボルソナロはこれまでの政治家と違うからだ!まるでトランプのように!」(米国在住ブラジル人)

MITO(神話)と書かれた帽子をかぶる男性

在外投票をする支援者にまで“神格化”されていることも、やはり“あの人”を想起させる。

ボルソナロ大統領といえば、2019年の就任前から「ブラジルのトランプ」の異名を取ってきた。

たとえば、

●銃の携行に向けた規制を緩和する大統領令を発出
●「コロナは風邪だ」と主張。2020年、自身がコロナに感染したことを発表する会見で、記者の前でマスクを外す
●ワクチン接種を拒否(2021年の訪米当時、ニューヨークで店内飲食する際はワクチン接種証明提示が義務づけられていたものの、これを無視して飲食)

大統領としての4年間での政策や過激な発言を振り返るだけでも、アメリカのトランプ前大統領を彷彿とさせる。

トランプ前大統領とボルソナロ大統領(2019年6月)
トランプ前大統領とボルソナロ大統領(2019年6月)

アマゾン火災めぐるゴタゴタと“釈明”の国連演説

そして、トランプ氏のように「環境対策に消極的」というイメージも定着している。

2019年には、アマゾンの大規模森林火災発生を受け、G7=主要7カ国首脳会議で拠出が決まった約21億円の緊急支援について「植民地主義的だ」として拒否。(その後一転、受け入れを表明)             

そもそもこの火災は、森林伐採を推し進めるかのようなボルソナロ政権の政策によるものではないかとの批判を受けていた。しかし3年たった今、その「アマゾン」をめぐる“釈明”ともとれる発言をしていることが興味深い。

前述した今年の国連総会演説で、ボルソナロ氏はこのように発言している。

「西ヨーロッパに匹敵する面積のブラジル・アマゾンでは、80%以上の森林が手つかずのまま残っています。メディアによる報道とは異なります」。

国連総会で演説するボルソナロ大統領(9月20日)
国連総会で演説するボルソナロ大統領(9月20日)

対立候補は“泥棒”

このほか国連演説では、「私の政権では、国内に存在する組織的な腐敗を根こそぎ取り除いた」など、国内での自らの功績アピールに腐心し、“外交舞台にそぐわない”との批判も浴びている。

この「腐敗」というキーワードは、今回の大統領選挙でボルソナロ氏をリードするルラ元大統領に向けた言葉と受け取れる。ルラ元大統領は、南米史上最大の汚職事件に関与したとして2017年に有罪判決を受け、収監された。(のちに有罪判決は取り消され、被選挙権が回復)

左派(労働者党)候補のルラ氏
左派(労働者党)候補のルラ氏

このため、今回ボルソナロ陣営にとって「脱汚職・脱腐敗」が相手への攻撃材料となっている。前述したニューヨークでの食事会の出席者によると、ボルソナロ氏はルラ氏のことを「泥棒」と表現したようだ。

ニューヨークだけにとどまらず、エリザベス女王の国葬に出席した際にも、イギリス在住のブラジル人支持者向けて選挙活動ともとれる演説を行い、「公費で訪英したのに選挙活動するとは何事だ」との批判を受けている。

挽回策はタクシー運転手への“バラマキ”作戦

なぜ外遊中にも必死に選挙活動をするのか。理由は冒頭で述べたとおり、劣勢だからである。

最新の世論調査によると、有効票のうちルラ氏(52%)がボルソナロ氏(35%)と、優位に立っている(メジア・エスタダォ・ダドスの平均)。両者の差は一時縮まったとはいえ、1回目でルラ氏が過半数を得て決着がつくのか、決選投票に持ち込まれるのかは、無党派層の動向次第のようで、評論家のあいだでも見通しが分かれている。

ブラジルで選挙活動をするボルソナロ氏
ブラジルで選挙活動をするボルソナロ氏

ではなぜ、ボルソナロ氏が劣勢なのか?一つの理由としては、ルラ氏のカリスマ性によるところも大きい。労働者出身で、今回の候補者の中で唯一学歴がない。大統領時代には、リオ五輪招致に成功したなどの経歴を持つ。

しかし一番の大きな理由は、ボルソナロ政権下での新型コロナウイルス以降の経済の悪化と物価の高騰だ。新型コロナ以降、スラムに住む人は増加し、失業人口は3300万人にもなったとされている。

そこでボルソナロ氏は、選挙を直前に控えたこの夏、次々とこんな策に出る。

●低所得者層向けの、新たな現金給付策。従来は毎月400レアル(1万900円相当)で、 1700万世帯が対象となっていたが、2022年夏になってから月600レアル(1万6000円相当)に引き上げ。2020万世帯 が対象
●ガソリン高騰を受け、タクシー・トラック運転手を対象とした、現金給付策。1回あたり1000レアル(2万7000円相当)まで支給。(タクシー運転手は年6回支給)

物価・ガソリン高騰はブラジルのみならず世界を襲っているし、国内の議会も可決している。しかし、選挙直前の“バラマキ作戦”ともとれる政策といっていいだろう。ただし、この“バラマキ作戦”は、今のところ支持率上昇につながっていない。

敗北しても“トランプ流”??

では、仮にボルソナロ氏が敗北した場合、ボルソナロ氏陣営はどう出るのか。

ボルソナロ氏はメディアに対し、「結果を受け入れる」と発言しているが、その言葉を鵜呑みにすることはできないとの見方が多い。ブラジルで導入されている「電子投票」について、選挙戦が始まってから突然、「改ざんされる可能性がある」と一方的に主張をしたからだ。

これは、2020年の大統領選で郵便投票が「集計に不正がある」と主張し、今も「選挙が盗まれた」と訴えるトランプ氏の主張と似ている。

ボルソナロ氏の対応次第では、熱狂的な支持者が大規模デモに出る可能性は十分にある。筆者が取材した支援者はいずれも「現時点でルラ氏優勢と伝える世論調査も、メディアによるフェイクニュースだ」と話しているほどだ。この点も、トランプ氏のそれと酷似している。

さらに、実業家数名が作ったSNSでは、ボルソナロ氏が負けた場合、クーデターを指示するようなやりとりがあったことから、何かの動きがあるのではと危惧する向きもある。

「選挙は不正だ」と主張するトランプ氏支持者たちによるワシントンDCでの議会襲撃事件は、人命が失われただけでなく、民主主義の根本の否定にほかならず、個人的にショックを受けた。政策や発言がトランプ流だったとしても、あの事件の再現だけは、ブラジルで起きないことを願うばかりだ。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川真理子  撮影:Yuki Ishibashi】

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。