2018年に山口県で行方不明となった当時2歳の男の子を無事に救助し、全国から称賛された大分県日出町の尾畠春夫さん(82)。このことをきっかけに、ライフワークである災害ボランティアの活動も広く知られるようになった。
その尾畠さん、実は80歳を超えた現在も、毎年ある過酷な挑戦を続けている。災害ボランティアに、過酷な挑戦…なぜ、尾畠さんは歩みを止めないのか。挑戦に同行し、その人生観に迫る。
82歳の誕生日を前に行ったある”挑戦”
2021年10月9日。福岡県のJR行橋駅には、スーパーボランティアでおなじみのあの人の姿があった。

尾畠春夫さん:
82になります。10月12日で
男性2人組:
82ですか!?元気良すぎですね
尾畠春夫さん:
令和14年生まれだから。ハハハ・・・(※本当は昭和14年生まれ)
得意のジョークを披露していたのは尾畠春夫さん。
82歳の誕生日を3日後に控える中、福岡県行橋市を訪れていた。真っ赤な服にねじり鉢巻きというお馴染みのスタイルで、JR行橋駅からどこかに向かって歩き始めた。
ディレクター:
けっこう距離がありますよね
尾畠春夫さん:
そうですね、約100キロありますから
尾畠さんが挑戦していたのは、行橋から別府までの約100キロのウォーキング。実は毎年、この時期に挑戦しているそうだが、いったいなぜなのだろうか?
尾畠春夫さん:
趣味がボランティアだけど、ボランティアをしようと思ったら、健康が第一ですからね。こういうのは自分の力試しでやって、100キロ歩けなくなったらボランティアも段々厳しくなるかなと思う。歩ける間は「継続は力」で歩きたいなと思って
行方不明の男の子を無事救助し脚光 今なお人気の理由
行橋駅を出発して約15分。一人の女性が、尾畠さんに写真撮影を求めて駆け寄ってきた。
尾畠春夫さん:
姉さん、これからもまだ暑い日が続くからお肌に気を付けてよ。お肌を大事にしてよ。じゃあ、ごめんください
ライフワークである災害ボランティアの活動も広く知られる尾畠さん。今回の挑戦中も、人気は相変わらずだった。

男性2人組:
(男の子救助のニュースは)こっちも鳥肌が立った。凄い感動やった。
男性:
今の時代にあれだけ他人に尽くす姿というのが、皆さんに感動を与えるんじゃないかと思いますけど
言葉のプロをも魅了する尾畠さん

尾畠さんのファンにはこんな人も…!日本を代表するコピーライター・糸井重里さんだ。
2021年4月、尾畠さんを取材するために大分県に訪れた際、尾畠さんの魅力についてこう話してくれた。
コピーライター 糸井重里さん(株式会社ほぼ日・社長 2021年4月):
考えがものすごくある人だなと思って、いつかあの人の話を聞きたいなと思っていました。言葉を拾ってきて、自分で磨いて自分のものにしている。そこがすごく面白い
今回のウォーキングでも、尾畠さんは出会った人たちに、味のある言葉で話しかけていた。
尾畠春夫さん:
写真はすみませんけど、1枚以上100枚以下でお願いします。人を大きく、己を小さく。自分は小さくていいんです。人を大きくしてあげる
共鳴し、ともに挑戦する同志
スタートから約6時間、残り75キロ付近の豊前市内。尾畠さんに話しかける女性がいた。合流したのは尾畠さんのボランティア仲間、明里まりさんだ。

ここから尾畠さんと一緒に、ゴールの別府を目指す。尾畠さんとは2020年に参加した災害ボランティアで出会い、感銘を受け、それから尾畠さんの活動を手伝ってノウハウを学んでいる。
ボランティア仲間 明里まりさん:
尾畠さんがいるだけで現場が明るくなったり、元気がもらえるのは素晴らしいことだと思います。毎回学びです
尾畠春夫さん:
私がやっているやつは対価・物品・飲食は一切求めないで、何もかも100%手出しで(ボランティアを)やっているから、そういうのに賛同してくれるというのはうれしいですね
「夢の無い人生って面白くない」
尾畠さんたちは沿道の人たちと交流しながら、別府を目指した。
夜も歩き続ける。 そして日が上り、朝になった。
スタートから21時間が経過していたが、現在地は大分県宇佐市。まだゴールまで50キロ近く残っていた。
ディレクター:
大丈夫ですか?体調は
尾畠春夫さん:
めちゃめちゃいい
でも、この時の仮眠の時間はわずか1時間半。それでも沿道の人から呼び止められれば、しっかりと言葉を交わす。そのため、おのずと歩みはゆっくりに…
尾畠春夫さん:
来てくれるのはうれしいですよ。あいつが通っているから、皆隠れようなんて言われるよりもね
スタートから33時間。ゴールまであと20キロほどの日出町に入った時には、すでに日没を迎えていた。
さすがの尾畠さんにも疲れの様子が…。それでも前に進みたい理由があった。

尾畠春夫さん:
チャレンジ精神というか、それはね、私は短い人生の中でそれは常に持つべきではないかと思う。夢の無い人生って、わしは面白くないんじゃないかと思う
貧しい家に生まれたという尾畠さん。
学校にはまともに通えなかったが、夢だった鮮魚店を開業し、一生懸命働いてきた。
社会への恩返しにとボランティアを始め、今ではスーパーボランティアと尊敬されるようになった。ただ、体の衰えは避けられない。
「無理はきかない」それでも手を差し伸べたい
スタートから37時間。ゴールまで10キロを切るところまでやってきた。しかし、尾畠さんの疲れはもうピークに。
ディレクター:
無理しなくていいですよ
尾畠春夫さん:
今日の場合はちょっと、今から2時間かけて(別府駅まで)行くのは無理やわ。我々もぶっ通しで歩くというのは…今はかなり腰にきているから、体を壊してしまう
体のことを考え、やむなくここで挑戦を終えることに。
尾畠春夫さん:
1年1年やっぱり無理はきかないわ。やる気はあったんだけどね…
本当は歩いてゴールしたかった別府駅に、タクシーで移動。ここでも観光客から声を掛られ、疲労困憊の中でも相手を笑顔にしていた。

尾畠春夫さん:
自分の体力とか、いろいろな面で前と同じことは多分無理と思うから。だけど、自分ができる限りのことは、困っている方に、災害に遭った方に手を差し伸べさせてもらいたいなと、心では思っています
「これからも手を差し伸べさせてもらいたい」。
体力の衰えを感じながらも、尾畠さんは困っている人を思い、これからもチャレンジを続ける。
(テレビ大分)