アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問し、中国が軍事的威圧で対抗することで、台湾海峡には今かつてない緊張が走っている。日本のEEZ=排他的経済水域内に中国の弾道ミサイルが5発も撃ちこまれるという未曽有の事態の中で、「台湾有事は日本有事」と繰り返してきた安倍元首相が存命だったらどのようなメッセージを発信するのだろうか。
この記事の画像(15枚)安倍氏が銃撃によって亡くなった事件から1カ月が経った。「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推進し、東アジア地域に留まらず、国際社会で強力なリーダーシップを発揮した安倍氏。米国でも議会が功績をたたえる決議を採択するなど、早すぎる死を悼み、その偉業をたたえる声は絶えない。特に、台頭する中国に対して強い警鐘を鳴らしたことについての先見性は、アメリカが現在直面しているとして高く評価されている。安倍氏の想いは一体誰に引き継がれていくのか?アメリカの首都ワシントンで7月29日に行われた、外務・経済閣僚による「日米経済政策協議委員会」、いわゆる日米経済版2プラス2では、安倍氏の側近中の側近として安倍政権を補佐し、今では安倍派の後継にも名前が挙がる萩生田経産相が安倍氏への想いを強く示し、今後の指針ともとれる「安倍路線の継承」を強く訴えていた。
萩生田氏は「安倍路線の継承」宣言
「冒頭、アメリカ国民の皆様から安倍元首相に贈られた心のこもった弔意に感謝申し上げたい。日米同盟こそ、日本外交の基軸である。安倍元首相は常々そう語っていた。オバマ大統領の歴史的な広島と真珠湾の訪問には当時、官房副長官として私も同行したが、安倍元首相は一貫して、日米両国民の絆をさらに強固なものにするためにその政治生命を傾けてきた」。
中国やロシアへの対抗を念頭に、日米で初めて開催された経済版の2プラス2。世界中で争奪戦が繰り広げられている次世代半導体の量産を目指した研究開発などの合意の発表に先立ち、共同会見で萩生田氏は亡くなった安倍氏への想いを語り始めた。
「ジャパン・イズ・バック(日本は戻ってきた)。ここワシントンで安倍氏が宣言したのは10年ほど前のことです。日本が再び、民主主義のチャンピオンたるアメリカと手を携えて、世界の繁栄と平和にリーダーシップを発揮する。その決意表明でした。ブリンケン国務長官は先日、大きな喪失感を感じているとおっしゃいました。率直に申し上げて、日本全体も大きな喪失感に覆われています。しかしながら、ジャパン・イズ・ヒア・トゥ・ステイ(日本はここにとどまる)。これからも日本はアメリカと手を携え、世界の平和と繁栄のために力を尽くしていく。その明確な決意を申し上げるためここにきました」。
安倍氏が訴えた「ジャパン・イズ・バック」
さかのぼること約10年。2012年に自民党は政権を再び奪取し、安倍氏は2度目の首相に就任。翌13年の2月に訪米し、当時のオバマ大統領と会談した。その時に、安倍氏は「ジャパン・イズ・バック(日本は戻ってきた)」と題した講演をワシントンで行った。「アイ・アム・バック(私は戻ってきた)」などと、2度目の首相就任を逆手に会場を笑わせつつ、中国の尖閣諸島などへの海洋進出に 「挑戦を容認することなどできない」とけん制し、「私たちは自身の力で国の領土を守る考えである」と宣言。日米の連携強化を訴えたのだ。
萩生田氏は安倍氏に見いだされ、国会議員になってからは常に安倍氏の側近として活動した。安倍氏にも遠慮なく進言する姿勢も見られ、時に物議も醸す発言で話題にもなるが、それが逆に安倍氏としては頼もしかったようだ。政治家としてサラブレッドの血統である安倍氏に対して、サラリーマン家庭出身の叩き上げである萩生田氏の存在は重要だったとの声もある。萩生田氏は、自民党の要職や、安倍政権での官房副長官や文科相などの要職を歴任。岸田政権幹部からも、「萩生田さんは安倍元首相の側近の中でも頭ひとつ抜けた存在」と呼ばれるほどになる。
安倍氏の訃報を聞いた萩生田氏は、人目もはばからず号泣したといわれているが、安倍氏がかつて華々しく世界に躍り出たアメリカの地で、「日本の立場は揺るぎないものだ」と安倍氏の路線の継承を鮮明に宣言したことは、安倍氏に対する深い感謝とともに、今後に向けた決意も感じさせた一幕であった。
後継争いに揺れる安倍派…今後はどうなる?
一方で、安倍氏という「ここ10年はキングメーカーとなる(安倍派議員)」絶対的なリーダーを失った安倍派は大きく揺れている。100人近い議員を抱える中で、萩生田氏をはじめポスト安倍として何人かの名前が挙がるものの、明確な後継者は不在だ。そのため、安倍氏の通夜や葬儀も済まない時から派閥幹部らが後継についてけん制し合ったほか、7人の集団指導体制を訴える意見が出てくると、中国共産党最高指導部の7人「チャイナ7(セブン)」にかけて、「セイワ7(セブン※注1)」や、「7人のバトルロワイアル」と周辺からは揶揄されたりもした。派閥幹部の1人は動揺する派閥内について、「集団指導体制は派閥の歴史から見ても長くは続かない」と指摘した上で、「今は安倍さんが亡くなったショックの方が大きい。49日が終わるまではみっともない姿を安倍さんに見せるわけにはいかない。全てが終わってからだ」と吐露した。結果として、安倍派は安倍氏の後任ポストを空席としたまま、塩谷立元文科相と下村博文前政調会長の2人の会長代理を中心に派閥を運営する方針となった。
派閥といえば「カネ」と「ポスト」とも言われるが、まもなく内閣改造と党役員人事を控える中で、安倍派がどういったポストをつかむのかも注目される。中堅以上の派閥議員が「兄貴分」と推す塩谷氏がその窓口を担うが、岸田首相も19日には、官邸で萩生田氏と1対1で40分ほど会談。萩生田氏は記者団に「安倍氏の思い出話をした」と語るが、官邸関係者は「内閣改造に向け人事面でのアドバイスを求めたのでは?」と語るなど、動きは活発化し始めている。
※注1)安倍派の正式名称は清和政策研究会(せいわせいさく・けんきゅうかい)のため
ポイントはあの元首相も?安倍派の複雑な事情
安倍派の今後を見据える上で、重要なのは派閥に大きな影響力を持っている森喜朗元首相の動きだ。今も多くの議員からは「俺たちは安倍派だけれども、一番お世話になったのは森先生なんだよ(安倍派幹部)」という声が挙がる。
さらに、2012年の自民党総裁選挙の余波も残る。派閥から町村信孝元官房長官(故人)が出馬する一方で、安倍氏が森氏からの出馬見送りの要請を断り、再起をかけて出馬したため、森氏の意向を受けて町村氏を応援した議員と、派閥の意向に従わず安倍氏を応援した議員の間で、派閥内が二分されることになったのだ。その後の安倍政権では、両者にはポストなどに差が出たとされ、派閥内にも「安倍系」と「非安倍系」と呼ばれる2つのグループが存在するのだ。
ある安倍派の議員は、「安倍派というけれども、派閥にいる多くの議員は森さんを慕っている実情もある。安倍さんというカリスマ的なリーダーがいなくなった後、森さんがどう言うかで、安倍さんの後継者が見えてくるんじゃないか?」という見方を示していた。
以前にも記載した、安倍派「新四天王」とも呼ばれる動きがなかったわけではないが、安倍氏は後継者づくりの途中であった。
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取材から見えてきたものは、塩谷元文科相や松野博一官房長官、高木毅国対委員長といった、安倍氏とは少し距離がありつつも、派閥内の非安倍系議員を中心に実務をとりまとめる議員。萩生田氏や下村前政調会長、世耕弘成参議院幹事長らの安倍氏側近グループ。そして、福田達夫総務会長を中心とした若手議員の動き。加えて、上述した森元首相という具合に、複雑な事情が派閥内に存在するということだ。自民党最大派閥の安倍派のトップになるということは、自民党の総裁を狙う、ひいては首相の座を狙うことになる。今後も水面下の駆け引きは激化するものとみられる。
旧統一教会問題で揺れる政界…安倍元首相を静かに送り出せないのか
萩生田氏はアメリカ訪問での最後の会見で、私が質問した安倍氏の評価についてこう答えた。
「改めて日米の安全保障を含めた、新しい時代の日米の環境を構築した今までの貢献に対してアメリカで高く評価を頂いていることを肌で感じた次第です。先々週オーストラリアでクアッドの会議に出ました。またIPEF(インド太平洋経済枠組み)でも14か国の皆さん、いずれの国からも深い弔意を頂いておりまして、オーストラリアもアメリカも国会での決議もしておりまして、一方で日本の報道見ますと、追悼演説が延期になったという話もあるので、なかなか国際社会の評価と国内の事情の違いに違和感を持って感じている次第です」。
折しも、安倍氏への銃撃による殺人容疑で逮捕された山上容疑者が、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との問題が背景にあったことで、政治と旧統一教会との関係が政界をにぎわせている。この点については、強引な勧誘や寄付などが指摘されている旧統一教会が、自民党などの政界にどのような影響を及ぼしていたのか。また、選挙活動の応援などの見返りに不当な利益を受けていないかなどは、徹底的に国会としても調査し、結論を出すべきであると思うし、問題があるなら即座に対策を講じるべきだ。
ただ、安倍氏の死が与野党を巻き込んだ政局に利用されている面はないのか。安倍政権に負の側面がある一方で、世界の場で活躍し、日本の地位を高めた首相としての功績はゆるぎないものであり、追悼演説すらできない状況は異常ではないだろうか。後継者不在の中で、混迷する政界を見ながら、歴代最長政権を築いた首相を静かに送り出せない環境に寂しさを感じる。
【執筆:FNNワシントン支局 中西孝介】